第33話 それ、ナニ?
「で、どうして、アンタは右頬、腫らしてんの?
運搬作業中にでもこけたの? それとも、まさか・・・」
結構、ボク好みの同年代の女子に、上から目線で尋問されているボクがいる。
彼女はお玉を握り、その柄を左肩にあてながら、厨房に倒れ込んで見上げているボクに厳しそうな目つきで見つめている。
けれども、何故にか親しみのある感じもして、嫌な気持ちにはなっていない。ここは素直に応えることにしたい。
その前に、ボクが今いるのは厨房だ。オバ、いや、レイラさんに近くの港まで乗っけてくれる乗船賃とその間の衣食住の面倒みてもらえる見返りに仕事を言いつけられ、格納庫での荷物整理の他、機関室での電気工事を手伝っていたんだ。
もっとも、相応の金を払えばお客様待遇も受けれたんだが、こんな機会、これからの人生で、おそらくやれる可能性は5%も無さそうに思えたので、率先して仕事を手伝わせてもらっているのだ。
狭く暑苦しい中での仕事だったが、嬉しいことに自分が設計に関わった船の仕事だったので、逆にわくわくもさせてもらった。
倉庫の機械は、岩盤掘削機の備品だった。また、この船は海底岩盤掘削船だ。この手の船を所有しているってことは、名だたる掘削屋に違いないが、ボクは設計畑の人間で、実際の使用者については良く知らない。
データという形で、顧客の使用情報を分析するという関わり方だったので、実顧客の船に乗れた上に、仕事までさせてもらえたのは、実にラッキーなことだ。
ボクは、彼女の目を身ながら、やや警戒もしながら、ゆっくりと起き上がった。
「まさか、うちの若い娘にいやらしい冗談でもした?」
「いえ、そんな、まさか。確かにうら若く美しい逞しい女性方はいらっしゃいましたが、皆さま、プロの仕事人って感じで、決して、そのような浮ついたことは断じて、しておりません」
「じゃ、どうしたの? それ」
「ママに変なことでも言った?」
ママ! ママって、お母さんのことだよね。それともこの船の女主ってことかな。
あああ、あのレイラさんが、この女子のお母さまだったのか、どうりで雰囲気がどことなく似ている感じだ。でも、色は白いんだな。
「いえ、レイラさんがボクのタイプだったんですが、ニヤケてしまわないよう、オバさんと思えと、体に言い聞かせて落ち着かせたんですけど、急に問いかけられて、思わず、」
「オバさんって、返した訳だ!」
「はい、そうです」
ボクは気まずい心持ちで、頭をかきながら応えた。レイラさんの娘は、あははと、吹き出すように笑い出した。
「それなら、納得。
あの人、あれで40、いえ昨日で41歳かな。15の時に産んだ兄さんにも子供いてさ、おばあちゃんとか、呼ばれるの。
自分じゃすごいイケてる女のつもりなんだよ、実際、年齢不肖なところはあるんだけど」
え? ボク目線では小じわのわずかな弛みが40代前半に見えたんですが・・・・
おっと、ここは正直に言ったら、お玉か、近くの鍋で殴られそうな雰囲気だから、抑えておくか。口は災いの元だしな。
「じゃあ、自己紹介しよう。あたしは、ジョアンナ。この厨房のチーフシェフだよ。アンタはこれからアタシの仕事の手伝いをするんだ。夕飯の準備さね。
アンタ、都会のエンジアらしいけど料理って出来るの?」
いきなり、有無を言わさず重労働させておいて、今度は経験確認とは。よくわからない人たちだ。まあ、この子なりに気を使っているのだろうから、ここは大人の対応をしておくか。
「食事はケータリングが、研究室の食堂で食べることが多いですから、街での生活では自炊はほとんどしませんね。
でも、休暇時は山に登るなどして、自炊することもありますから、その程度は出来ると思います」
「へえ、今回は、そういう設定なんだ・・・・、いいよ、でも、これはあの子の感じだ・・・うん。彼女も粋なことしてくれる」
彼女は小声で妙なことを呟いた。設定って聞こえたけど? 設定ってなんだろう・・・?
