第十六話 婚約狂騒曲
舞踏会での事件から数か月が経った。
イディオータは社交界の爪弾き者となり、最近では屋敷から出てこなくなっている。
誠実で優しいと評判だった彼のメッキは見事に剥がれ、噂では囲っていた女にも逃げられたらしく、彼に嫁の来てはなさそうだった。
今回の件で、人づてに聞く情報は信用できないと理解した父と兄は、益々カリネリアの結婚相手に向ける目が厳しくなってしまった。
「こうなったら、身分など関係ない。カリネリアを幸せにできる者をしっかりと選ばなければ」
「父上、正に、その通りです」
絵の才能を極め、空気清浄機を発明したカリネリアには、既に有り余る資金がある。
しかも、教会からは聖女と崇め奉られており、金と名誉を狙うけしからん者が後を絶たない。
それならば、本当に互いを愛する男と幸せになる道もあるはず。
そう思った父と兄の視線は、自然とノーヴァに向いていた。
「お前、どう思う?」
「父上、悪い選択ではないと思います」
カリネリアが刺されそうになった時、己の身を顧みずに動けた男への信頼は厚い。
そんな父兄の気持ちなど知らず、カリネリアは、自分の身の振り方を考えていた。
プルチーノが留学する際、もし一緒について行けると言うのなら、一も二もなくついていく。
しかし、同行者の規定では、既婚者若しくは、婚約している者が二人で参加という縛りがあった。
何故なら、先方の国で恋愛にかまけ、守るべき主を蔑ろにする愚かな従者が今までにいたからだ。
「婚約者か……」
そう呟いたカリネリアに、ノーヴァは何も言わずに聞いていないフリをする。
しかし、その耳は一言一句取りこぼすまいと、必死にそばだてられていた。
カリネリアが八歳の時から傍に居た彼にとって、彼女はずっと守るべきお嬢様だった。
しかし、二年前の事件の時に告げられた言葉が、今も心に残っている。
『貴方が死んでしまっては、私は生き残ったとしても、後を追ってしまうかもしれません』
恋愛感情ではなかったとしても、自分の事をそこまで思ってくれる主が、変な男と結婚する事だけは許せない。
そう考えている時点で、自分の中に恋愛感情が芽生えていることに気付けないのは、ノーヴァがそういったことに不慣れだからだ。
ノーヴァ自身は有能ではあるが、公爵家に仕える一介の使用人に過ぎない。
そして、彼の生家である子爵家は、跡継ぎだった兄が事業に失敗し、既に傾いてしまっている。
そんな家と縁続きになりたいと思う者おらず、今まで彼には一度として結婚話が浮上したことがなかった。
彼自身、一生カリネリアの傍を離れるつもりはなかったため、特に問題になることは無かったのだ。
「プルチーノ王女殿下の留学準備は、あと一か月。それまでに、相手が見つかるかどうか……」
カリネリアは、自分に宛てられた求婚書なのに、一度も中身を見せて貰ったことがなかった。
ただ、その全てが不合格だったと父から伝えられただけだ。
「私って、そんなに変な人からしか求められなかったのかしら?」
自分の価値を知らない少女は、ちょっと残念な気持ちになっていた。そして、ノーヴァを見て、
――彼なら、喜んで結婚するのにな。
と思っていた。
どうやら、期せずして、二人は両片思いのようだった。
■
刻々とプルチーノの留学準備が進む中、カリネリアは、いつもと変わらず週一回のお勤めに王宮へと来ていた。
子供の頃は毎日会えていたが、大きくなるにしたがって、益々会える時間は短くなっていた。
この日も、面会時間は三十分だけ。
それでも会えて嬉しい二人は、王宮内の庭園へ出て散歩をすることにした。
「ねぇ、カリネリア、恋ってどんなものなのかしら?」
十歳のプルチーノには、恋や愛といっても分からないのだろう。
まだ見ぬ婚約者候補の王太子は、とても穏やかで聡明な方だと聞いている。
送られてきた絵姿は、確かに格好良かったし、嫌な気持ちは一つもない。
それでも、相手を最初から決められて挑む恋愛は、もう恋愛とは呼べないのではないか?
小説の中の作り物でしか恋を知らないプルチーノは、ずっと本物の恋とは何なのかと考えていた。
「そうですね。人それぞれでしょうが、相手の幸せを願えることが、恋かもしれません」
そう言ったカリネリアの視線が、ちらりとノーヴァに向けられたのをプルチーノは見逃さなかった。
二年前、刺されそうになったカリネリアを凶刃から守ったのは、ノーヴァの右手だった。
隣で見ていたプルチーノは、あの時の二人の姿は今も忘れられない。
――あんな恐ろしい状況で、二人は互いの事を心配していたわ。
そう思い至ったプルチーノは、なんとなくではあるが、恋の答えがカリネリアとノーヴァの間にあるような気がした。
こうして会話をしながら歩き続けていると、生け垣の傍まで来ていた。
この向こう側は市民にも開放されている公園がある。
幼い子供達が燥ぐ声が聞こえてきて、なんだか二人は懐かしい気持ちになった。
一歳から今まで、プルチーノの傍にはカリネリアが居てくれた。
いや、ループ前を含めると、もっと長い時間を共にした。
そんな彼女と離れなければならないことは、プルチーノにとっては、とても辛いものだった。
「ねぇ、カリネリア」
「なんでしょうか、プルチーノ王女殿下」
「私の留学に、付いて来ては貰えないかしら?」
「それなのですが……私は、まだ婚約者がおりません」
言いにくそうに下を向いたカリネリアに、プルチーノは不思議そうな顔で聞く。
「あら、ノーヴァと婚約すれば良いのではなくて?」
「え?」
「だって、貴女達は思い合っているのでしょう?」
純粋な疑問は、時として核心を突く。真っ赤な顔をして見合ったカリネリアとノーヴァは、答えられずに下を向いた。
「カリネリアは、今さっき私に教えてくれたじゃない。恋とは、相手の幸せを願うことだって。まさか、貴女達は、互いの不幸を願っているの?」
「「そんなことは、ございません!」」
同時に答えたカリネリアとノーヴァは、顔を上げて見つめ合った。
「ほら、やはり、二人は恋をしていたのね」
自分の考えが正しかったと分かったプルチーノは、満足げに頷いた。
プルチーノから後押しをされた二人は、なんと次の日婚約をした。
あまりにも早すぎる展開だとは思ったが、父と兄までがもろ手を挙げて喜び、段取りを進めてしまったからだ。
二言目には、
「何故もっと早く言わなかった」
と言い、無駄に時間を費やしたことをネチネチと文句を言ってくる。
「父上、だから私は、前々からノーヴァが良いと言っていたでしょう!」
「いやいや、それを言ったのは私が先だ」
不毛な議論を続けるジュストとトレーロは、満面の笑顔で楽しそうだ。
その横に立つカリネリアは、家族の異常な舞い上がり方に驚いて暫く言葉が出なかった。
――そんなに、応援されると逆に心配なんだけど。
しかし、時間が経つにつれて少しずつ実感がわいてきた。
――私、ノーヴァと結婚するのね。
武骨で実直な男は、いつしかカリネリアの中でなくてはならない人になっていた。
ただ一つ気になるのは、カリネリアもノーヴァも、自分の気持ちをハッキリと口にしていないと事だ。
――やっぱり、ちゃんと話し合わなきゃダメよね?
チラリと横に立つノーヴァを見上げると、向こうもカリネリアを見下ろしていた。




