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第27話 アタシは戻った

 爽やかな清流の流れを表現した透き通るようなメロディが部屋に流れた。彼女が到着したようだ。アタシはモニタで彼女であるかを確認し、安全性確認の後、部屋の施錠を外した。


 記憶の途切れたアタシには、着替えにここへ戻った時にモニタ越しに彼女に会ったのだ。ただ、アタシの記憶はその時点ではぼやけていて、彼女をどこかで会ったことある人程度にしか認識できなかった。それと彼女が軍服を着ていることも不思議に思ったのだ。


 彼女はアタシが異常な状況にあると察知し、屋内端末経由で指定の場所でマシンに乗れと指示をした。アタシは彼女が信頼ある人物だと認識していたので、疑わず彼女の指示に従い、その部屋に行くとそこは研究所のようなところだった。

 普通、自分の部屋にこういうものがつながっていると、絶対に気が動転するはずなのだが、見覚えのあるアタシは素直にマシンに乗り、ヘッドセット装着した。そして、彼女は遠隔操作でマシンを動かしたのだ。


 すると、忘れていた筈の記憶が瞬時に映像として頭の中を流れていき、アタシはほんの10分程度で数か月前の行動を追体験し、自分に何が起きていたかを理解した。

 アタシをこのような状況に追いやった人物は、ある失敗からクラリッサビレッジからの逃走に失敗し、地下監獄に収監されている。その人物とは、ノストロモ・コベナント博士。アタシの所属組織の協力者だった人物だ。


 そして、ドアが開いた。


「麗香!」


「マリエッタ」


 ドアから現れた人物にアタシは抱きつき、抱擁した。


「あなたが生きてて本当に良かったわ」


 彼女は、絞り出すように声を出し、涙を流して、アタシの生還を心から喜んでくれた。


「アタシも、まさかこんなことになっているだなんて」


「まさか父があんなことをしでかすだなんて。父、いえ、あの犯罪者は極刑も仕方ないでしょうが、作戦の再回は必須だら、それまで生きてもらわねばならないわ」


 気配を感じて振り返ると、こちらへ来る時はついて来なかったハルが、アタシたちを見て茫然としていた。

 しまった、彼にアタシの家のフリーパス権を与えていたのだった。気になってアタシを追って来たのはわかるが、簡単に追跡させてしまうとは、なんたる失態。


 まあ、いざとなれば、ハルの記憶を埋没させるまでだ。


 ハルが驚くのも無理はない。ハルはアタシの居住部屋しか知らないので、こういう場所があることも、軍服姿のマリエッタも知らないのは当然だ。彼とは衣装室で別れ、関係者との会談の5分前に落ちあっただけだったのでね。


「姉さん、ここはいったい、」


 どう聞くべきか、困ったのだろう、ハルはセリフが出てこなかった。それにしても、いい服装だ。アレックスの見立ては完璧だな。


「この方は、あなたの話によく出てくる弟さん、かしら。確かハルさんというのでしたっけ?」


 ハルが何かを思い詰めているのは表情からわかった。ハルにとっても衝撃的すぎる話をしたのだから。けれど、アタシへの来客に失礼はだめだと、気持ちをひきしめたようで、右手を胸にあて、前かがみに礼をした。


「麗香、いえ、クラリッサの弟のハルです。本名は、ユーリー・晴信・加藤といいます。以後、お見知りおきを」


 さすがは我が弟。失礼のない振る舞いが出来てよろしい。


「それより、姉さん!」


 さっそく、ハルは食いついて来た。


「さっきの話なんだけど、本当なの? 姉さんが軍人? 国際的秘密組織のエージェント? ボクはぜんぜん話に着ついていけなかったよ。

 姉さんが、そんな危険なことをやていたなんて。あの兄貴も危険を顧みない格闘バカだけど、聖子ちゃんのことちゃんと考えてあげてよ。まだ、5歳なんだよ。

 ボクは7歳まで、姉さんに、時には厳しく、時には優しく、育んでもらえたから今があるんだ。姉さんが破天荒なのは分かっている。ボルダリングなんかも見ていてハラハラさせられたよ。

 でも、でもさ、姉さんの人生にボクは口出しできないとは重々承知してるけど、命は大切にしてくれよ。頼むから、・・・。姉さんが死んじゃったりしたら。ボクは、もう生きた心地はしないんだよ、」


 ハルはさっきまで見せなかった涙を流し、アタシに抱きつき、大声で泣き叫んだ。


「ハル。黙っててゴメン」


 アタシは、もっと何かを言うべきとは思ったが、ハルの泣きじゃくりで、何も言えず、いつもなら、ハルを奮い立たせ、「男だろ、しっかりしろと!」と叱責するところなのだが、状況が状況で、アタシは、ハルと大声を上げて泣き叫んだ。

 アタシらは、5分ほど全力で泣くと、気持ちがおちついたようで、互いに見つめあって、べそかき顔を笑いあった。


「いい弟さんじゃない、麗香」


「ええ、まだまだ頼りないけど、最高の弟よ!」


 そして、もう一人がやって来た。アタシのサポータの一人だ。彼のおかげでアタシは助かったと言っても過言ではない。


 アタシはドアロックを外し、この部屋へ来るよう指示をし、彼は足早にやって来た。ごつい体を揺らしながら、そして、研究室のドアを開けた。


「ワイルダー少尉。無事で何よりだ」


「シュピーゲル大尉!この度は作戦遂行の失敗にて救出していただき大変ありがとうございます」


 アタシは敬礼をした。


「俺もあせったよ。まさか博士が裏切るとはね。だが、彼女の行動のおかげで命拾いをした。まさか、彼女が俺に通信をよこすとは想像してなかったからな」


「アタシも彼女の容姿には驚きでした。本当に目を疑いました」


 それは、思い出すだけでも身の毛のよだつ、恐ろしい体験だった。


「血縁関係のない彼女がアタシに雰囲気が似ているなら、そう珍しいことではないのですが、彼女はどう見ても、2、3年前のアタシでした。

 また、姉妹である筈のマリエッタとは共通する部分が全くありませんでした。これはいったい、どういうことなんですか?

 彼女は、アタシがコベナント博士に植え付けられた変更指令によってオカシクなることも察知済みで、かなりな危険をおかしてアタシを捕らえ、自我を埋没させて、偽クーデータとも知らずに逃げる貴族の飛行機に乗せて逃がしたのです」


「それについては、この後の会議で話すことにしよう」


「そうですね。でも、皆さん、大尉をご覧になられたら、かなり驚かれることでしょうね」


「ああ、俺もかなり気まずいよ。まあ、この仕事はこういうことの連続だからな」


「そろそろ時間よ、麗香。行きましょう」

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