第28話 変化
クラリッサが奧の部屋に入ったあと、5分もしないうちに瞑想をといたハルくんも奧の部屋に入ってしまった。ジョアンナの「ハル!」の呼びかけも間に合わずの早さだった。
防音壁なので部屋の奥の音は一切しない。部屋の奧には何があるかも不明だ。第一、普通の家ではないのだから。
しかし、ボクとザック、エレナ、サラにとっては、先ほどクラリッサから告げられたことは衝撃的すぎる話だ。あのコベナント博士が、クラリッサが所属する組織の協力者で、同じビルの別の場所に居て、その組織任務遂行の責任者でありながら、裏切って逃走に失敗して拘束された? まるでドラマだ。
博士は今どうなっているのだろうか? 処刑? それとも拷問、はたまたは刑務所なのか?
博士は温厚そうな顔の裏にとてつもない悪意を忍ばせていただなんて、俺も鈍ったな。戦時中の俺ならああいう人間は即座に見抜けたのに。まあ、それだけ今が平和ってことなんだろうけど。あんな時代は二度とごめんだ。
皆の様子を見れば、ザックは目を見開いて、目を泳がせ、椅子に固まっている。エレナもサラもどうしたものか分からず。ため息をついている。ボクもそのことについては、言い出しにくい状況だ。
話の大筋もわからずジョアンナは、ポカンとしていたが、空中浮遊椅子ごと移動して、エレナに話しかけるようだ。彼女は、最も気になる人物、クラリッサのことを聞きたいのだろう。なにせ彼女は、スーパーセレブ、クラリッサの唯一の一般人の親友なのだから。
「ねえ、エレナ、・・・・。さっき、トロイ、じゃなくてクラリッサが話したことチンプンカンプンだったんだけど、何の話しだったの? 最初は英語で話していたのに、急に別の言語で話したわよね。あれ、何語だったかしら?」
そうか、ジョアンナは言語はあまり得意じゃなかったな。ボクら普通に理解できていたけど、最初の自己紹介のところだけジョアンナに聞かせるために英語で話していたけど、その後は、業界人が得意な世界共通語を話していたな。
英語をベースにしながら、他国語を合わせて開発された言語で、公用語ではないが、特に国際交流をする人々の間では、絶対的な共通語なんだ。
「ああ、あれ。大災害の前に造られていた世界共通語というものよ。クラリッサはアナタに関係ないことは聞かせない方がいいと思ったのね。アタシたちにとってはかなりショッキングなことだったのだけど、アナタは関わらなくていいのよ。
それより、あなた、クラリッサのこと、聞きたいのじゃないの?」
ジョアンナは、こくんとうなずいた。
「それじゃあ、ちょっとだけ教えてあげるわね」
「クラリッサってどういう人なの?」
「そうね。普通の人たちから見たら、彼女は雲の上の人ね。敏腕の経営者で、資産家で、投資家で、それと発明家でもあって、IQも相当に高いって噂よ。今、わたしたちが安い電気で生活で来ているのも彼女の発明のおかげらしいの。
でも、このことはさっき、彼女がクラリッサ・ワイルダーだと知ってからの業界での見られ方なので、アタシが会ってた頃は、正体不明のスーパー美少女って感じだったわ。けれど、まさか、あの年となりで、旦那と子供がいるとか思わなかったけど。
それに普段の顔と業界紙に載ってる顔とは全然違うのよね。業界紙の彼女はやり手の鋭い女性って感じなのよ。気安くは近寄れないオーラがあったわ」
「でも、エレナはクラリッサとずっとネット友達で、3年前は一緒に3か月も日本旅行してたんでしょ。どんな感じの人だったの?」
「ある種の濃いヲタクだったわ。まあ、アタシも黒歴史的にひどいヲタクだったのだけど、日本の文化、ことにアニメで意気投合しちゃって。日本生まれで、暮らしてたというのもあったのね。
それで、トロイくんの時にも片鱗があったと思うけど、大食いで、大酒のみで、お風呂好きだったわよ」
「そこは、そうなんだ」
「気前もよくて、居酒屋で周囲の人によくおごっていたわね。けれど、寝相はお世辞にもよくなかったわね」
「トロイの時は、そういうことはなかったわ。最もあそこって、部屋狭いからベットじゃなくてハンモックだしね」
「浴衣で寝ていたから、浴衣ははだけて、大事なところ出しまくっていることが多かったわ。でも、お洒落は凄く上手でね。服装のセンスも抜群だったわ。見たことないデザインの服を着ていたけど、きっと妹さんのオリジナルデザインだったのね」
「旅行のときの写真とか持ってるの?」
「もちろんあるわよ。今は端末を預けちゃったから見れないけど、あとで見せてあげるわ。絶対、欲しくなる写真よ。それ以上に、彼女のこと聞いたら、興味がわくわよ。絶対にお友達になりたいって思うわよ」
