最終話
ノーヴァは、屋敷の広間にあるベランダへとカリネリアを連れてくると、目の前に片膝をついた。
そして、内ポケットから取り出した小箱を手にカリネリアを見上げてくる。
「お嬢様、どうかこれを受け取ってください」
それは婚約指輪が入ったリングケース。
この婚約が決まって直ぐ、ノーヴァは、宝石店に走って自分が買える一番高い物を買ってきた。
なにせ、質素倹約質実剛健を絵に描いたような男だけに、貯金はある。
有り金全部はたこうと思ったが、残念ながら使い切ることは叶わなかった。
こうして買われた最高級品は、きっと素晴らしいものだろう。
ただ、その中身は箱が開けられていない為分からない。
突然の事で驚いたカリネリアだったが、受け取ってしまった後で、ふつふつと湧き起こった疑問を口にせずにはいられなかった。
「普通、開けて渡さない?」
「そうなのですか?」
「いや、私も、良く分からないけど……」
不慣れな二人は、開かれてもいないリングケースを見て、
「ふふふふ」
「はははははは」
思わず笑ってしまった。
そして、気持ちが落ち着いてくると余裕も出てくる。
ノーヴァは立ち上がると、
「申し訳ございません。では、最初からやり直しを」
と言って、カリネリアに手を差し出した。
どうやら、本気で最初からやり直すつもりらしい。
「いやよ。これは、もう私のよ」
今のこっぱずかしいやり取りを、もう一度するなど耐えられないカリネリアは、箱を開けると並んだ指輪の大きい方を手に取った。
「ほら、ノーヴァ手を出して」
「え?今付けるのですか?」
「今付けないで、何時付けるの?」
推しの強さに負けたノーヴァは、顔を真っ赤にしながら手をカリネリアに預ける。
「後で、私の分は、貴方が付けてね」
「勿論でございます」
「一生私だけよ」
「勿論でございます」
「あと、堅苦しい言葉は止めてね」
「……善処いたします」
「なんで、そこだけ返事が違うのよ」
堅物で無口な男が、滑らかに愛の言葉を囁くには、まだまだ時間が必要だった。
プルチーノの留学へ同行したカリネリアとノーヴァは、一年後、帰国後に結婚式を挙げることとなった。
その間に、ジェンティーレ公爵家が総出を上げて準備をしてくれると言う。
ウェディングドレスや新居といった諸々のものを、本人達以上に父と兄が喜んで選んでいるというのも不思議な光景だった。
そして、恋とは何かを知ったプルチーノは、まだ十歳ながらお相手となる王太子に対して誠実に思いを言葉にして、少しずつ信頼を積み重ねていった。
「はじめまして、プルチーノと申し上げます。絵姿を見て素敵な方だと思っておりましたが、実物は、もっと素敵でした」
素直な言葉は、相手の心にすんなりと染み込むものらしい。
「私こそ、貴女に会える日を待ち遠しく思っておりました」
プルチーノの愛らしさにメロメロになった王太子は、その後も、彼女にカッコいい所を見せようと奮闘し、そして失敗した。
その度に、未来の婚約者に慰められたり、共に努力したりして、腐らずまっすぐ前を向いて頑張った。
そのかいあってか、やや甘えん坊と思われた王太子は、プルチーノを守る騎士のように堂々とした態度に変わっていった。
その後ろで、カリネリアがアドバイスを与えていることなど、周りの人間にはお見通しであったことだろう。
あっという間に一年が経ち、プルチーノが母国へ戻る日になると、王太子の方が大泣きして離れたくないと駄々をこねるほどだった。
「私の王子様。今度は、貴方が私に会いに来てくださいね」
十一歳のプルチーノが、天使の微笑みを浮かべて十四歳の未来の旦那様を諭す姿は、周りの笑いを誘った。
