第五話 二つの切れない絆
カリネリアがプルチーノの遊び相手になって二年の月日が流れた。
カリネリアは十歳になり、出会った頃一歳だったプルチーノは三歳になっていた。
カリネリアが沢山話しかけるおかげか、言葉の発育も良好なプルチーノは、ある日、突然思いもかけないことを言い出した。
「わたし、カリーのこと、しってたの」
最初は何のことか分からなかったカリネリアだが、よく聞くと、なんとプルチーノにも時間が巻き戻る前の記憶が少しだけ残っていたのだ。
「カリー、わたしのたんじょうびに、はたをふってくれた」
それは、カリネリアにとっても忘れ難い思い出だった。
十五歳になったプルチーノを祝う為に、持っていた最後の指輪を売って真っ白な絹の布を買ったのだ。
遠くからでも見えるように大きく文字を書き、棒に縛り付けて必死に振った。
見た目以上の重量に、次の日筋肉痛になったことまで鮮明に思い出される。
結婚後、辛い思いしかしてこなかったカリネリアにとって、唯一の喜びがプルチーノだった。
王室の行事がドンドン縮小されていく中で、特に末姫の経費は兄達以上に削られていた。
町のパレードも、とても短い距離を飾りもされていない馬車で通るだけ。
そんな寂しさを少しでも薄めようと、その当時のカリネリアは必死だったのだ。
「ふれ~ふれ~って、いっぱいいっぱいふってくれたね」
プルチーノは、巻き戻る前の事を詳細に覚えているわけではなかった。
しかし、悲しい時には、どんな時にも現れて、自分を愛し気に見つめてくれていた少女の事を思い出して耐えていたらしい。
「まえも、いまも、カリー、だいすきよ」
「滅相もないお言葉でございます」
プルチーノとカリネリアは、抱き合ってオイオイと泣いた。普段では見られない大泣きに、周りの者は驚いた。
しかし、誰も声を掛けない。
何故なら二人の間には、決して割って入れない絆があるからだ。
とうとう、プルチーノは泣きながら寝てしまった。
そんな幼女をベッドに寝かせ、カリネリアは部屋を出た。
廊下で待っていた護衛のノーヴァは、そっとハンカチを渡してくれた。
無口な青年だが、常にカリネリアを気に掛けてくれていた。
巻き戻る前の時間でも、プルチーノを見るために城下へ出かける時は、必ず付いて来てくれた人物だ。
「ありがとう」
カリネリアがお礼を言うと、彼は、子供相手に丁寧に頭を下げた。
普段は表情をあまり動かさない彼が、その日は、目を優しく細めていた。
その表情に、カリネリアは、ある人物を思い起こす。
――誰かに似ていると思っていたけど、そうだわ。あの人に似ているのね。
前世でカリネリアと共に人生を歩んでくれた夫も、無口だが優しい人だった。
病気で先立つ妻を思い、げっそりと痩せてしまった姿は今も忘れられない。
――見た目年齢と実年齢が合わない所も一緒だわ。
キリリとした眉に切れ長の瞳。しっかりとした体つきに、茶髪をオールバックにしている姿に、少年らしさは全くなかった。
三十代だと思い込んでいた彼が、実は二十歳だと聞いて驚いたのはカリネリアだけの秘密だ。
巻き戻り前の時間軸で、二人が会話を交わしたのは数えるしかなかった。
互いに、無口。
そして護衛が雇い主の娘に、自分から声を掛ける事など出来ない。
しかし、カリネリアから質問されれば、答えないという選択肢もないのだ。
「ノーヴァは、どこで剣術を学んだのかしら?」
「私の父からでございます」
「お父上は、確か……」
「はい。先の戦争で従軍し、戦死しております」
ノーヴァは、コズモ子爵家の三男だ。
彼の父コメタ・コズモは、腕一本で軍の隊長クラスにまで上り詰めた豪傑で、カリネリアの父からも信頼が厚かった。
父親を失ったノーヴァは、兄が家督を継いだのを機に家を出ることになった。
学園では優秀な成績を収めていたことと、父親がノーヴァの知人であった事から、ジェンティーレ公爵家の護衛として身を置くことになったらしい。
「貴方にとって、剣とはなに?」
「大切な者を守る為の手段でございます」
ノーヴァは、決して自分の腕前を誇ることをしない。
