第三章 破滅フラグ撲滅運動 その一
カリネリアの次なる手は、己の腕っぷしを上げることだった。
折角プルチーノの傍に侍れるようになったというのに、今のままの細い腕では盾にすらなれない。
女性はお淑やかであれというのが貴族令嬢のありかたと言われてきたが、前世の記憶がよみがえった彼女には、『そんなの関係ねぇ』だった。
「トレーロお兄様、私に、剣を教えてくださいませ」
「その言葉、何回目だ?」
「二百五十六回目です」
「一週間の間で、よくそこまで言えたな。だがしかし、無理だ。そろそろ諦めてくれないか?」
「いいえ、千回でも二千回でも申し上げます。私に剣を教えてくださいませ」
カリネリアの六つ年上の兄は、既に十四歳で真剣を持つことを許される腕前。
父ジュストも類まれな剣の才能があると言われてきた人物だが、その息子は上を行くともっぱらの噂だ。
死に戻る前も、彼は常に妹を気に掛けてくれる優しい人物だった。
雷が怖くて泣くカリネリアを自分のベッドへ連れて行き一緒に寝てくれたりもした。
いつもなら頼りになる父と兄だったが、聖女による騒動が起きていた頃、二人とも従軍しており国には居なかった。
もし今回の人生において、トレーロと父ジュストが国内に留まるように導けば、王家の異常な様子にいち早く気づき、何かしら対処をしてくれてくれるかもない。
しかし、他力本願になってはプルチーノを助ける道は遠ざかっていく。
――不確かな助っ人をあてにしていては、助けられるものも助けられないわ。
カリネリアは彼らを頼る事よりも、自分が兄のように強くなることを選んだ。
なんとも単純明快で短絡的な考えだが、石の上にも三年と言うように、執拗に言葉にし続ければチャンスは向こうからやってくる。
「そんなに剣を学びたいなら、父から学ぶか?」
背後から声を掛けてきたのは、ジュストだった。
兄の鍛錬を邪魔する妹を注意するのは簡単だが、この執拗さでは諦めないだろう。
そう踏んだジュストは、
「ただ、私は厳しいぞ。木刀で千回の素振りすら出来ない者に教えるつもりはない」
と言った。
これは、娘に剣を諦めさせるための方便だった。
まだ八歳の少女が、自分の身長と変わらない長さの木刀を構えるだけでも至難の業だ。
しかし、カリネリアは花が綻ぶように美しい微笑みを浮かべた。
「千回ですね。分かりましたわ」
それだけ言うと、自分の部屋へ帰っていく。
諦めたのかとジュストはホッと溜息を洩らしたが、次の朝カリネリアが、自分の体に合うくらい削った木刀を持って庭に現れた。
そして、素振りをする兄の横に陣取ると、
「エイ、エイ、エイ、エイ、エイ、エイ、エイ……………」
と、見よう見まねで木刀を振り始める。
最初は、十回振ったら休んだ。
そして休んだら又振った。
手の皮が剥ければ、ハンカチを巻いた。
それでも、最初の一日目は、百回も振れなかった。
しかし、二日、三日、四日と、前の日より一回でも多く振る姿は屋敷を護衛する騎士すら背筋が伸びる思いがした。
そして、数か月後、とうとうカリネリアは、やり遂げた。
「お父様、千回振り終わりましたわ」
「はぁ……お前には、負けた」
「お父様。これは、勝負ではございません。私は、ただお父様やお兄様のように強くなりたいだけなのです」
キラキラとした尊敬の眼差しを向けられて、嫌な気がする者は居ないだろう。
しかも、それが愛してやまない愛娘だとすれば、もう白旗を上げるしかない。
「参った」
ジュストは、両手を上げて降参のポーズを取った。
「こうなったら、私が徹底的に手ほどきをしようではないか」
ジュストの妻は、カリネリアが三歳の時に流行り病で亡くなってしまっていた。
そのせいか、彼は性別が違う娘に対しての接し方が分からなくなっていた。
しかし、今のカリネリアは、自分の思いをハッキリと口にしてくれる。
変に気を回したり勘繰ったりする必要がなく、ただ腹を割って話せばよいだけなのだ。
過去の時点において、ジュストが選んだカリネリアの夫は、外面が良く評判だけは良かった。
何も知らずに娘を嫁がせてしまったジュストは、娘が肩身の狭い思いをしているのを見て後悔し続けていた。
しかし、今世において、ジュストはカリネリアを嫁がせることを諦めている。
――こんなお転婆は、貰い手もないだろうが、この子なら自分で稼いで幸せを謳歌しそうだ。
女は結婚して子供を産むのが幸せである。
そんな古い考えを一つ捨てると、逆にジュストの視野は広がっていった。
――何でもやらせてみればいい。失敗しても、それも又人生だ。
こうして、カリネリアにとってジュストは、最大の理解者であり、協力者となった。
そんなある日、プルチーノを描くために芽生えたカリネリアの絵の才能は、王都の平民全てに知られることとなる。
切っ掛けは、ある夜会での出来事だった。
貴族の間でも名の知れた蒐集家が、ジュストにカリネリアの個展を開かないかと声を掛けてきたのだ。
審美眼に優れている彼は、睫毛の揺れすら感じさせるようなカリネリアの繊細なタッチに惚れ込んだと言う。
「ジェンティーレ公爵、貴女の娘さんは天才だ。まさに、後世に名を残す画家の誕生ですよ!」
娘を褒められて、嬉しくない親は居ない。
帰って早々カリネリアに話をすると、平民も見ることが出来るようにしてくれるならと言い出した。
「勿論平民は無料で見られるようにして、貴族に対しては特別な絵を見せる代わりに観覧料を取りましょう」
やり手興行主のように話を進めるカリネリアに、ジュストは驚かされ続けることになる。
なにせ、その絵画展は一年を超すロングランになったのだ。
そして、その収入の一部は、十代にも満たない少女の元へと舞い込んでくる。
流石に子供にお金の管理をさせるわけにはいかず、ジュストが代理人となっていたが、カリネリアは大満足だった。
――これだけのお金があれば、プルチーノ王女殿下を養えるわ。
いつか二人で逃亡しなければならなくなった時の軍資金は、有り余るほど手に入った。
次の一手は、このお金をどう使うかだ。
「お父様、私、寄付をしても宜しいでしょうか?」
「寄付かい?」
「えぇ。これはプルチーノ王女殿下が居てこそ手に入れられたお金。世のため人の為に使って戴きたいのです」
信心深さを演出する為に、両手を組んで父を見上げるカリネリアは、息を止めて一生懸命目に涙を貯めた。
そんなカリネリアの名演技で、最初は渋っていたジュストを説得することに成功し、収入の一部は教会へ寄進された。
これも、世界に支部を持つ彼らとのコネクション作りの一環だったのだが、幼い子供の寄進と言う前代未聞の行いに、大人達が傍観するわけにもいかない。
こうして、教会への寄付ブームのようなことが起きた。
それはカリネリアの絵を見た平民にまで広がり、教会の前にはコンサート会場のような長蛇の列ができた。
「それもこれも、ジェンティーレ公爵令嬢のお陰でございます」
教会から感謝の意を表す為に贈られたのは、全世界どの教会にもフリーパスで入れる通行手形だった。
思っていた以上の成果を手にし、単純に喜んでいたカリネリアは知らなかった。
自分が、財政難にあえいでいた教会内部で、聖女と呼ばれるようになっていたことを。




