第四話 破滅フラグ撲滅運動 その二
カリネリアの第三の作戦は、プルチーノの兄達の教育をすることだった。
王太子スパーダは、カリネリアの三つ下。
現在御年五歳だ。
決して暗愚の王子と言うわけではなく、とても礼儀正しく、聡明であることは間違いない。
そんな彼の下には、目立ちたがり屋の四歳スクードと甘えん坊の三歳エルモという弟が続く。
二人も決して粗暴ではなく、兄を慕い夢にも王座を狙うような強欲な人間ではない。
巻き戻り前の彼らが、どんな人間だったのかカリネリアは知らないが、プルチーノの兄なのだから、今と変わらず仲の良い兄弟だったと思われる。
しかし、一度目の人生において、二十歳になったスパーダは聖女と婚約した頃からおかしな言動をするようになる。
魅了魔法に掛ったせいなのだろうが、一夫多妻ならぬ一妻多夫を提唱したのだ。
その夫の中に、弟二人も含まれているのだから異常と言うほかない。
しかし、カリネリアは、ずっと疑問に思っていた。
――魅了なんて魔法は、本当にあるのかしら?
この世界には、確かに魔法は存在する。
しかし、その殆どは生活魔法と呼ばれるもので、明かりや火を点けたり、扇風機のように風を起こしたりするささやかなものばかりだ。
そこにきて、いきなり精神支配を可能とする魅了などと言われても、にわかには信じがたい。
しかも、王家の人間だけがピンポイントで魅了に掛った。
それが聖女自身の魅力によるものならば、カリネリアには止めようがない。
人の恋愛感情など、他人にはどうにもできないからだ。
ただ、他の可能性があったのならば、対処しないわけにはいかない。
何故なら、カリネリアの使命は、プルチーノを救う事なのだから。
どんな些細な可能性の芽も徹底的に潰し、大切な推しを幸せに導かねばならない。
そこでカリネリアは、自分ならどうするか考えてみた。
――麻薬のようなものを摂取させて、それ欲しさに言う事を聞かせるとか……。
なかなか酷い手法を思いついたカリネリアは、先ず、王子達の危機管理能力を高めることから始めた。
「スパーダ殿下、スクード殿下、エルモ殿下、手作りのお菓子など、王宮の料理人以外が作った怪しいものは決して口にしてはなりません」
カリネリアが三人を前に苦言を呈すと、
「わかっている」
「どうしてだめなの?」
「おかしほしい」
と、三者三様の答えをした。
この三人、本来は、姫担のカリネリアが世話をする相手ではない。
王子には王子の担当が居るからだ。
彼らも、最初は妹の遊び相手を値踏みしに来ただけだった。
自分達の可愛い妹に変な虫がついてはいけないと思ったのだろう。
しかし、カリネリアと遊ぶプルチーノは本当に楽しそうで、その上、カリネリアが手作りしてきた玩具が秀逸なのだ。
特にケンダマと呼ばれる不安定な木の棒に、紐でつながった球を載せるものは、彼らの闘争心に火をつけた。
特に先の尖ったところを玉の穴に突きさすことが出来た時の快感は、言葉に出来ない程だった。
自分達も一緒に使わせて欲しいと懇願すると、交換条件にお勉強会が始まった。
その内容は多岐にわたり、工作や裁縫、絵画に作詞など家庭教師からは教えてもらえないものばかり。
その中で、時々こういった身を守る為の話が繰り返し行われる。
「お菓子に毒が入っていたら、イチコロで死にます」
カリネリアは、自分の首を両手で掴んで目を閉じ、舌を出した。
絶命の顔を表現しているのだろうが、幼い少年達は、恐ろしさのあまり抱き合って震えた。
その様子に満足げな笑みを浮かべたカリネリアは、最後にもう一度くぎを刺した。
「それで、三殿下、人から貰ったお菓子を食べられますか?」
「「「ぜったいたべない!」」」
声を合わせて叫んだスパーダ達は、ほぼ、カリネリアの下僕だった。