時々、手合わせを申し出る者もいるが、常に勝敗が付かないように持っていき、試合時間終了まで引き延ばす。
故に、戦歴は、〇勝〇負。
対戦した数だけ引き分けだった。
それこそ、相当な剣技と体力がなければできないことで、今でも、軍から入隊してもらえないかと声が掛かっている。
それに対して、彼は、
『恩をまだ返しきれておりませんので』
と頭を下げて断っていた。
実は、父を亡くしたことで、ノーヴァは学園の最後の一年分の学費が払えず自主退学を余儀なくされていた。
兄は、弟の才能を妬んでおり、何度頼んでも銅貨一枚すら融通してくれなかったのだ。
それを知ったカリネリアの父が、卒業後にジェンティーレ公爵家で仕えることを交換条件に利息なしで金を貸した。
その返済は、給金から少しずつ差し引かれている。
「貴方にとって、私は、その大切な人に入るのかしら?」
「勿論でございます」
「そう。ありがとう。嬉しいわ」
微笑むカリネリアは、綻ぶバラの花のような優美さがあった。
艶やかな黒髪を肩に下ろし、化粧などしてもいないのに、香り立つような気品が立ち上っている。
十歳にも満たない頃から教会に寄付をし、王女殿下の為に身を粉にして動き回るカリネリアの姿は、ノーヴァにとっては羽が生えていない天使のように見えた。
――同じ人間だと言うのに、私の兄とは大違いだ。
ノーヴァは、父親の事は尊敬しているが、子育ては間違っていたと思っている。
長子が跡継ぎであることから、全ては、兄を中心に動いた。
いくら戦争で活躍したと言っても、家柄は子爵。
潤沢な資金を持っているわけではなく、金を掛けるなら長男と決まっていたのだ。
それに胡坐をかいた兄は、今、優秀な弟を放り出した阿呆として有名になっている。
父の残した家が、そのようなそしりを受けるのは、ノーヴァとしても辛いものがあった。
「お嬢様は……何故、そこまで王女殿下の為に動けるのですか?」
決して無駄口をたたかなかった男の口から、ポロリと疑問が転げ落ちた。
言った本人が驚いて、
「申し訳ございません。失礼なことを申し上げました」
と頭を下げた。
しかし、カリネリアは驚くことも、怒ることもなく、優しく告げる。
「それは、私が姫担だからですわ」
「ヒメタン?」
「えぇ。私は、姫を推す為に生まれ変わったのです」
言っている意味は分からなかったが、カリネリアは、なにか神から啓示を受けたのではないかとノーヴァは感じた。
そして、ふと思う。
――そんな重要な責務を、たったお一人で背負われていたのか。なんという心の強さだ。
不覚にも、涙が出そうになった。
そして、自分も、その一端を担えればと思った。
「お嬢様」
「なにかしら?」
「私にも、そのお手伝いをさせていただけないでしょうか?」
「え?」
「その……ヒメタンという役を、私にも一緒に背負わせて頂きたく」
決死の覚悟で願い出た事だったが、カリネリアは、ノーヴァの瞳を見てキッパリと言い切った。
「ごめんなさい。私、同担拒否なの」
再び意味不明な言葉が出ていたが、彼女の表情と言葉の強さで、ノーヴァは、断られたことを自覚した。
よほどショックな顔をしていたのだろう。カリネリアは、小さな手でノーヴァの手を握った。
「代わりに、私を推してくれると嬉しいわ」
「その……『おす』というのは?」
「心も体も全てを捧げて、その人を応援するってことよ。そうね、私が姫担なら、貴方は、嬢担(お嬢様担当)ね」
「ジョウタン?」
「あらやだ、まるで焼き肉屋のメニュー(上タン)みたいね」
カリネリアは一人クスクス笑いだしたが、ノーヴァは、その言葉が、勲章のように誇らしいものに思えた。
「はい。私は、今日からジョウタンを名乗らせていただきます」
「ふふふ。ありがとう」
「出来れば、この称号、私だけのものにしたいのですが」
「まぁ、ノーヴァも、同担拒否なの?主従って、似るものなのね」
寡黙な男の思わぬ情熱を垣間見たカリネリアだったが、その時は想像もしていなかった。
この時間軸では、彼と結婚し、そして子宝にまで恵まれることを。




