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第31話 甘美な誘い

 クラリッサは、優しく微笑みボクを見つめている。その表情は、恋人のようであり、母のようでもある、この上なく穏やかで暖かなものだった。


 彼女とは、記憶を埋没されていたトロイくん、いや、さんだったかな。その時から、ずっと間近で話もしていた筈なのに、あらためて女性と分かって、しかも、あのクラリッサ・ワイルダーだと認識してしまうと、


 その藍色の瞳に吸い込まれそうになってしまう。


 本当に彼女は、つい1日前に少年を装った姿で出会った少女、いや、女性なのだろうか?


 顔つきに面影はある。


 同一人物なのだから、当然ではあるのだが、・・・。


 でも、今は、身長がやや高いような、少なくとも2、3センチは高い。そして、若いオンナの子にありがちな、ぽっちゃり感があったのだが、今の彼女はアスリート体系の引き締まった体つきになっていた。


 そういえば、王国のクラリッサのクローンは、普通の女の子で、しかも2歳若いのだから、それに合わせたと説明があったな。

 最新式のボディチェンバーで骨を縮めたり、脂肪を足したりといった肉体改造は既にある技術だが、ここまで完璧だと恐怖を感じるよ。


 いかん、妙なこと考えて、彼女を見つめるなんて、不謹慎だ。会話をしなければ、彼女には訊ねたいこともあるのだから。


「あ、いえ。ちょっと、風に当たりたくて、・・・。と、思ったんですが、ここビルの中でしたね。フェイクであることは既に知っていたのに、風に誘われて、気づいたらここに居たのです。・・・・あ、でも、これは素敵なフェイクです」


「ありがとうございます。気に入っていただけて光栄です。キース博士」


 クラリッサは、どきゅんと心臓を撃ち抜かれてしまうほどの笑みで応える。いかん、ここは冷静に。

 ボクは、頭をかきながら照れくさく応える。


「いやー、博士だなんて、こそばゆいですよ。キースで構いません。

 でも貴方こそ、博士でしょうに。この無限に近い電力を起こされた発明家で、エネルギーの神たる人じゃないですか」


「あんなものはただの思い付きです。先人たちの技術があってこそでのね。無から生み出したものではありませんので。

 私は、思い付きがちょっと突飛なだけで、私があれを発明、開発しなくても、数十年以内には別の才ある人間が似たようなものを作っていたと思いますから。

 私はただ、世界中の皆さんのお役に立てていることが、何よりの私の幸せですから」


 彼女は革新的な起業家であり、投資家ではあるが、物欲的な私欲は無いと聞き及ぶが、本当にそんな雰囲気がある。エゴや驕りが言葉の中に全く感じない。宴会女王の時も、随分と気前が良く、お客にも慕われていた。


「あの博士のことをすべて忘れてください。

 なんて、無理ですよね。私もひどく傷つきました。彼は、幾重もの人格を持ち、その時々で人格を完璧に演じ分けるとは、およそ常人に出来うることではありません。

 ある意味、自身の探求心や欲望に純粋だったのでしょうけど」


「囚われのトロイメライを救出するという、あなた方の作戦は失敗に終わりましたが、先ほどの説明では、トロイメライの想定外の行動により、作戦の真の目的であった公国の世界転覆のシナリオが破壊され最終目的は達成されたとの説明でした。

 ボクには、さっぱり事情が分かりえないのですが、世界が救われて良かったと思えたのに、何故だかあなた方の心は晴れていないような雰囲気にも見えました。

 まさか、また、あの国に潜入されるのですか?」


「はい、そうなります。

 私とは別に、私の生体情報キーを模した人工生体認証スーツを着た工作員が数名、潜入してましたが核心層での認証は全く通らず、全員の通信が途絶したそうですから。ダミーではだめなのです。

 私自身が行かなければ、トロイメライの部屋へ行きつくことは不可能なのです。でも、もうトロイメライとしての偽装潜入は無理ですね。

 その上、現地協力者との連絡が取れない状況でして、おそらく、拘束されているか、殺害されたのでしょう」


 ボクはヒトの死がさらっと語られることに寒気と恐怖を感じた。


「でも、どうしてまた危険を承知であの国へ行くのですか?

