幕間 黒髪の少女 Sideプルチーノ(ループ前~現在)
プルチーノには、両親にも教えていない秘密の友達がいる。
それは、黒髪の少女だ。
いつから存在するのか分からないが、教会に視察に行った時も、馬車に乗って街をパレードしている時も、必ず見守ってくれている唯一無二の存在だ。
この国で、黒髪は珍しい。
だから余計目立つのだが、それだけでなく、自分が手を振ると頬を真っ赤にしながら手を振り返してくれる姿が、見ているプルチーノも幸せな気分にしてくれるのだ。
退屈な式典も、彼女が居ると思うと我慢できた。
ちゃんと上手にできると、褒めるようにウンウンと頷いてくれるからだ。
眼差しも、仕草も、全てを記憶するほどプルチーノは彼女の事を見ていた。
その関係は、彼女が十六歳になるまで続いた。
しかし、そんな幸せな日々が、脆くも崩れ去っていく。
国内が聖女誕生に湧いた日、奇しくも、その日はプルチーノの誕生日だった。
いつもなら家族全員で祝ってくれていたはずなのに、彼女は、一人でケーキを食べることになった。
幾度の疫病と飢饉を繰り返した国は、疲弊していた。
そこに聖女が生まれたとあっては、全てに優先される。
――ケーキを用意してもらえただけでも、感謝しなければ。
年々小さくなったホールケーキは、今では、一人でも無理をすれば食べられるくらいの大きさになっていた。
その上に明かり用の太い蝋燭を刺して、プルチーノは火を点けた。
見た目の儚さを裏切る豪快さだった。
そして、揺らめく炎を見ながら、秘密の友達の事を思い出した。
十五歳の誕生式典のパレードでは、普段人の邪魔にならないように控えめに立っている彼女が、珍しく旗を作って振ってくれた。
書いている文字は、『お誕生日おめでとう』だった。
彼女自身の身なりも、年を追うごとに草臥れた物になっていっていたというのに、旗に使われていた布は、真っ白な絹だった。
きっと、一生懸命生活を切り詰めて手に入れてくれたものなのだろう。
プルチーノは泣きながら、手を振り続けた。
その日の光景を思い出しながら、プルチーノは、蝋燭を吹き消した。
――いつか、彼女とお話が出来ますように。
すっかりと大人になってしまった黒髪の少女は、その立ち居振る舞いから貴族なのだろうと思っていた。
だから、やっと夜会に出られるようになったプルチーノは、一生懸命彼女の事を探した。
しかし、該当するような女性は見当たらず、その日の夜は、泣いてしまった。
その後、経費削減で夜会に参加するのは王太子だけになってしまった。
こうして、プルチーノが黒髪の少女と合える機会は、永遠に消滅してしまった。
そして、聖女誕生から然程時間が経っていないある日、プルチーノは、朝メイドが持ってきた水を飲んで死んだ。
聖女を害そうとした疑惑への弁明をする機会すらなく、そして、水が毒杯である事すら教えてもらっていなかった。
王女としての威厳を、屈辱的なまでに踏みにじられた最期だった。
救いは、彼女が家族を恨まずに死んだという事。
何故死んだかも分からず、プルチーノは、神に召された。
そして、次に目を開けた時、プルチーノは、黒髪の少女を見つけた。
一歳の彼女には、過去の記憶は、ほとんど残っていなかった。
それなのに、その少女の事だけは、忘れようと思っても忘れられなかった。
「プルチーノ王女殿下!大好きです!」
初めて聞いた彼女の声は、真っすぐな愛情に溢れていた。
「あっ、あっ、あっ」
プルチーノは、必死に手を伸ばした。
今この瞬間を逃せば、もう二度と会えないかもしれない。
ままならない体をバタつかせ、心は既に彼女の元まで飛んで行っていた。
「これ、プルチーノ、暴れてはいけないよ」
懐かしい声は、父のものだった。
振り返って見上げると、若々しい大人の男性が自分を見て微笑んでいた。
――これは、ゆめ?
まだ思考はハッキリとせず、夢うつつのようだった。
しかし、再び、
「プルチーノ王女殿下!プルチーノ王女殿下!」
という声が聞こえ、プルチーノは目を大きく見開いた。
なんと、屈強な男達に捉えられそうになりながら、黒髪の少女は、こちらに向かって必死に走ってきている。
――ゆめじゃない。
そう思ったプルチーノは、必死に手を伸ばした。
そして、彼女の指先を掴んだ瞬間、もう二度と離さないぞと思った。
だから、もう一方の手も握った。
両手を握れば、消えてなくなることは無いと思ったからだ。
「あっあっあっ」
こうして、プルチーノは、自分だけの友を、二度目の人生で捕まえることに成功した。
■
「わ~~~~~~~~、カリー、カリー、カリー」
プルチーノは、声が枯れるほど泣きながら絶叫した。
折角手を握った黒髪の少女カリネリアと離されてしまったからだ。
彼女が居なければ、怖くて夜も眠れそうになかった。
風で木々が揺れる音すら、恐ろしくてたまらない。
そして、複雑なことは理解できないが、彼女と自分は切り離されてはいけないと心が訴えている。
もう一度彼女に会えるなら、声が出なくなってもいいとさえ思った。
その必死の訴えが届いたのだろう。
次の日、
「プルチーノ王女殿下、どうぞ、宜しくお願いいたします」
待ち望んでいたプルチーノのカリーが帰って来た。
「カリー」
両手を突き出すと、以心伝心で、直ぐに抱き上げてくれた。
頬と頬をくっつけると、なんだか安心してしまって眠くなってくる。
「あら、もう、おねむの時間ですか?カリーが、傍に居りますからね」
トントントン。
背中を優しく叩かれると、あっという間に眠りに落ちた。
しかし、絶対離れたくないという気持ちは、無意識にプルチーノの指を動かし、カリネリアのドレスを掴んで離さなかった。
そして、何時間経ったか分からないが、辺りが薄暗くなったころにプルチーノは目覚めた。
あれほど寝るのが怖いと思っていたのに、今温かな腕の中で幸せを感じている。
「カリー?」
自分を抱えて眠る友に声を掛けてみたが、どうやら、彼女も眠っているようだ。
プルチーノは、安心して再び目を閉じた。
この日以来、平日は、カリネリアが授業を終えてから一時間だけ遊び、休日は、朝から夕方まで居てくれることになった。
本当は、毎日一緒に寝て一緒に起きたかったが、プルチーノは無理を言わなかった。
何故なら、カリネリアに、
「良い子でいたら、週末は、たっぷり遊びますからね」
と言われたからだ。
だから、プルチーノは、平日はカリネリアから贈られたクマのぬいぐるみを抱きしめて、一生懸命我慢をした。
そんな健気な妹を、兄達も可哀想に思うらしく、三人で取り囲んで相手をしてくれた。
こうして、元々仲の良かった王家の兄弟は、益々仲を深め、国民からも愛される存在となっていった。




