014.シックスビート
「さて、四中に出場するには指定タイムを切らなければならない訳だけど」
紀が落ち着いたのを見計らい、アランが口を開いた。
「期限までは私が面倒を見よう。如月も大会に向けて練習を積まなければならないからね。如月は先生が、水野は私が指示しよう」
「よろしくお願いします!」
並ぶものなき偉大なスイマーであるアランに教授してもらえる――スイマーならば誰もが羨む現実に、悠は胸を躍らせた。
自然、口調には熱がこもって。
「うん。じゃあ、まずは一回泳いでみて」
「わかりました」
そう言うと、悠はプールに飛び込んだ。
先ほどのように、水を前に震えて中々飛び込めないで居ると言うことはなかった。
たしかに水は怖い。
しかし、その中では彼女の残滓を感じ取れると言うことが、もうわかっているから。
プールに入ると、途端に感じる死のイメージ。
そして微かに感じる、彼女。
ここなら、泳げる。
彼女が居てくれるから。
「行きます」
ゆっくりと、リラックスして泳ぐよう意識する。
五〇Mは、案外早く終わった。
「上半身とか半身のバランスがズレてるね。キックのとき、何を意識してる?」
「水面からほとんど出さずに、水面下ギリギリの所で鞭のように足を動かすことです」
「たしかにそれは正しい。でもそういうことじゃないんだ。そうだね、シックスビートで泳ぐようにしてみようか」
「シックスビート?」
聞き慣れない言葉に、首を傾げる。
「たとえば右手で掻くとき、右手で水を掻ききるまでに三回、入水し終わるまでに三回、計六回キックをすることさ。今までのやり方だと、左右の腕でキック回数がバラバラで、フォームがぶれてる。シックスビートにすれば、それがなおるはずだよ」
再度五〇Mを。
今度は、言われた通りに実践してみる。
右手で外に向けて掻く。
十分行ったところでまず一回。
内側に水を掻く。
乳首とへその中間辺りでもう一度。
そしてフィニッシュの際に、最後の一回。
キックをする。
肘を支点に水面を這うように腕を動かす。
肘が乳首より少し下の位置に来たところで、一回。
顎の辺りまで来たところで、もう一回。
右手が入水して肩から腕を伸ばしながら、最後の一回。
キックをする。
繰り返す。
繰り返す。
繰り返す。
繰り返す。
身体がぶれないのを感覚的に理解する。
今までよりも腕を回しやすく、速く推進していくのがわかる。
「そうだ。そうやるんだ。……ああ、あとはターンの仕方も教えよう。今度の試験には関係ないけれど、スイマーとして必須の能力だからね」
「ターン?」
「そう。クイックターンさ」
アランはプールに入り、実際に見せる。
向こう側からこちらへ向かって魚雷のようなクロールで近づくと、壁の間際で光の如く回転して壁を蹴った。
悠にはその動作は速すぎて理解できない。
「このように、壁に近づいたら前転のように身体を小さくして回転するんだ。足で壁を蹴るときには横向きになっているように意識しながら回転するんだ。そして壁を蹴りながら身体を捻ってドルフィンキックをする」
悠は壁を蹴ってスタートする。
教えられた動作でのクロール。
すぐに向こう側の壁に着く。
するとヒザを胸に抱え込むように、コマ如く、しかし斜めに回転する。
足が壁に着いたときには、しっかりと横向きの体勢。
壁を蹴りながらさらに身体を捻る。
爆発的な加速を得た身体は、水を割って進む。
その速度を落とさぬよう、ドルフィンキックで進む。
「そうだ! それでいい!」
悠は泳ぎ続ける。
アランに指摘を受けながら。
指定タイムを目指して。




