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第32話 ボクは誰?

 ボクはゆらゆら揺れる場所で、はたと目を覚ました。随分、長いこと眠っていたようだ。最後に見た光景はなんだったのだろうか、何かわいわいと騒がしく、明るい部屋の中だったような気もするが、記憶がぼやけてはっきりしない。


 ボクが目覚めた場所は、部屋であるには違いなかったが、潮の香りがすることから察すると、ここは船の上で間違いないだろう。そして、目覚めたボクは壁に背をつけて、床に尻もちをついていた。

 

 状況を確認する為にボクは、周囲を気にかけながら、ゆっくりと立ち上がった。操舵室ってことは直ぐに分かった。しかも、ハイテク船だ。でも、中央には大災害以前の遥か前からある回転舵がついていた。いざって、時は、マニュアル操舵でってことなんだろうね。


 そして、そして、背後から妙な威圧感を感じた。ボクが背もたれていたのは、壁じゃなかった。船内の航海図面のモニタ装置で、それを隔てた向こう側に威圧感の元凶が仁王立ちしていたんだ。


 おそるおそる振り向けば、極悪そうな筋骨隆々で、日焼け肌の大男がいた。怖い顔なのに、ちょっとばかり微笑んで、目が潤んでいるようにも見えて、妙な感じだ。


「あの、ボクは、・・・・」


 と、言いかけたが、自分の名前が何だったか思い出せなかった。


 記憶喪失、・・・・なのか?


 でも、自分が男だってことは分かっている。立ち上がったとき、股間のもののとぐろの位置がよくなかったから、ズボンの上から位置直しをしたところだ。


「どうした。坊主。おめえ、名前、思い出せねのか?」


 当然、聞いてくるよね。でも、顔に似合わず、意外と優しそうに訊ねるんだな。このオジサン。


「あ、はい。どうもそのようです。

 あ、でも、おじさんの言葉は分かります。ドイツ語訛りの英語ですね。船内の文字は、・・・・英語ですね。

 読めます、読めます。大丈夫です」


「そいつは良かったぜ」


 いかつい顔の大男は、嬉しそうにニコリと笑い、右の手の親指を立てた。


「あのう、ボクはいったい、どうしたんでしょうか?」


 当然、聞くことだよね、真っ先にさ。


 このいかつい男に誘拐されたって線は薄そうだけど。何かの事故に遭って、救助でもされたのだろうか。

 でも、その割には、ベットに寝かされて無かったし、サバイバルスーツ着たままだし、髪をさわってみると、ちょっと湿ってるっぽい。何だろうね、この状況は。

 今の会話から、ボクらが親子って線も無さそうだけど、何となく以前から顔見知りのような親しい間柄って、感じがするんだな。


「おめえさんはな、船舶事故にあったんだよ。兄貴と一緒にな」


 兄貴だって、


 そういえば、そんな人いたような。おもむろに首のあたりを触ると、鎖にかけられた認識証があり、鎖と認識票の連結部を触ると小さな立体映像が投影された。

 そこには、兄弟の映像があった。


 その映像を見るなり、ボクの頭の中に無数の映像が流れ込んで来た。そして、背の低い方が、自分で、高い方が兄、クルトであると認識した。


 兄さん、・・・・・・。ボクは頭の中がもやもやっとする。


「兄さんは、クルト兄さんは無事なんですか!」


「おお、どうした。坊主、何か思い出したのか?」


「そうです。ボクらは2カ月の長期休暇を取って、クルーザーで、バラクーダ釣りをしていたんです。でもそこに、国籍不明の船舶が突進してきて、船が大破して、・・・・それから、

 二人とも海に投げ出されて。

 夜で、就寝中だったし、AIの防衛機能が故障でもしてたのかな・・・。そんな筈ないんだけど・・・・・、ボクがプログラミングしてたものだったし、・・・」


 何かいろいろ思い出せた。そうか、ボクはコンピューターエンジニアだった。兄がチーフマネージャーとして務めるブレインテクノロジーの社員で、今年で入社3年目だった。

 

 ボクの名前は、名前は、えーっと、・・・・・


 トロ、・・・ああトロイアル・アルベルト・シュワルツ。妹も居た。確か名は、クロエだったな。デザイナー志望で、14歳で学生だったな。


「どうしたい、坊主。何か思い出したのか・・・」


 いかついオジサンは、妙に楽しそうだ。


「あ、はい。ボクの名前は、トロイアル・アルベルト・シュワルツ。共和国のエンジニアです。年齢は17歳です。両親は他界しましたが、兄と妹が居ます」


「おおお、そうか。じゃあ、おめえさんは、トロイと呼べばいいのかな?」


「ええ、それでかまいません。皆からもそう呼ばれてますので」


 何だろう。自分の名を言ってるだけなのに、妙に清々しい気持ちが沸き起こってくる。


「おや、坊や。目が覚めたのかい」


 階下から、これまた日焼けした肌のきりっとしまった筋肉質ボディのマダムが上がって来た。これはアスリート的な美しさだ。年齢は40代に差し掛かってはいるんだろうけど、

ギリ恋人に出来る範囲じゃないだろうか・・・・

 出来れば、一発お願いしたいくらいだ。


 ボクは股間のモノがにわかに反応し、ふくらみ始めたことを感じ取った。


 いかん、ここは抑えろ。仮にも命の恩人に、欲情などもっての他だ。この人は、綺麗でセクシーなお姉さんではない。


 汚婆さんではないが、オバさんだ。そう、オバさんなんだ。オバさんだ。落ち着け。落ち着け、我がムスコよ。冷静になるんだぞ。ボクはとにかく深呼吸をし、股間に集中する血流の流れを正常に戻そうと頑張った。


 いや、頑張っちゃいけない。ぴくぴくしてるじゃないか、とにかく落ち着くんだ。


 オバさんが、オジさんと話をしているスキに、ボクは股間のモッコリ山をどうにか沈静させることに成功した。


「坊や、トロイって言うのかい。アタシはレイラ。こっちはゲオルグだ。敬語は要らない。名前で呼びな!」


「ハイ、オバさん!」

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