カリネリアは知りようもないが、巻き戻る前の彼らは、少し高飛車な所があった。
自分が正しいと思う感情が強く、人の指摘を素直に受け取ることが出来なかったのだ。
しかし、ここでカリネリアが繰り返し指導したことで、彼らは一度自分の答えが正しいのか考えると言う習慣がついた。
「では、代わりに皆でお菓子を作りましょう」
前世で子育てをしたことのあるカリネリアは、飴と鞭の使い分けが出来る女だった。
「手作りお菓子はダメだと言ったばかりではないか」
矛盾を突いてくるスパーダに、カリネリアはニヤリと笑った。
「自分が作って食べるものに、毒を入れる馬鹿は居ないでしょう?」
無論、子供だけで全ての工程を行うのは無理だ。
だから、料理長とは話を付けている。
新人の研修生をサポートに付けてもらい、生地を練ったり、クッキーの型抜きだけさせてもらうのだ。
プルチーノを背負ったカリネリアは、王子達の作業を隣で見守り、要所要所で褒めることを忘れない。
「スパーダ殿下、なかなか上手ですね」
「カリネリア、もっと褒めてもいいのだぞ」
「カリネリア、ぼくも、ほめて!」
「ぼくも、ぼくも!」
褒められたい一心で、彼らは必死に粉にまみれながらクッキーの型を抜く。
三王子に尾っぽが生えていたら、高速で左右に振っていたことだろう。
そして、美味しい匂いのしてくるオーブン前で焼きあがるまで待機した。
「スパーダあにうえ、いいにおいです」
「うむ、そのとおりだな、スクード」
「あにうえ、はやくたべたい」
「まつのだ、エルモ。クッキーはにげないからな」
長男スパーダは、自分もソワソワしているのに、余裕なフリをする。
その様子が可愛くて、カリネリアは、お皿を出しながら優しく微笑んだ。
「折角ですので、ミルクも入れましょう」
「「「やった!」」」
つい弟達に引っ張られてガッツポーズを取ってしまったスパーダは、恥ずかし気に頭を掻いた。
その後、ホカホカ焼き立てクッキーと冷たいミルクを一緒に食べたが、王子達にとっては、どんなお菓子よりも美味しく感じられた。
「カリネリア、ありがとう」
スパーダは、自然と感謝の言葉が口から出たことに、自分でも驚いているようだった。
決して傲慢な性格ではないが、人に仕えられることが当たり前の彼にとって、感謝と言う感情はなかなか感じにくいものなのだろう。
「いいえ、スパーダ殿下。私こそ、ありがとうございます。今日は、本当に楽しかったです」
感謝には、感謝を。
カリネリアは、体験を通して彼らに人とのかかわり方を知って欲しかったのだ。
そして、こんなにも感動的な場面で、プルチーノは一人ご機嫌にカリネリアが作った卵ボーロをモグモグと美味しそうに食べていた。
「おいちぃ」
今日、プルチーノは、新しい言葉を一つ覚えた。
こんな出来事が日常となった王宮では、カリネリアを称賛する声が上がり出した。
「ジェンティーレ公爵令嬢が来られるようになってから、王宮内は更に明るくなりました」
そう言うのは、王宮料理人の長だ。好き嫌いの多かった王子達が、カリネリアの食育のお陰で食べ残しをしなくなったと喜んでいる。
しかも、この食材は民からの贈り物なのだと諭し、余すことなく食べることが納税してくれている国民への最低限の礼儀だと教え込んでくれていた。
ここまでくれば、もう、帝王学の教師である。
「ジェンティーレ公爵令嬢が、スパーダ殿下より年上なのが、返す返すも残念なことです」
そう口にするのは、この国の宰相だ。
流石に、王妃が王様よりも三つ上ということは、この時代にはあり得ない事のようだった。
もし、この言葉をカリネリアが聞いていたら、
「妹を助けられなかった兄など、お断りです」
と答えたことだろう。




