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XXX.断章Ⅳ-Ⅳ

 あのとき、王が笑顔を浮かべてから、ほどなくのこと。

 あれは、アランにとって忘れられない出来事だった。

 今のアランの道筋を決定づけた出来事だった。


「ああ……」


 王が悲しげな声を漏らした。

 理由は単純だ。

 ここしばらく、王の権能で伝播される力の総量が増えたからだ。


「お気をたしかに、王よ」

「ええ……どうしようもないことだとは、わかっているのに……」

「……」


 その華奢な御身体に触れることなどできない。

 赦されない。

 だから、アランは。

 王座の前で、ひざまずいて。

 そばにいる、ということを伝えることしかできなくて。


 なぜ、こんなことが起きてしまったのか……。

 その解は、あまりにも単純だ。


「水泳が、行われなくなったためですか……」

「……ええ。多くの国は、常と変わらず水泳を行っているけれど……行わない国があったせいで、封印にほころびができているみたい」


 アランは内心の憤りを、必死に隠した。

 王にこれ以上のご心配をかけないように。


 なぜ、かの国は、国々は。

 こんなことをしでかしてしまったのか。

 こんなにも王にご負担をかけるような真似を。

 これが、王の、そして《深きものどもディープ・ワン》の存在を知らないのであれば、憎々しいがまだわかる。

 だが、各国の首脳陣は、一部の人間は、知っているはずなのに。

 なぜ今世界が続いているのか。

 それがどれだけの王のご配慮のもとで成り立っているのか。

 そして、王の心の内を、知っているのに。

 こんな馬鹿げたことをしでかした、一部の人間に。

 こんなにも怒りを隠すことが労力を必要とすることを、アランは初めて知った。


「ああっ……」


 王の苦しげな吐息。

 もう、こんな姿を見続けて、どれだけ時間がたったのだろう。

 数日――数か月?

 アランにはわからない。

 それほどまでに、王が苦しむ姿は、アランの心に負担をかけて。

 時間の経過がわからなくなるほどに。


 王は耐え続けてきた。

 自身からあふれる力の奔流に。

 それが制御できないものであることを知りつつ、少しでも弱めようと。

 人々へ伝わる力を、その恐怖を、抑えようと。


 だけど。

 ついに、限界を迎えた。


「だめ……」


 王は苦しげに、胸を掻きむしる。


「だめ……だめ……」


 王座に座っていることすらできず、固い床に崩れ落ちて。

 それでも掻きむしる手は止まらず。


「王よ!」


 そんな王を抱き起そうと、アランは走り寄る。

 だけど。

 アランが王に触れるよりも、早く。


「いやああああああああ!」


 力の奔流があふれた。

 王から漏れ出す漆黒の闇。

 すべてを恐怖させる、根源の権能。

 それは"海"へ異形の力を与え。

 すべてを破壊する、力を以て。


「逃 げ て」


 ひどくか細い声――

 その言葉を残して、王は意識を失った。

 それでも、力を与えられた"海"は止まらない。

 止まるはずがない。


 すべてを嘆く声が響く。

 すべてを怨嗟する声が響く。

 すべてを憎悪する声が響く。

 この世界を満たす、"海"を介して。


 結末は単純だ。

 こうして、国が滅びた。

 世界が、死んだ。

 だれもいなくなった。

 ただ、それだけ。



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