第29話 キースとエマとソーン
奥のドアが開く音がしてまもなく、クラリッサとハルくんが円卓に戻って来た。クラリッサはハルくんに目配せをすると、ハルくんはジョアンナの方に行った。
「ジョアンナ。これからの話は、ボクらは関われないから、ボクと貴賓室へ来てくれないか?」
遠くからクラリッサもジョアンナにお願いしますと、一礼している。ジョアンナはこっくりとうなずき、席を立ち、ハルくんに付き添われて、反対側の奧へ引っ込んだ。いよいよ関係者同士での話し合いをするのだな。
博士がこちらにも関係していたことは、最初から知っていたのだろうからな。
クラリッサが出て来た奥の方から軍服姿の美しい女性が現れた。サラくんとエレナの手前だここは冷静にならないと。ボクは顔の緩みを引き締めた。
そして、もう一人、奥から軍服を着た逞しい男性が出て来た。ボクは彼の顔に見覚えがあった。ザックも、エレナも、そしてサラくんも、知る顔だ。彼の顔を見るなり、みな口をあんぐりしている。それもそのはずだ。軍服姿の男性はあのレジェンドンだったのだから。
「おまえ、ドン、なのか?」
ザックは半分声に驚きと怒りが混じっていた。
「「えええ、やっぱり、ドンさんなの?」」
エレナとサラくんは、声を揃えて言った。
「ザック社長、みんな。すまない。俺は、国際救出組織T.R.O.J.A.N.に所属するアイザック・シュピーゲルといい、階級は大尉。クラリッサ・ワイルダー少尉の上官で、今回の要人救出任務の責任者であり、支援工作員で、君の会社に長年、社員として潜入していたんだ。
担当任務は、クラリッサの件だけじゃなく、これまでも何度となくあったのだが、君のお父さんの移動採掘工事と君の会社の仕事を隠れ蓑にこれまでは秘密裏に事を遂行していたのだが、今回は、組織内に反逆者が出てしまい、君たち民間人に多大な迷惑をかけてっしまい、誠に申し訳ないと思っている。
幸いなことに、ある人物からの連絡のおかげて、君らに重火器が向けられるような事態にならなかったのは、せめてもの救いだったと思っている」
「コベナント博士は、今、どうしているのですか?」
ボクは無意識に博士のことを尋ねていた。
「父、いえ、博士はこのビルの地下独房に軟禁されています」
「今、アナタは、父と言われませんでしたか? あ、申し遅れました。ボクは、」
「クルト・シュミットさん。えっと、今はキース・エマーソンさんですね。
私は、マリエッタ・コベナント医療中尉です。コベナント博士は私の父なのです。アナタに我々は、謝罪しきれない程の罪を犯しました。私の父はアナタの誰にも知られたくない記憶と技能を無断利用していたのです。
彼にとっては自分が植え付けた記憶を再利用する程度の認識で、罪悪感など全く持っていませんでした」
ボクはマリエッタと名乗った女性の言葉を聞いて、直感した。ボクが奪われたモノの実態を。20年前、悪魔子と恐れられた、少年兵クルトの戦術技能を奪われたのだと。
ボクの本名は、クルト・シュミット。ザックの父、ゲオルグの20歳年上の兄の息子だった。今、ボクが名乗っているキース・エマーソンという名は、死んだ3人の戦友の名前をつなげて捩ったものだ。
終戦まで生き残れなかった彼らを忘れないために、彼らと共に生きたくて、戦後、改名したんだ。
ボクの少年時代は、とても悲惨なものだった。物心ついたころには周囲が瓦礫と死体の山だった。その前には家族とともに幸せな時もあったのだが、毎日のように同年代の若い仲間たちが、ばたばたと死にゆく戦い風景がそれをかき消してしまったのだ。
一瞬の爆撃で街は瓦礫と化し、平凡な日常を暮らす人々は、動かぬ死骸となった。ボクはどうやって生き延びたのか、記憶も定かではないが、泥をすすり、残飯を拾って食べ同じ境遇の仲間と過ごした。そして、街角の義勇兵募集の張り紙を見て決心した。家族の命を奪ったこの戦争を終わらせるためにボクは義勇兵に志願した。
子供の頃のボクは、学業だけでなく、体力やスポーツにも自信があった。家が裕福だったこともあり、スポーツや護身術には専属のトレーナーも居た。水泳やサッカー、柔道では何度か優勝もした。
戦闘訓練など一か月程度で終わり、すぐ実践に入るという状況だった。だが、戦争はスポーツではない。初日に砲撃をあびて即死した仲間が何十人もいた。
ボクは、仲間のちぎれた死体を見て、涙し、嘔吐し、大声をあげて泣き叫び、狼狽し、壕の中でうずくまった。死体や死臭には慣れていたはずなのに、目の前でほんのちょっと前までタメ口で話していた仲間が、モノに変わるさまを見てしまったら正気など保てない程だったのだ。そんなボクに蹴りを入れる奴が居た。
