第二話 姫担としての第一歩
「カリー、カリー」
カリネリアと呼べないプルチーノは、座ったままで両手を前に伸ばす。
そうすれば、大好きなカリネリアが飛んできて、自分を抱っこしてくれると知っているのだ。
お尻をもぞもぞとさせて体を左右に揺らす末姫は、全幅の信頼を置いた黒髪の少女が飛んでくるのを今か今かと待っている。
すると、近くで玩具を片付けていたカリネリアは、全てを放り出して、
「カリーは、ここに居りますよ~~~」
と、元気に返事をする。
そして、ススススススと足音を立てることなくプルチーノの元まで来て、ムギューッと推しを抱きしめた。
――あぁ、なんて可愛いの。私の推しは、最高だわ!
一度失ったはずのお姫様が、目の前でニコニコ笑いながら息をしている。
それだけで、カリネリアは幸せで泣きそうになる。
実は、先日の一件の後、カリネリアは、家に帰ってから父ジュストに大目玉を食らった。
「お前は、何をしでかしたか分かっているのか!国王陛下の御前に走り出るなど、その場で切り捨てられても文句は言えないのだぞ!」
その剣幕は計り知れないもので、普段娘に甘い父からは想像できない程の激昂だった。
妻を亡くし、その上娘まで失えば、彼は世を儚んで後を追ったかもしれない。
前世で同じ親と言う立場を経験したことのあるカリネリアは、申し訳なさのあまり土下座したい気持ちになった。
しかし、今の世界で、その様なことをすれば何か悪霊にでも憑りつかれたかと、祈祷師を呼ばれることになっただろう。
「ごめんなさい、お父様。もう二度といたしません」
この時、カリネリアは、覚悟をしていた。
自分でも、やってはいけないことをしでかした自覚はある。
八歳とはいえども、王族に不用意に近づく者を許したとあれば、今後の示しがつかない。
もう二度とプルチーノに会わせては貰えないだろう。
絶望の底へ突き落されたような顔をするカリネリアに、ジュストは、大きな溜息をついた。
「はぁ……反省はしているのだな?」
「はい」
「そうか」
ジュストは、貴族の中でも力を持つ切れ者と知られているが、家では娘が大好きなただの父親だ。
火が消えたように元気を失った姿を見て、悲しまないわけがない。
彼は、胸ポケットから王家の紋章が入った封筒を取り出した。
「カリネリア。プルチーノ王女殿下に仕える気はあるか?」
「え?」
「あるのかと聞いている」
「も、勿論あります!もし、お側に仕えることが可能なら、命に代えてお守りすることを誓います!」
全てを諦めていたカリネリアにもたらされたのは、予想外のお誘いだった。
なんと、プルチーノがカリネリアと別れた後泣き続け、カリーカリーと切なげに声を上げたのだ。
しかも、それが、プルチーノが喋った初めて意味のある言葉。
パパ、ママよりも先である。
「プルチーノ王女殿下がお前を待っている。授業が終わった後、毎日一時間だけ遊びの時間を設けて下さるらしい。行ってみるか?」
「ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます」
両手を合わせて拝みだした娘に、ジュストは不安を覚えた。
どう見ても、今朝までの娘とは全く違う。
それは、彼女が前世を思い出したことと、この世界でも二十四歳まで生きた記憶があるからだろう。
八歳にして完璧な礼儀作法を会得しながらも、時折見せる庶民のような言動は、あまりにもアンバランスだ。
――一体、カリネリアに何が起こったと言うのだ。
ジッと娘を見つめたジュストは、この時、初めて娘を理解しようと思ったのかもしれない。
それまでは、従順で大人しい娘を、自分が守らねばと必死だった。
妻を亡くしてから後添いを貰わなかったのは、妻を愛していたからだ。
そのことで、性別の違う娘への接し方に戸惑っていた。
――この子が、初めて自分の意思で選んだ道だ。もし、失敗しても、その時は一緒に貴族をやめてやればいいだけのはなしだ。
ジュストは娘を信じることにした。
そして、全力で支えようと思った。
従順で大人しかった時よりも、今の方が明るく生き生きとしているように見えたからだ。
「ジェンティーレ公爵家の娘として、そして、王女殿下のお相手として、恥ずかしくない行いをしなさい」
「勿論でございます。お父様」
泣きはらしていた目をキラキラと輝かせ、カリネリアは父に誓った。
こうして、大人達から姫担(王女殿下担当)認定を受けたカリネリアは、十五年後の悲劇を回避するべく動き出した。
先ずは、プルチーノの味方を増やすことにした。
だから、学園でも社交を怠らなかった。
ループ前は、教室で一人本を読む物静かな令嬢だった。
公爵令嬢だっただけに、他の生徒は不用意に声を掛けることも出来ず、同級生と言葉を交わしたこともほとんどなかった。
しかし、今回のカリネリアは一味も二味も違う。
なにせ、日本で生きた記憶がある。
王家に招かれて末娘の遊び相手を任されるという肩書を、あますところなくフル活用した。
クラスメートに彼女より地位の上の者は居ないという事は、誘えば相手が断わる術がないという事。
そして、侯爵令嬢、伯爵令嬢と言った身分が比較的高い者も、カリネリアが呼んだとあれば、平民と一緒にお茶会に参加しなければならなくなる。
月一で、身分関係なく屋敷の庭で行う茶会では、カリネリアが描いたプルチーノの絵姿が披露された。
もしこれが、単なる令嬢の趣味レベルなら、嫌がらせに近い苦行になったことだろう。
しかし、一回目の茶会を終えて以降は、次の会を皆が楽しみにするほどのイベントとなった。
何故なら、
「今回のプルチーノ王女殿下は、こちらでございます」
カリネリアの手によって、ブルーのフリフリドレスに小さな帽子を被った姿は、今にも動き出しそうな程リアルに描かれていた。
好きこそものの上手なれ。
脳内に焼き付けた推しの映像を忠実にキャンバスへ落とし込む作業は、カリネリアの才能を開花させたのだ。
平民の生徒は、一生に一度目に出来るかどうかの存在だったプルチーノの絵を見て、幼い姫に親近感を抱くようになった。
「なんという、愛らしさでしょう」
口々にプルチーノを褒め称えては、家に帰っても、その日の茶会が、いかに素晴らしいものだったかを家族に伝えた。
そして、それを聞いた親達は、平民にも扉を開く公爵令嬢の存在に驚き、感謝するのだ。
学園に通う中で、正直、どうにもならないのが身分制度。
同窓生であっても、卒業後は全く違う道を歩む貴族は、わざわざ平民と友好を結ぼうなどとは思わない。
しかし、カリネリアの働きにより、今では、身分関係なく言葉を交わすのが常になっている。
このことは、卒業後、平民の生徒達にとってかけがえのない糧となるだろう。
ただ、ここまで親世代まで感謝されているなどとは、カリネリアは思ってもいない。
十五年後、たとえ王家が魅了によって操られるようになったとしても、市民層にプルチーノの支援者が居れば国外逃亡も可能になるだろうくらいの感覚だった。
カリネリアは、何千通りのシチュエーションを考えてあらゆる手を尽くしていたのだった。
それが、いつしかプルチーノ王女殿下だけでなく、カリネリア・ジェンティーレという少女自体への好意に繋がっていくことになるなどとは、全く思ってもいなかった。




