第三十二話
「今なら、向こうへ戻れる気がする」
俺の言葉に、全員が驚いた表情を浮かべた。
「本当か?」
アルディオンが聞く。
「ああ。理由は分からないけど......」
俺は自分の手を見る。
身体の奥に、今までとは違う力を感じる。
アルカイアの本に触れた時にも感じた、不思議な力。
けれど、今回はそれよりもずっと強い。
まるで、閉ざされていた扉の場所を知ったような感覚だった。
「でも、どうやって戻るの?」
セレナに聞かれ、俺は言葉に詰まる。
「......分からない」
「分からないって......」
「でも、出来る気がするんだ」
根拠なんてない。
それでも、不思議と確信があった。
俺はゆっくりと目を閉じる。
そして、向こうの世界を思い浮かべた。
向こうへ戻りたい。
アルスと、もう一度話がしたい。
そう強く願った。
その瞬間――――
身体の奥に流れていた力が、一気に膨れ上がった。
「ミナト!」
セレナの声が聞こえる。
目を開けると、自分の身体が淡い光に包まれていた。
「これは......」
アルディオンが驚いたように呟く。
光は次第に強くなっていく。
「待って!」
セレナが俺の腕を掴もうとする。
だが、その手は俺に触れることなく、すり抜けた。
「ミナト?」
「大丈夫」
俺はセレナを見る。
「必ず戻ってくる」
次の瞬間。
視界が真っ白に染まった。
――――――――――
「......して」
誰かの声が聞こえる。
「どうしてなのよ!」
その声に、ゆっくりと目を開く。
そこには、何もない空間を見上げながら必死に叫ぶアルスの姿があった。
――戻ってきた。
アルスの意識の中に。
そう瞬時に理解した。
「あなた......どうしてここに?」
アルスが俺の存在に気付く。
一瞬、驚いたように目を見開いたものの、すぐにいつもの表情へ戻った。
「まあ、いいわ」
アルスは小さく息を吐く。
「あなたの身体を乗っ取ろうとしたんだけど、何をしてもここから出られなかったのよ」
そして、俺を見ながら薄ら笑いを浮かべる。
「ちょうど退屈していたところだし、暇つぶしに話し相手になってあげてもいいわよ」
俺は何も答えず、アルスを見つめた。
スーの記憶。
アルケアの姿をした、別の誰か。
そして、あの言葉。
――姉さん。
目の前にいる彼女は、本当にアルスなのだろうか。
「アルスさん......」
「何?」
「貴女は、本当にアルスさんなんですか?」
その言葉に、アルスは怪訝そうに眉をひそめた。
「何を言っているの?」
呆れたように俺を見る。
「頭、おかしくなっちゃった?」
「......スーを覚えていますか?」
その名前を口にした瞬間だった。
アルスの表情が変わった。
目を大きく見開き、身体が僅かに揺れる。
「スー......?」
アルスは胸元を押さえた。
「......知らない」
そう答えながらも、その表情は明らかに苦しそうだった。
「知らない......はずなのに......」
「アルスさん?」
「何なの......この感じ......」
アルスは頭を押さえる。
まるで、思い出してはいけない何かを無理やり押し込めているようだった。
俺は彼女へ近付く。
「とにかく、思い出してください」
「何をーー」
俺はアルスの手を掴んだ。
その瞬間。
俺の手から淡い光が滲み出した。
「なっ......何、これ......!」
光は俺の腕を伝い、アルスの身体へと流れ込んでいく。
同時に、頭の中にスーの記憶が浮かび上がった。
庭園で笑うアルケア。
日記を書くスー。
扉の隙間から聞いた言葉。
黒い影に怯える姿。
そしてーー
助けを求める、スーの声。
「う......あぁぁぁぁぁっ!」
アルスが苦しそうに叫ぶ。
「アルスさん!」
俺の中にあったスーの記憶が、光りと共に彼女へ流れ込んでいく。
やがて光が消えると、アルスの身体から力が抜けた。
「おい!」
咄嗟にその身体を支える。
しかし、アルスから返事はない。
完全に意識を失っていた。
――――――――――
どれくらい経っただろう。
体感では、十分ほどだろうか。
俺はただ、アルスが目を覚ますのを待っていた。
やがて。
「......うっ」
小さな声が漏れる。
アルスがゆっくりと目を開けた。
「アルスさん?」
俺が声を掛ける。
彼女は何も答えない。
ただ、呆然とした様子で自分の手を見つめていた。
その瞳から、一筋の涙が零れ落ちる。
「......そうだった」
震える声で呟く。
俺は黙って彼女を見つめた。
アルスはゆっくりと顔を上げる。
そして、静かに口を開いた。
「私は――」




