幕間 メンティーレの長い一日
「うちの娘は、どうなるのでしょうか?」
不安そうに司祭に聞くのは、メンティーレの父だった。
彼は、反抗ばかりする娘を持て余していたが、それでも血の繋がった家族だと思い大切にしてきたのだ。
六歳のある日、メンティーレが急に足し算引き算を披露した際も、彼女の人生が明るく輝かしいものになると喜んだ。
八百屋でも奨学金さえ出れば、王立学園に行かせてやれるのではないかと本気で考えたのだ。
しかし、当の本人は、勉強をするよりも教会で洗礼を受ける事ばかりこだわっていた。
そして、教会の中では、自分の才能を会う人会う人にひけらかし、その行いには謙虚さの欠片もなかった。
――昔から捉えどころのない子ではあったが、私達は教育を間違ってしまったのだろうか?
彼は、真面目で仕事熱心なことで有名だ。
妻も、人当たりが良くて困っている人が居れば助けずにいられないような優しさを持っている。
何度もメンティーレに、
『お父さんなんか、私より馬鹿なのに、偉そうに言わないで』
と言われても、反抗期の子供の言葉だと怒りをグッと我慢した。
しかし、洗礼の儀という大きな場で、人を、しかも貴族を傷つけたとあっては許されるはずもないだろう。
親として共に罪を償わなければならないと思いながらも、まだ産まれたばかりの赤子の事も気にかかる。
――離縁をして、私だけがメンティーレの傍に居ようか……。
そこまで思いつめた父親に司祭が掛けた言葉は、思いがけないものだった。
「聖女様は、全てを許されました」
「え?」
「その上で、彼女の更生を望んでおられます」
まさか、被害者側から恩赦を言い出すなどとは思ってもいなかった。
しかも、司祭は彼ら家族の状況も理解した上で、
「きっと、彼女はご両親と離れた方が良いでしょう」
と、言ってきた。
「甘えは、自立を阻むことがありますので」
「しかし、あの子は七歳ですよ」
「分かっております。しかし、彼女は罪を犯しました。そして、許される代わりに償いをしなければなりません。今後、我々と共に神の下でおつとめをすることで心穏やかな人生が歩めるよう祈ってあげては貰えませんか?」
父親も薄々感じていた。
娘が求めているものが親の愛情ではないことを。
目立ちたい。
褒められたい。
人の上に立ちたい。
そこに努力が伴うのであれば問題ないかもしれない。
しかし、何もせずに欲しがるばかりの少女は、獣と変わらぬ攻撃性まで秘めていた。
このまま世の中に出してしまえば、また、何をするか分からない。
「い、いつか娘は、私達の元に戻ってくることはありますか?」
「それは難しいかと。本来死刑でもおかしくないところを、聖女様の御口添えで寛大な処置をしていただいておりますから」
メンティーレの父親は、膝を床について両手を組んだ。
止まることのない涙を流しながら神に祈るのは、娘の今後が少しでも健やかになる様にと言う親心からだった。
■
「なんで、こんな事になったの……」
そう嘆くのは、王都より遠く離れた教会に引き取られたメンティーレだ。
高い壁に囲まれた世界は、彼女の心を憂鬱にさせる。
あの日、メンティーレがナイフを持っていたのは、たまたまではない。
彼女は普段からいつも、必ずナイフを持っていた。
それは、自分が強くなったような気分になるからで、本当に使うつもりなどなかった。
それなのに、護衛の男が過剰反応してナイフを掴んだ。
そして、勝手に怪我をしたくせに、そのせいで、自分は最も厳しいと噂の教会に預けられてしまった。
家族の面会もなければ、自分と同じような子供は一人もいない。
――私から聖女の称号を奪ったあげくに、こんな所に閉じ込めるなんて。
本来なら、貴族にナイフを向けただけで命を取られる可能性すらあった。
それなのに、こうやって日々奉仕活動をするだけで許されている幸運に、メンティーレは気づいていない。
