第18話 ささやき
アタシらは衛兵に案内された方角を歩きはじめた。案内はウェアラブル端末とポイント位置で空間表示される案内板やマーカーで確認できるので、アタシはキャメロンと庭園を眺めながら大広間へと迂回していく。
正面玄関は観光用に開放されているし、裏口は関係や以外は侵入できない。とんでもない罠が仕込まれていることは、罠にかかった者しかわからない。重度の障害を抱えかねないトラップが進入路にはあるという噂である。この国の罰則は、法を犯す者には徹底して容赦しないのだ。
王宮は初めて見たが、どこかで見たようなデザインである。大災害以前に欧州にあった城の雰囲気が、そこかしこにあるが、いろんなものが混じっているという感じだった。
自称、城マニアのキャメロン様は、この城にはご満悦の様子である。さっきから、何かを見て発見するたびに、「おお、これは何世紀のどこそこの、なんちゃら建築のー」とアタシには単語は耳に入っても興味が無いので、さっぱり頭に言葉が残っていかない。
あちこちの建造物を目に入れては、キャー、キャーと奇声を上げたかと思えば、今度は小声でぶつぶつ独り言解説をし始めている。そして、アタシから離れて、城を見上げ歓喜を上げ始めたのだ。
「ちょと、キャメロン。落ち着きなさいよ」
いつもはアタシが叱られる側なのに、城を目にしたキャメロンは普段のアタシよりも落ち着きがなかった。
「キャメロン!」
アタシは見かねて、かなりな大声で叫んだ。
「え!」と正気に戻ったかのように反応して、彼女はアタシの方を振り返った。
「ああ、ごめん、ごめん。つい、世界に入ってしまっていたわ」
「じゃあ、今すぐ戻って。アタシ、待ちくたびれてるの」
キャメロンは右手拳で頭をコツンとたたいて、アタシの方に戻って来た。
「でも、さすがは、王宮って感じよね。庭全体が豪華な庭園って感じね。そもそもこれって、大災害前からあった訳じゃないのに、わざわざ、旧時代の欧州の城を模して造っているんだもの。
見た目は石造り、中身は弾道弾ミサイルを一度に集中的に10発受けてもかすり傷しかつかない超合金、地下は核シェルターなんだもの。大した戦争もなかったのにいったい何から守ろうと造ったのだかよね」
「安全と科学技術力の高さを分かりやすく世界に見せたかった。・・・そんなところじゃないかしら。運のいいアタシは、そういうことには関わっていないので安心してるわ」
「そっかあ、それは幸運だったわね。それで、トロイメライって何の研究してるんだっけ?」
アタシは一瞬、耳を疑った。この子、いえ、一応、相手は年上だけど、身分的にはアタシが上でというのも言う気は無いのだけれども。何てこと聞いてるの?
話のつながりで思わず言ってしまったとは思うのだけど、迂闊すぎにも程があるわ。アタシは何事も無いよう、笑顔の表情を崩すことなく返答した。
「それは秘密。いかにアナタでもね」
「秘密かあ、それじゃあ、しょうがないわね」と、キャメロンは笑って質問を諦めてくれた。
アタシは、今のキャメロンの行動や言動に違和感を覚えた。宮殿内に入ったとたんに、アタシから離れて、奇異な行動をしていたからだ。我々は一般の観光客ではないのだ。特別な入り口を招待されているのだ。
本来ならここは、警戒をすべき状況なのに、キャメロンの趣味の城好きがさく裂するとかすごく不自然に思えた。
そして、さっきの質問だ。ふいに聞いてしまった感じではあったが、非常に見過ごせない行為であることを彼女は考えもしていないのかとさえ思えた。
そもそも、国家研究員でもあるアタシが何の研究しているかなんて、側近の彼女なら本来は聞いてこないことだ。アタシが研究時はどこの場所にいるかは教えてあっても、研究の細かい中身は極秘事項で、側近であっても聞き出すなど厳禁どころか、懲罰に値する行為だというのに。
何度も言うが、宮殿内の会話は録音されている。彼女のこの言動が咎めを受けることが無いよう祈るばかりである。
しかし、驚きはこれだけでは済まなかった。単なる下見で来ているだけなのに、いきなり地下通路へ案内されたのだ。
「これ、どういうこと? 何かの趣向? キャメロンあんた何かやってくれちゃってるの」
「さあ、どうでしょうね」
アタシは仕方なく階段を降り始める。蝋燭や懐中電灯を持って降りていくわけではない。当然、階段の壁にはキャンドルを模した明かりが眩く足元を照らしてくれている。
キャメロンもアタシの後から階段を降り始める。先方の護衛はかなり下に降りてるようだ。
「もしかしたら、お城からのお姫様へのサプライズなのかも」