「うっせー、ジタバタすんなよ! この臆病者が!」
威勢のいい少年のような声の主は、赤毛でそばかす顔の、女の子だった。ボクは胸元を掴まれ往復ビンタの乱れ打ちにあい。青い鋭い目で睨めつけられた。
「根性きめて兵士になったんだろう! 貴様はよ!」
「あ、はい・・・・」
それがエマとの出会いだった。
エマには、キースという兄貴と、ソーンという弟がいた。この3人の兄姉弟たちは、戦争が終わった後の自分たちの夢を、冗談まじりに、おおらかに語ってくれていた。本当に気のいい奴らだった。
「キース、エマ、ソーン・・・」
「キースさん、大丈夫ですか?」
ボクは、マリエッタの言葉に遠い昔の記憶をよみがえらせていた。ありし日のキースとエマとソーンの顔が目に浮かび、涙を流していた。
「すみません。あなたの言葉に、つい、昔のことを思い出してしまっていました。もう大丈夫です」
「もう悟られてしまわれたのですね。今、言うべきか悩んだのですが、これからの話しと関係がありますので、ワタシの判断でお話いたしました。
お辛い記憶を思い出させることになってすみません。ご気分がすぐれなければ、退出されてもかまいません。これから、五分ほどモニターの準備など致しますので、しばらく楽にされてください」
ボクは取り乱したことをマリエッタに謝罪したが、はたと感づくものがあった。今、彼女は、ボクの記憶をコベナント博士が使用したことを、自分が植え付けた記憶を再利用する程度の認識と言ったことだった。
つまり、ボクは少年時代に、あの内戦の最中に、博士の記憶追記の施術を受けていたということになる。そんなこといつあったんだ。
ボクがいつしか悪魔子と揶揄され、味方からも恐れられていた頃、キース、エマ、ソーンの3人は既にこの世には居なかった。彼らの命を奪ったこの戦争を終わらせたい一心で、ボクは鬼神でも宿ったかのように戦ったのだ。
自分でも信じられない程に、ボクの体は動いていた。多少、キース、エマ、ソーンの3人に特訓を受けたとはいっても、彼らにはとても追いつけなかったのに。今思えば、あれはまるで、彼らの能力がボクに移ったようだった。
そう、彼らの能力がボクに移ったんだ。それは、あの時だ。
彼らが亡くなったのは終戦の半年前だった。その週に1日だけの休みがあり、ボクは皆には内緒でエマの手料理をご馳走になる予定があったのだ。エマは兵士になる前、従弟の飲食店を手伝っていた。幸い、彼女の従弟は健在で、食事処を開いていたので、店の休みの日に調理場を借ることにしていたんだ。
その頃は、反政府ゲリラ敗戦が濃厚となってきたが、ヤケになって大爆撃を行った時だった。ボクはたまたま食事をとるため壕の最下層に居たので、重傷とまではいかなかったが、頭を10針縫う傷を負って、野戦病院で治療を受けていた。
目覚めたとき、上官からキースとエマとソーンの戦死報告を受けたんだ。
彼らはボクらのチームとの入れ替わりで見張りをしてくれていた。そこへ、ボクも負傷したあの集中砲火の大爆撃の直撃を受けたのだ。彼らが見張りをしていたトーチカも木端微塵になって、死体すら残らなかったと聞いて、ボクは、あまりのショックにその場で気を失ってしまったと記憶する。
おそらく、ボクが負傷したとき、ボクに彼らの能力が植え付けられたのだ。彼らが細切れだったとくのは、おそらく嘘だろう。ケガは追っていただろう。彼らもまた誰かの身体能力を植え付けられた実験体で、そこで養われ成長した3人分をボクは引き継ぎ、驚異的な戦闘スキルを発揮したのだ。
既にあの事故から20年も経過しているのに、彼らの姿が今でも鮮明に思い出せているのは、間違いなく博士の施術のせいなのだ。
ボクはエマが好きだった。僕にとっての初恋だった。エマの赤茶けた髪が、青い瞳が、そばかす顔の笑顔が、男勝りで勝気な性格が大好きだった。
『クルト、泣いてる暇があったら、明日を夢見ろ! 命があるなら、歯を食いしばれ。いじけてんじゃねえぞ! コンニャロ!』
まるで、兄貴のような口調だったが、両親と兄弟姉妹を全て亡くしたボクには何よりも温かく感じられたんだ。
『クルト、なんだお前。最近、痩せてねえか。メシ、ちゃんと食ってねえだろ。あのクソ不味い戦闘糧食じゃ、食う気もうせるだろうが、栄養価はしっかりあるんだから、不味くても食え。
そうだ、週末、オマエ、休みだろ。アタシも休みだから、クランツの食堂知ってるよな。そこに来い。アタシがうまいもん、食わしてやる。皆には内緒だ。必ず、来いよ!』
ふいに、彼女の笑顔が、言葉が、声が、彼女の拳で頬を殴られた時の痛みが蘇った。
「エマ、・・・・、出来ることなら、もう一度、キミに会いたい」