それに、あの子って、彼女って、誰のこと?
「じゃあ、今日はカレー作るから、そっちの籠のジャガイモとニンジンと、玉ねぎの皮を剥いて頂戴」
彼女は小型ナイフを渡してくれた。
なんだ、そんなことか。お安い御用だ。こちとら手先は器用なんだよ。
ボクは、彼女が目の玉を見開いて凝視するのを傍らに見ながら、ジャガイモとニンジンと、玉ねぎの皮を、手際よく剥いて見せてやった。
ざっと、こんなものさって、感じで両手を開いて、やや自慢気にこなしてやった。
「すっごーい、あんた、なかなかのプロね。カレーは全部あんたにまかせるわ。このレシピ見て作ってよ!」
え、こんなことで感動してもらえるなんて、まいったなー、まさか惚れられたのかな。ボクも好みのタイプではあるんだよね、彼女がさ。
でも、変だなあ。初対面のはずなのに、彼女は以前から、知っているような気もするんだけど、同年代の女子と付き合いは無いしな。
周囲はオバ、いや、お姉さまばかりだからな。時折、おネエもいたりしたけど、同年代はおろか、年下も居なかったな。
ここの仕事はなかなか興味深いから、クルト兄さんと一緒に残りの休暇をここで仕事手伝わせてもらうことにしたんだけど。事故の処理は、代行屋にまかせてあるから、慰謝料をたっぷり取ってやるさ。
一か月もあれば、あの娘を落とせるかもな。意外と、賢そうだし。感じがいいよ。
いっそ、二人目の子供でも産んでもらうかな。妻にして、家庭を持ってもいいかな。前の妻子もひきとってさ。
今の世界は、重婚禁止とかないんで、責任さえとれれば、契約さえきちんとしてれば、大丈夫なんだから。
ボクは手渡されたレシピを見た。もともとあったレシピに、彼女が書き込んだであろう非常に細かいメモが追記されていた。味の決め手となる重要ポイントってことだろう。
だが、メモ書きは英語なのに、レシピ自体は別の言語で書かれていた。この文字は何だろう。ボクは頭をかきながら考える。見覚えはなぜかある。これは、東洋の・・・、おお、日本語だ。
その時、ボクの頭の中に一瞬のひらめきのような感覚が走った。なんと言えばいいのか、謎解きをしていて、全てのピースが埋まって全体を理解するみたいな感覚だった。
ボクはレシピを理解すると、材量を集めて、仕込みを開始した。カレーは香辛料からブレンドするという凝りようだ。船とか置き場所も限られているのに業務用のルウなどを使わないとか、カレーにかける魂を感じるよ。
ええっと、クミンにコリアンダー、カルダモン、そして、オールスパイスにターメリックとチリーペッパー。おほ、基本的なスパイスは揃えてあるな。隠し味にチョコレートとかもいれるようだ。
まずは、玉ねぎをみじん切りにして、バターを超大きなフライパンで溶かして、そこにみじん切り玉ねぎを入れて、炒める。
結構な重労働だ。この仕事をあの娘がやってるのか、意外と筋肉質なんだろうな。細身で締まった体のオンナは好きだよ。
ジョアンナが時折、にんまり顔で、ボクを見ている。それは、欲望から獲物を捕らえた目ではない。母性的なオーラみたいなものを感じる。
ボクは爽やかさを演出しつつ、親指を立てて合図すると、彼女は同じ合図で返してくれる。なんか、分からんが心が通じてる感がする。これは、ボクの方が落とされるのかもな。
ざっと1時間ちょっとで、全ての調理が完了した。大半はロボット調理機がやっていたが、カレーやロールキャベツ、煮つけなんかは、手作業での調理だった。
「お疲れ様、いい仕事だね。完璧だよ」
額の汗をぬぐうボクにタオルを差し出してくれたジョアンナが微笑んだ。
この笑顔は、完全に惚れちまうな。
「さすがに、このサバイバルスーツも限界かな。肉体労働を立て続けにやったんで、オーバーヒート寸前だよ。作業着でいいから服とか借りれますか?
