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夢の中で生きていた僕は、ある日目を覚まさなくなった  作者: 月白
第五章

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第三十一話

白い光に包まれる。


音も、匂いも、すべてが消えていく。


体が宙へ浮いているような、不思議な感覚。


やがて、ゆっくりと光が薄れていく。


ーーそこは、見覚えのない庭園だった。


色鮮やかな花々が咲き誇り、澄み渡る青空が広がっている。


風が木々を揺らし、小鳥のさえずりが響く。


平和そのものの景色。


だが、俺はすぐに気付いた。


「......体が動かない」


いや、違う。


自分で動いている感覚がない。


目だけが景色を映し、耳だけが音を拾っている。


アルカイアの本に触れた時と同じようで少し違う。


これは誰かの記憶。


俺は、その記憶を追体験している。


「お母様!」


幼い少女の声が響く。


振り向くと、六歳ほどの少女が花を抱え、嬉しそうに駆け寄っていく。


銀色の長い髪。


澄んだ青い瞳。


ーースーだ。


少女の向かう先には、一人の女性が立っていた。


「そんなに急いだら転んでしまいますよ、スー」


優しく微笑み、しゃがみ込んで娘の頭を撫でる。


アルケアだった。


アルカイアによく似ているが、その表情は穏やかで、母親らしい優しさに満ちている。


「見て見て!今日はこんなに綺麗なお花が咲いてたの!」


「ふふ、とても綺麗ね」


「お父様にも見せたいなぁ」


「ええ。帰ってきたら一緒に見せましょうね」


二人は笑い合いながら庭園の奥へ歩いていく。


その景色は、どこまでも温かかった。


しかし、その幸せな時間は突然途切れる。


目の前の景色が白く揺らぎ、気が付くと小さな部屋にいた。


机に向かうスーが、静かに日記を開く。


羽ペンを持つ小さな手は、微かに震えていた。


俺は、吸い寄せられるように日記へ目を向ける。


――――――――――


今日は変な日。


朝起きたら、お母様がお母様じゃなくなっていた。


見た目は昨日と同じ。


声も同じ。


笑い方も同じ。


なのに。


お母様を見た瞬間、胸がぎゅっと苦しくなった。


「おはよう、スー」


いつもと同じ声だった。


頭も撫でてくれた。


だけど。


違う。


絶対に違う。


どうしてなのか分からない。


でも、私はすぐに分かった。


この人は、お母様じゃない。


誰にも言えなかった。


お父様も、屋敷のみんなも、誰も気付いていないみたいだったから。


私だけがおかしいのかな。


そう思って、お母様の顔を何度も見た。


やっぱり同じ顔。


同じ顔。


なのに。


目だけが違う。


そこにいるのは、お母様じゃない誰かだった。


今日は、お母様に抱きしめられても安心できなかった。


初めてだった。


お母様が怖いと思ったのは。


私は、昨日のお母様に会いたい。


――――――――――


再び景色が揺らぐ。


薄暗い廊下。


スーは、少しだけ開いた扉の隙間から部屋の中を覗いていた。


聞こえてきたのは、聞き覚えのある声。


それなのに、どこか冷たく、不気味だった。


「姉さんは、こんなにも幸せだったのね」


小さく笑う声。


「優しい旦那。可愛い娘。温かな暮らし......全部、羨ましかった」


しばらく沈黙が流れる。


そして、その声は静かに続けた。


「だから、これからは全部、私のもの」


スーは息を呑む。


声にならない悲鳴を押し殺し、口元を両手で覆う。


そして、その場から逃げるように走り去っていった。


――――――――――


景色は再び変わる。


部屋の隅で、アルケアが膝を抱えて震えていた。


「お母様......?」


スーが恐る恐る近づく。


アルケアは怯えた表情で部屋の隅を見つめていた。


「来る......」


震える声が漏れる。


「黒い影が......また私を探しに来る......!」


その瞳には恐怖しかなかった。


「嫌......来ないで......!」


「近付かないで!!」


スーは泣きそうな顔で母を抱き締める。


「大丈夫......!」


「私が絶対助けるから......!」


その言葉が、誰に向けられたものなのか。


俺にはもう分かっていた。


スーは、まだそこにいるかもしれない本当の母親へ語りかけていたんだ。


――――――――――


「ミナト!」


セレナの声で、俺の意識は現実へ引き戻された。


気付けば、本を握り締めたまま立ち尽くしていた。


「大丈夫?」


「ああ......」


俺は静かに頷き、本へ視線を落とす。


白紙だった最後のページ。


そこには、新しい文字が浮かび上がっていた。


――――――――――


ある日、おかしくなっていたあの人は、一人の女性を連れて戻ってきた。


それ以来、あの人は変なことを言わなくなった。


私たちは森の中で、誰にも見つからないように暮らし始めた。


言葉も。


仕草も。


笑顔も。


全部、お母様と同じ。


だから時々、分からなくなる。


本当に、お母様は戻ってきたのかなって。


でも違う。


私には分かる。


私のお母様は、今もどこかで苦しんでいる。


誰か助けて。


私には、もうどうすることもできない。


――――――――――


アルカイアの本を読んだ時と同じ感覚だった。


身体の奥へ、不思議な力が流れ込んでくる。


「アルケアが......アルスなら」


俺は思わず呟く。


「アルスが、アルケアになりすましていたってこと......?」


セレナは言葉を失い、静かに目を伏せた。


あまりにも残酷な真実だった。


しかし、その時だった。


身体の奥から湧き上がるこの感覚。


今まで閉ざされていた何かが、解き放たれていく。


ーー分かる。


今なら。


今なら、向こうの世界へ戻れる。


そう確信できた。


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