キャメロンはまたアタシがぎくりとするようなことを言い出した。アタシはこれ以上キャメロンがやばそうな会話をしないよう、思念通信装置を彼女に装着させた。アタシが発明したもので、テレパシーのようなことが出来ると言えばわかりやすいだろうか? 声を発することなく会話ができる装置である。試作をかねてやってみることにした。
顎の下と耳の裏にセンサーを付けて、ワイヤレスで胸の内側ポケットに入れた装置で処理をし、声帯に伝わる前に信号を受け取り変調し、受け側で受けて骨振動を使って音を伝えるのだ。
「キャメロン、聞こえる?」
「聞こえるわ。疑似音声なのにアナタの声で聞こえてるわ」
「これで話すわよ。アンタ気づいてないでしょうけど、さっきからおかしなこと言いすぎよ。城パワーで舞い上がっているのかしら」
「そんなことは無いと思うけど、そうかしらね」
「それで話戻るけど、アタシが姫なのは便宜上のものよ。そもそも、アタシが第3王女であることなんか公式記録にはないのだから。国家研究員という身分は王位継承権とかいうものより遥かに重要なものなのよ」
「はい、それは分かっておりますが、第1と第2が問題ありすぎまして、例えお飾りでも、健全でまともそうな方が女王を務めていただかないと、国民も納得いかないのですよ。
それにお飾りですから、公務には影武者をお立てになって、自身は研究に打ち込まれられれば良いのではないかと」
「王位継承権が回ってきそうなんで、マリエッタ姉さん、早々と国外に出ちゃって、ワタシにとばっちりが来たのよ。私の年齢くらいの女子は王族にはまだ10人くらいいるのに何で、一番末席のアタシに来るわけ?」
「名誉や権威に憧れる方にしか興味を持たれないものですからね。王位継承権なんて、そうなると聡明な人はまず選びませんですわよ」
「アタシも選んでいないけど、末席なためにその下が居ないからって理由で、第3王女って肩書が非公式情報には登録済なのよ。やんなっちゃうわ」
「じゃあ、公式になるのも時間の問題ですかね。第1と第2は不倫問題で大わらわで、王位継承どころじゃあありませんからね」
「女王は大変だね。どちらも実の娘だから。アタシなんざあ、顔すら見たことないはずなのに、よくも第3にしようと思ってるわよね」
「女王も今更、子を儲けれる年でもありませんし、王様には変えたくもないのでしょうから、一番まともそうな、トロイメライ嬢に白羽の矢が立ったのでしょうね」
「アタシ、世間一般的な常識はこれっぽちも持ってないと断言できるのだけど」
「それはお貴族様全般に言えることですから、間違ってもトロイメライ嬢は不倫とかしなさそうですからね」
「あたし、しっかり者にみられがちで、大人びて見られるけど、まだ15歳なのよ」
「それは嘘。この国の15歳って実年齢じゃないもの、実際は18歳のはずよ。貴族階級は生まれて3年間は特別な教育がされるでしょ。そこで篩にかけられる。
能力が発揮できない子は、親子の縁を切られ、子供のいないそこそこ裕福な家に出されるでしょ。まあ、アナタは若作りだから15歳って言われても、そう演じれるし、見せられるものね」
え、そうだっけ。何故、アタシは知らない? 見たままの情報をそのまま受けているのかしら。
キャメロンはなぜか勝ち誇ったかのように挑戦的な目線でにやりとしたように見えた。
どうかしているのは、アタシの方かしら。そんな不安に駆られてしまった。
そして、アタシらは、地下への大広間に降りた。そこには何もなかったが、ヒトの気配はあった。奥の暗がりの物陰に数人が潜んでいる感じだ。
いやいや、彼らはボディガードだ。ちゃんと反応がある。でも、気配はそう感じない。まるで、殺気のようなものを感じるのだ。
まさか、全員が裏切った。これはまずい。アタシとキャメロンだけで、五人以上の相手をすることなど不可能だ。しかも近接戦ではない。相手は銃を持っている。
アタシの服の防弾効果はそれほど高くはない。人工筋肉が編み込まれたインナースーツをうまく操作すれば、45口径ならはじき落とせるだろうが、だが一度に数発くらったらそうはいかない。
でも、やるしかない。手持ちの武器は閃光弾と、小型ナイフ、小型拳銃。リストバンドにワイヤー、スタンガン。そして、小型の暗明可変ゴーグル。まるで用心棒の殺し屋道具だ。
「キャメロン、危険な気配よ気をつけて」
キャメロンはこわばって、震えて声が出せないでいる。声を出す信条ではないほど緊張している。これはいけない。彼女は、実戦経験はない。実際に暴漢に襲われたことも無いのだ。
「キャメロン、緊張しないで、落ち着いて。まずは、アタシが動くわ。アンタは階段側の物陰に待機して」
『では、お手並みを拝見させていただくわ、クラリッサ』
「え、何? 誰?」
アタシの頭の中で、誰かのささやきが聞こえた。