「また、なれるかな。友達に」
「なれるよ。さっきの謝罪、聞いたでしょ。彼女、きっとジョアンナたちと仲直りしたいと思っているわよ」
エレナは、ジョアンナを安心させようと彼女が膝の上で握りこんだ拳にそっと手を添えた。なんという細やかな心遣いなのだ。自身はさっきの衝撃的な話で心揺らいでいるのに、それが分からないジョアンナにそういった気持ちをぶつけないようにして、彼女の不安を取り除こうとするなんて、オレは今日、この瞬間、エレナに惚れ直してしまったよ。
「エレナ、もう少し、クラリッサのこと話してくれない?」
「いいわよ。彼女は、運動神経は抜群だったわ」
「それは、トロイの時もそういう一面があったわ。呼吸を5分くらい止めれて、岩壁なんかも指や足先をひっかける場所があれば、ワイヤーとペグを使って絶壁でも登っていたわ。
そのおかげで、崖の上の鳥の卵や薬草とか採って来てくれて大助かりしたことがあったわ。あの子は原始的な武器で野鳥や動物を捕まえるのも得意だったわ」
「それあった。山や海行くと、昔を思い出すとか言って、木は登るわ、ツタを使って他の木々を飛び渡るし、魚釣ったり、山菜積んだり、野ウサギを罠で捕ったりして、アウトドアキャンプも結構したわよ。あの子はどこでも生きていけるわね」
「そういえば、記憶が戻ったクラリッサが、アタシが肩にかけていた道着を見て、手合わせしようって体制とった時、すごく威圧的で、殺気のようなものを感じたのだけど、彼女は格闘もやれるの?」
「あの子はかなり喧嘩慣れしてたわね。色々な格闘技を身に着けているって感じだったわ。
アタシが旅先で散歩中にバックをひったくられた時、瞬時に相手を投げ倒して、地面に抑え込んだのよ。引ったくりも何が起きたか分からないって顔してたわね。
それと、あの子、かなり可愛いから何度か強引なナンパかけられることあったわ。外国人も観光でかなり来てたから、外国人からのナンパもかなりあったわ。
あの子、自分に合わない人には遠慮なく毒吐くから、米粒程度のプライド持ちでも言われたらカンカンになるのよね。
ある時、彼女がどっかの国の金持ちにナンパされてね。金持ちぶりを見せつけて、自慢しまくたのだけど、『ガキはおしゃぶりでもしゃぶってろ!』ってドスの効いた低い声で言ったもんだから、そいつ心が折れちゃって、手下を呼んだのよ。
そしたら、10人くらいの大男たちに囲まれちゃったわ。アタシは「オバンはすっこんどれ!」とか言われて隅に追いやられてさ、そいつらマジで女の子のクラリッサ相手に喧嘩ふっかけてたのよ。
普通なら、クラリッサみたいな女の子なんか、多少抵抗はしても、すぐに捕まってぼこぼこにされて、下手したら死ぬ。死亡フラグ立ちまくりの状況だったのに、あの子全然余裕だったのよ。
『仕方ないから遊んであげるわよ、お兄さんたち。いや、オジさん。おじいちゃんかしら。フフフ』とか不敵な笑みを浮かべてね、ふぁあっと、あくびかいて、腰を落として柔軟体操を始めるのよ。
10人全員で中心にいるクラリッサに突進して来たんだけど、彼女、低姿勢から、全員に足払いをしたり、脛を蹴ったり、足の甲を踏んづけたりして、男らの態勢を崩して、ある者には膝蹴りくらわしたり、肩を脱臼させたり、顎に頭突きくらわしたり、腹に正拳を打ち込んでのたうちまわらせたり、とにかく素早く動き回って、数分で全員倒してしまったわね。
見てて、すがすがしいほどに格好良かったわ。時折、見えるパンチラがまたセクシーでね。年甲斐もなくアタシ、感動しちゃって、汗だくになった立っていた彼女に思わず『お姉さま!』と叫んで、タオルを差し出してしまったわよ!」
「本当なの。おかしいわ。エレナの方が10歳も年上なのに。面白い」
「それから彼女は、よく弟の話をしてたけど、まさかそれがハルさんのことだったとはね。今思うとびっくりよ」
「どんな話してたの?」
「小さい頃の弟は泣き虫で、弱虫で、本当に手のかかる子だったけど、とても心が清らかで、優しい子だったって、まるで、母親目線だったわね」
「アタシの目線からのハルと全然違うわね。でも、ちょっと安心した。クラリッサにとって、ハルは弟でしかないんだ。恋人じゃないんだ」
「さすがに、旦那と子供が居て、不倫を楽しむ趣味というか、無駄な時間過ごす余裕はあの子には無いと思うわ。まあ、ちょっと過保護なところはあるみたいだけど」
「それもそうね。ふふふ」
どうやら、ジョアンナはクラリッサに対する感情が穏やかになったようだ。おっと、そろそろ20分経つな、参考人が来るって言ってたけど、いったい誰なんだろう。