「こんなみすぼらしい服を着て、毎日毎日同じことをさせられて、一体いつまで続くのよ」
洗いざらしのワンピースは、清潔に洗濯はされているが、布地がかなり痛んで薄くなっている。
それ以上に、全員が同じ灰色の服を着ている時点で耐え難いことだった。
「皆、同じに見えるじゃない」
目立つことイコール幸せの彼女にとって、没個性の代表とも言える灰色ワンピは憎むべき存在だ。
しかし、他に着る服もなく、渋々袖を通している。
どうせ、鏡もないから、自分の姿を見ることも叶わないのだ。
「メンティーレ、騒がしいですよ」
声を掛けてきたのは、この教会の司祭だ。
決して声を張り上げて怒るようなタイプではないが、メンティーレは、彼からずっと鋭い視線を向けられている。
何故なら、教会が心から尊敬する聖女に刃を向け、寛大な心で許されたにも関わらず、毎日毎日飽きもせず愚痴を言い続けているからだ。
「はいはい、すみませ~ん」
この時のメンティーレは、まだ、どこか余裕があった。
自分の容姿が幼い事から、そこまで厳しい仕事は回されないと勝手に想像していたのだ。
しかし、この教会に来て一週間、一か月、一年と経つにつれて、全く変わらない日々に気味悪さを感じ始める。
同じ時間に起き、神に祈り、一日二回の粗食を食べる。
そして、日が落ちると眠るのだ。蝋燭を使うことも許されず、真っ暗闇の中で寒さに震えて眠っていると、今が何月何日なのかすら分からなくなってくる。
変化が欲しくて暴れたり騒いだりしても、次の日には同じ朝が来る。
「まさか、毎日ループしてるの?」
そんな気持ちにさせられるほど、変化のない日々だった。
「やだ、帰りたい。お願い、元の世界に帰して」
甘いケーキが食べたい。
カラオケに行きたい。
カラフルな服が着たい。
当たり前だった日常を、今では夢でしか見ることが出来ない。
――もし、ここで死んだら、元の世界に戻れるの?
そんな自問自答を毎日、毎日、毎日繰り返す。
どれだけ考えても答えは出ないが、一つだけ言えるのは、自らの手で自分の命を止めることは怖いということ。
冬に冷たい水で雑巾を絞り、教会の窓を拭いているとパックリと指の関節がしもやけで割れた。
それだけでも、泣きたいくらい痛かった。
こうして変わらぬ毎日を過ごしたメンティーレは、ある日酷い風邪を引いた。
朦朧とする頭で、
――このまま死んだら、元の世界にきっと戻れるわ。
と思っていた。
どんどん体温が低くなっていき、そして息も浅くなっていく。
――あぁ、やっとよ。
辛い掃除や祈祷から解放され、メンティーレは自由になれるはずだった。
呼吸が止まると、ふわりと体が軽くなった。
――次こそ、上手くやるわ。
なにも反省していないメンティーレは、今度こそは自分の思い通りに出来ると確信していた。
しかし、目を開けると、そこは思ってもいなかった場所だった。
「え?どういうこと……」
メンティーレが立っていたのは、洗礼の儀の壇上だった。
手には生暖かい血が付着し、目の前には聖女の名を奪った女と自分からナイフを奪った男が以前と変わらぬままの姿で立っている。
――うそ、まさか、この時点に戻ったの?
時間が巻き戻り、自らが罪を犯した瞬間へと帰って来たメンティーレは叫んだ。
「いや~~~~~~~」
そのまま気を失った。
再び目覚めた場所は、あの冷たい石造りの倉庫の中だった。
その後も、何度も同じ時間を繰り返し続ける。
――神様……なんで、こんな酷い事をするの?
天を睨みつけるメンティーレは、気づくだろうか?
本当は自分こそが、この世界にとっての異物だということを。
己の欲望の為にプルチーノを殺害し、カリネリアの心を何度も踏みにじった罪は、神の手によって永遠に罰せられることになるだろう。。
今夜完結です。
最後までお楽しみいただけると嬉しいです。