それか洋上マーケットがあれば、そこで買いたいのですけど。ドローン宅配でもいいんですが」
ボクはなんとは無しにそんなことを口走ったのだが、彼女は、ちょっと悪だくみ的な笑みを浮かべて、ボクを見ていた。そして、意外なことを言った。
「食事終わったらさあ。一緒にお風呂入らない? それと、今日は一緒に寝ようよ」
なんですとおおおおー、ええ、聞き違い、いや、はっきり聞こえた。一緒に風呂入って、寝ようって、、、、
まさか、彼女からお誘いとは、海の女は性に開放的だとは噂に聞いていたが、これは、第二子誕生も現実みが増して来たな。据え膳は当然、食いますよ!
ボクはわくわくしながら、食堂へ食事を運んだ。かなり大きな船とは知っているが、実際に見るのは初めてなので、そのスケールの大きさにはかなり感動を覚えていたんだ。
食堂は、50人は座れるほどの広さがあった。厨房と直結しているけど、効率を考えてバイキング形式になっていた。
カレーは超人気で、一番多く待ち行列が出来ている。ライス派とパン派がいるようだが、ライス派が圧倒的のようだ。
一同は、最初の食事を席に持っていくと、両手を仏教の合掌のように合わせて、「ジョアンナさん、今日も食事をありがとうございます。いただきます」と言って、一礼し、食事をむさぼりはじめた。
乗組員の年齢も性別も人種もバラバラだ。全員肉体労働者かと思ったが、中には研究員風の普通の人も居た。
食事時に交わされる言語も様々だった。一応、共通語は英語らしい。倉庫での労働では、会話する暇もなかったけど。そのうち彼らとも話をしてみたいな。みんな寡黙だったし、男性は大半は短髪か、坊主頭で筋骨隆々で特徴がなくって、分からないんだよな。
食事が終わると、皆、食器を返却棚に置いて、出ていくが、出口から上方を向いて、「ジョアンナさん、ごちそうさまでした」と言って、出て行った。
皆の食事が終わると、入れ替わりで、操舵室に居た人たちやクルト兄さんが入って来た。
「どうだ、ここの仕事の感じは?」
兄さんは、食事をとりながら、優しく話しかける。
「お前ったら、あんな事故にあって、やっと助かったのに、残りの休暇をこの船で仕事手伝いたいとか、いったい何を言い出すんだと思ったよ」
「いつもの気まぐれだよ。兄さん。人生、何事も経験さ。こんな鉱石掘削業なんて仕事、やれる機会なんて、そうそう無いよ。それならば、経験しておくべきだと思うんだ。
ボクは研究室で一生終わらせるつもりなんかないんだぜ。出来る経験は何でもする。将来は会社も持ちたいし、人を使うノウハウも知っておきたいしさ。
でも、自分の経歴言ったうえで、仕事は何でもいいって言ったら、ほんとうにジャンル外の仕事が来たよ。でも、ボクは料理の才能があったみたいだよ」
ボクは、自慢気に兄さんに話した。
「俺がお前に教えたのって、サバイバル料理とナイフの使い方だったのに、あれで応用がきいたんだな。しかし、このカレーって料理。すごく、うまいな」
「あれ、兄さんこの料理、知らないの? 『隠れ里、加藤』にもある超人気の定番料理だよ」
「あそこって、極限られたセレブしか知らない場所じゃないか? お前、まさかその年で招待受けてたのか?」
「え、兄さんほどの人がまだだったんだ。ボクはたまたま偶然にあの人に会ってね。すごく気が会っちゃって、誰か知らないで話し込んでいたら。気に入ったって言われて、招待受けたんだ」
「くー、先、越されたな」
「いや、でも単に店紹介されただけでさ、まあ、確かに経済界とかいろんなセレブが居て、交流できたのは事実だけどさ。ボクの人生経験じゃまだまだ機会を生かしきれそうにないよ」
「まあ、仕事の話はいい。せっかくのお前が作ってくれた飯がまずくなる。いや、でも、こいつはお代わりしないとな」
兄さんはカレーを飲み物のように胃に流し込むと、お代わりを取りに行った。
それにしても兄さんが飯食って、幸せそうな顔するなんて見たことあったかな。そう言えばさっきのクルーも、ここの人たちも飯を楽しんで食べている。
確かに、ここの飯は美味い! 幸せを感じる!