こうして、帰国の船に乗ったカリネリア達は、大海原を眺めながら、その壮大さに溜息をついていた。
「ノーヴァ、本当に、海は広いわね」
「はい」
「私、新婚旅行は船旅が良いわ」
「はい」
「あと……もし子供が生まれなかったら、ごめんなさいね」
本当に大好きな人と結婚できると決まって以来、カリネリアは喜びの中に、一つの不安を抱えていた。
巻き戻り前の白い結婚で、子をなせないと言われ続けたカリネリアは、必要以上に強迫観念にとらわれていたのだ。
もしも、愛する人に我が子を抱かせてあげられないかもしれないと思うと、心が苦しい。
しかし、そんなカリネリアの気持ちを、ノーヴァは笑いながら解きほぐしてくれる。
「貴女さえ居れば、他は何も要りません」
その真っすぐな言葉と眼差しに、嘘偽りはない。
本当に彼は、カリネリアさえ居れば、あとはどうでも良いのだ。
公爵家は、兄のトレーロが継いでくれる。
そして、カリネリアは、プルチーノが嫁ぐ際、共に国を離れて相手国へ渡るのだ。
今度は夫婦そろっての姫担として、永遠にプルチーノを支えていくことが決まっている
確かに、それ以上の幸せは、カリネリアもなかった。
「本当に何も要らないのかしら?」
「はい」
「それじゃぁ……もう婚姻を断る理由は何もなくなるわね」
「心臓に悪いので、もう断るなどと言う単語は言わないでください」
「ふふふふふ。ごめんなさい」
カリネリアは、ノーヴァの逞しい腕に自分の手を掛けた。
そして、その手の上に、ノーヴァの反対側の手が重ねられる。
「プルチーノ王女殿下が嫁ぐときには、また、一緒にこの船に乗りましょうね」
「はい」
煌めく海を見ながら、カリネリアは、この先起こる未来への希望で胸を膨らませた。
その後、カリネリアが三人の子をなすことに成るのだが、カリネリア以外何も要らないと言った男が、子煩悩な父親になったことは、嬉しい誤算だった。
「「おとうさま、あかちゃんは、まだでてこないの?」」
全く同じ顔をした男の子と女の子が、ノーヴァを見上げて聞いてくる。
三年前に生まれた双子は、次に産まれてくるのが妹か弟かで毎日喧嘩をしている。
「そうだね。あと、もう少し待てるかな」
「ぼくは、まてるよ。おにいさまだからね」
「わたしだって、まてるわ。おねえさまだもの」
「ぼくは、おとうとがいいな」
「わたしは、いもうとがいいわ」
「おとうとだって、いってるだろ!」
「いもうとよ!ぜったい、いもうと!」
やや女の子の方が体が大きい為、男の子のほうが力で押されている。
その間に入ったノーヴァは、二人を両脇に抱えて歩き出した。
「「きゃ~きゃ~きゃ~」」
乱暴な運び方がお気に入りな二人は、さっきまで言い争っていたのに楽しげな声を上げ始める。
そして辿り着いたのは、二人が大好きな母親の所だ。
「「ははうえ~~」」
昨夜生まれた赤ちゃんは、今は別室で眠っている。
ずっとカリネリアにくっつくのを我慢していた双子は、ベッドの両脇に立つと、片方ずつ手を握った。
「二人とも、待っててくれてありがとう」
「ぼくは、まてるよ。おにいさまだからね」
「わたしだって!」
再び喧嘩を始めようとした二人だが、隣の部屋から赤ちゃんの泣き声が聞こえて慌てて黙った。
「「ねぇ、おかあさま、あかちゃんは、どっち?」」
お兄様とお姉様になりたい双子は、くりくりとした目でカリネリアを見上げた。
「そうね……、それは会ってからのお楽しみよ」
そう言って笑うカリネリアは、世界一幸せそうに見えた。
完
短編から始まったお話も、これで完結となります。
最後まで読んでいただきありがとうございました。