 あの国が画策した世界転覆のシナリオはトロイメライがことごとく破壊してしまって、首都ももうじき陥落するという状況ではないですか」


「クーデターは我々の組織が作り出した偽装です。ニュースもデマです。

 それでも、一般市民と観光客を退去させた後で、かなり本気で攻撃したのですが、強力なバリアに阻まれて、我々の攻撃は全くききませんでした。

 あの国は今なお無傷です。そして、トロイメライの地下研究所も」


「でも、トロイメライは、任務時にアナタにかけられてた時限洗脳を破り、アナタの命を救って、博士ら王家や支配層に反逆しているじゃないですか。

 しかも、地下研究所は独自の動力と発電場があり、食料プラントなど独立で機能できる施設がある。

 そうなれば、公国の内側と外側から圧力をかければ、支配層は、あっという間に降伏するのではないのでしょうか?」


「あの国の支配層は、ほとんど居ませんよ。トロイメライがほとんど死滅させてしまいまいました」


 何だって! 耳を疑う話に、ボクは驚愕した。


「今、あの国の実権を握っているのは、トロイメライなんです。そして、コベナント博士は、彼女にも安全装置としての時限洗脳をかけていたのです。

 彼女はそれに気づき、ずっと贖っていたのですが、ついにその抵抗が限界に近づいているのです。

 あと、一か月もすれば、カウントダウンが始まります。彼女が世界の敵になるカウントダウンが」


「なんですって!」


 ボクは大声を上げずには居られなかった。


 これは、いきなり、世界の終わり的な話じゃないか!


 え、さっきの場では、こんなことひとかけらも言ってなかったのに。一体どうしたんだ。


 まさか、ボクは、客間のベットで寝て夢を見ているんじゃないだろうな。いささか原始的だが、ここは、ほっぺたを抓ってみるか?


 その時だった。


 唇にむにゅっと生暖かいものがふれた。かなり強い力で両手で頭を下げらてもいる。目の前には、爛々と輝く藍色の瞳があった。


 ボクは、クラリッサさんに強引にキスをされていた。だが、とてもいい感じである。いい香りもするし、ずっと、したかったことを彼女の方からやってくれたことが嬉しかった。


 ボクは彼女が楽な姿勢になれるよう、近くのベンチに誘導した。


 もしもここが客間なら、衣服を脱ぎ捨てて愛し合ってしまう程の感情が湧き上がっている。だが、ここは屋内とはいえ、屋外だ。自制しろ、クルト!

 キースと、エマと、ソーンが見ているぞ。


 ボクらは、全裸にはならないまでも、上着がはだけるくらいは、激しく求めあってしまった。何をどうしたかは、説明したくはないが、規制映像ならボカシが入る場所は露出させたかもしれないくらいには、激しくやってしまった。


 世界の億万長者で、経済界のトップで、国際的救済活動組織のエージェントで、世界最強の格闘家の妻に・・・、


 でも、不思議と全く、彼女の旦那への恐怖のようなものは感じない。むしろ、文句があるなら相手をしてやるって感じだ。25の若造ならいつだってねじ伏せてやるよ。

 ルールの中で戦って殺し合いとかって、臍が茶を沸かす。こっちは、本物の戦場で生き抜いて来たのだから。


 彼女とボクは、あの同調実験で心を通わせたこともあり、必要以上にお互いの心が求めあってしまっているのだ。


 今や、彼女はボクの一部であり、ボクは彼女の一部であるのだ。


 ボクらは徐々に興奮を抑え、お互いの目を見つめあいながら、ゆっくりと密着させた体を離した。離れながら冷めていく体温を感じながら冷静さを取り戻していく。

 乱れた服を正し、汗をハンカチで吹いて、深呼吸をした。


 そして、ボクは彼女に訊ねた。なぜ、ボクにそんな重要なことを話すのかと。


 彼女は応えた。その応えは、ボクがなんとなく察していたものだった。


「それは、貴方に我々の作戦の協力してもらいたいからです」


 彼女は、ボクの私生活を知っていた。


 当然だ、同じビルに家があるのだから。プライバシーとは言っても、屋内にいれる施設が一般的で無い場合は、ビルオーナーへの届け出が必要だからだ。


 ボクは家の中に軍事演習施設を持っていた。それは、あらゆる軍事訓練が室内で行える最新の設備だ。肉体を使うものから、VRも駆使したものまである。


 一部は仕事用でもあったが、半分以上は、少年兵時代に植え付けられた軍人能力を維持する、いや、抑制する為であった。


 ボクが子供を作っても家庭を持てない最大の理由がここにあった。


 研究所の仕事をしているボクは、自制をしているため、至って温和な男を演じているが、ひとたび、自制が緩むと、ヒトを殺すのも厭わない程のどうしようもない闘争本能の爆発に襲われるのだ。

 それを全力で出し切れる施設を自宅に作ったのだ。


 長年の研究成果もあって、今は、衝動が起きても数時間は薬で抑えることができている。人がいる場所で、衝動が起きた時の鎮静剤だが、多用すれば、効き目が低下する難儀なものであもある。


 争いごとなんか、もう、これっぽっちもしたくないボクなんだが、今の技量なら、今持っている技術なら、大人になった思慮があれば、殺傷を極限までに抑えることも可能なはずだ。


 それに世界の平和を天秤にかけるような事態であれば、ボクの私情なんかで断る理由などはない。それに、愛し合ってしまった彼女の誘いであるなら猶更だ。

 彼女のお誘いは、ボクには甘美な響きに聞こえてしまっている。


「ええ、ボクで良ければ、貴方のお役に立てるのなら喜んで、お引き受けいたします」


 ボクは、自分でも信じられないくらい、迷いなく、明るく、朗らかに即答した。

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