「坊や結構やるのね。さっきの失言は帳消しにしてあげるわ。いきなりビンタしてゴメンね」
対面からレイラさんが、ボクに話しかける。
ビンタ、??? はて、拳だった気がするのですが・・・、帳消しにいていただけたので、細かいことはいいでしょう。
レイラさんが、にっこり微笑んで言ってくれて、ボクはほっとした。
みんな、今日初めてあったはずなのに、以前から知ってるような感覚になってしまうのがボクには不思議に思えた。
何だろう、この感覚。暖かくて、心地いい。
食事の後片付けは皆でやり、キッチンの清掃は、ジョアンナと行った。毎日、掃除しているから、清潔さが保たれるわけだ。この船は自動清掃装置も備わっているが、キッチンのような場所までは5割程度までしか対応できていない。
キッチンの清掃が終ると、ボクは誘われるままにジョアンナについて行った。場所はといえば、風呂場だった。
キターーーーーー! やはり、聞き違いではなかった。
彼女は目の前で無防備に服を脱ぎだした。後ろは向いているが、あっという間に全裸になった。美しい背筋だ。お尻は、きゅっとしまっている。
顔だけ振り返って、彼女は言った。
「何見惚れてるの、あんたもソレ脱ぎなよ。それともアタシが脱がしてやろうか?」
そこまでしてくれる? これはお願いしよう。 何事も経験だ。
「じゃあ、お願いします」と、もじもじしながら、小声が口からこぼれるボク。
「もう、仕方ないなあ。トロイは」っとボクの方を向いた。
「なんで、ボクの名前知ってるんだろう。教えて無かったけどなあ」
振り向いた彼女を見て、目が釘付けになった。まさに女神さまの降臨だ。
女性の裸は見慣れてはいるよ。一応、一児の父なんだし。けれども、見知らぬ女性のそれはいつも憂い憂いしさを感じますよ。これは、アレが硬直してきます。この熱き血潮は止められません。
ボクはまず、サバイバルスーツのジッパーを降ろした。これだけは自分でないとできないのだ。ジッパーのタグにユーザ認証機能があるからだ。
それと排泄物の処理ボタンを押した。これもやっておかないと、インナースーツをパージするときにそこら中にぶちまけてしまうと大惨事になるからな。
彼女は、サバイバルスーツのインナーの腰の両側の紐を同時に前に引っ張り、スーツの解除を行った。ピーっと音がすると、あっと言う間に、服がぺろんとパージされた。
中からは裸体のボクが出て来た。
圧迫感がとれ、えも知れぬ開放感が起きた。とても、爽快だ。ナニに入っていた管もとれて、生まれたてって感じがする。
しかし、彼女の顔が急に凍りついてしまった。どうやら、90度以上せりあがった、ボクのナニが気になるようだった。
「そ、それ、ナニ?」
ジョアンナの声は、わなわなと震えていた。
「え、ナニですけど、それがナニか?」
男を色香で誘っておいて、土壇場でそんなやり取りすんの? どうなってんのこの娘。
「さあ、シャワー浴びて、バスタブにつかりましょうよ。その後は、アナタの部屋で一緒に寝るんですよね。ジョアンナさん!」
ボクは、女子をめろめろにしてきた好印象の微笑を作った。




