第十二話 聖女誕生
「へ?私?」
自分はただの付添人だと思っていたカリネリアは、聖母像から伸びる光が自分を照らしていることに驚き固まってしまった。
彼女の立っていた場所は、洗礼を受けた子供達の列より三歩程下がったところだ。
彼女が居なければ、背後にいるノーヴァに降り注いでいたことだろう。
しかし、今現在七色の光を浴びているのはカリネリアで、教会に居る全ての視線が集まっている。
「さすが、わたしのカリーだわ」
駆け寄って抱きついてくるプルチーノを受け止めた後も、カリネリアは周りを見回して状況が呑み込めない表情を浮かべていた。
そこに、顔なじみの司祭がウンウンと何度も頷きながら近づいて来た。
「ジェンティーレ公爵令嬢、やはり貴女様は、聖女であられましたか」
その目には涙が浮かんでおり、感動ひとしおといった表情を浮かべている。
「いえ、それは何かの間違いでは?」
戸惑うカリネリアに対し、司祭は聖女像に向かって手を振り上げた。
「何をおっしゃるのですか。この光をご覧くださいませ」
確かに像の背後から放たれる光は、カリネリアに注がれてはいた。
だが、それは単なる太陽光線がステンドグラスを通り抜ける時に屈折した事によって偶然光が集約されたものに過ぎない。
日によって多少の違いはあるだろうが、同じ時間に同じ場所に立てば、これくらいの偶然は起きてもおかしくはない状況だ。
普段なら気にも留めない光の筋が、たまたまカリネリアを照らしたことで意味を持ってしまったと言うほうが正しい。
しかし、これを神の御業と捉える人々に、カリネリアの否定的な意見は届かない。
いくら必死に、
「いや、私は、人の傷を治せたりとか出来ませんし」
と訂正を入れても、
「何をおっしゃるのですか。貴女は、その献身的な行いにより多くの人々を救ってきたではありませんか」
と一向に聞く耳を持ってくれない。
しかも、司教は両手を広げて見守る人々の方を向いた。
「皆も、そう思いますよね?」
彼の問いに、教会内の多くの人間が賛同するように拍手をする。
実は、洗礼を待っていた子供達の中には、親に死なれて孤児院に引き取られている者もいた。
その子供達にとれば、カリネリアが毎年行う寄付のお陰で日々の糧にありつけ、あまつさえ教育まで受けさせてもらえていたのだ。
感謝の気持ちを伝えようと、手が痛くなる程拍手をして、口々に、
「せいじょさま~~~~」
と叫んでいる。
「いやいやいやいや、それは、ないでしょう」
カリネリアが顔を引きつらせて否定する程に、周りの歓声が大きくなってしまう。
「……本当に、勘弁して」
喜ぶプルチーノを抱きしめたまま、カリネリアは力無く床に座り込んだ。
――こんなことになるなんて、神様の悪戯なのかしら?
呆然と降り注ぐ光を見上げると、何故か目に入った聖母像が笑っているように見えた。
――もしそうなら、ちょっと恨みますからね。
プルチーノの幸せだけを願ってきたモブ少女は、いつの間にか自分がヒロイン的立場に立たされていた。
聖女爆誕による感動の拍手は、なかなか終わらなかったが、司祭が何とか区切りを付けて平民の子供達の洗礼を続けた。
皆、先程の興奮が冷めやらないようで、顔を真っ赤にしながら一人ずつ壇上に上がっていく。
短いながらも愛のこもった言葉を掛ける司教を、子供達は尊敬の眼差しで見上げた。
「君は、手荒れをしていますね。とても働き者の手だ。よくお父さんお母さんを手伝っていることは神様も見ていますよ。君の人生に、幸あらんことを」
自分の努力を認められた一人の少年などは、ポロポロ涙を流しながら親に伴われて壇上の壁際へと移動していった。
もらい泣きする大人も居り、鼻を啜る声があちこちから聞こえた。
そんな中、一人だけ雰囲気の違う子供が壇上に上がった。
体は周りと比べると一回り小さく、こんなに幼いのに同じだけ文字を勉強したんだなと周りの子供達も感心して見ていた。
しかし、当の本人は余程何かが不満らしく、ダンダンと足を踏み鳴らしながら司祭の前まで歩いていった。
――私が聖女なのに、何、間違った判定下してんのよ!
それは、言わずもがな、メンティーレだった。
司祭を睨みつけるという未だかつてない態度の悪さに、他の親達からは咎めるような視線を向けられた。
隣に付き添いとして立っていた両親も、流石に娘の行動に驚いたようだ。
父親が急かすように、
「メンティーレ、ご挨拶を」
と言うと、渋々といった感じで、
「メンティーレです」
とだけ名乗った。
司祭の方は、教会に一時的に預かっているメンティーレの事は良く知っている。
最近の態度の悪さと、小賢しいところは、彼の心を悲しくする。
――どうすれば、この子を正しく導いてやることが出来るのだろうか?
そんな優しさは、メンティーレに伝わるはずもない。
「では、メンティーレ。貴女の洗礼を始めましょう。貴女は、とても頭が良いそうですね?」
「はい」
「そうですか。では、その頭の良さを使って、なぜご両親が悲しそうな顔をされているのか考えてみてください。貴女の人生に、幸あらんことを」
それだけ言うと、司教は次の子供を手招きした。
もっと華々しい賞賛を得られると思っていたメンティーレは、一瞬驚き、そして地団駄を踏んだ。
「なんでよ!どうして、褒めてくれないのよ!これじゃ、ポイントが貯まらないじゃない!」
実は、既に今、聖女に必要なポイントは急速に減少し、ゲージがマイナスを示している。
三分の二まで貯まっていたはずなのに、これでは一生聖女にはなれない。
「アンタのせいよ!アンタが私の称号を取ったから!」
彼女の怒りの矛先は、当然の如くカリネリアに向かっていく。
「え?私?」
プルチーノの傍に立っていたカリネリアは、怒鳴りつけられたことで、やっとメンティーレの存在を認識した。
よく見れば、あの八百屋の子供だ。
「私だって、別に欲しかったわけじゃ……」
その言葉は、欲しくて欲しくてたまらなかったメンティーレだけには、言ってはいけない言葉だった。
下を向いて震え出したメンティーレは、カリネリアの方へ向かってズンズンと歩いて来た。
そして、目の前まで来ると、
「アンタなんか死んじゃえ!」
と言って、ポケットから出したナイフでカリネリアの腹部を刺そうとした。
しかし、カリネリアの後ろから伸びてきた逞しい手が、そのナイフを掴む。
ポタッポタッポタッ。
素手で掴めば掌を怪我するのは当たり前のことだ。
滴る血に驚いたカリネリアが後ろを振り返ってノーヴァの顔を見た。
彼は、叫びそうになるカリネリアに向かって静かに首を左右に振った。
ここで騒ぎを起こしてはならないという事なのだろう。
カリネリアが声を潜めて、
「ノーヴァ、なんてことをするの!」
と怒ると、
「お叱りは後で」
とだけ言って、ナイフをポケットの中にしまった。
「傷を見せなさい」
「まだ、洗礼が終わっていない者もおります。これは、一生に一度の儀式。最後までさせてあげなければなりません」
ノーヴァに諭されたカリネリアは、涙をグッと我慢して前を向く。
一方のメンティーレの右手には、ナイフを伝って流れてきたノーヴァの血がベッタリと付いていた。
「……なんで温かいの?」
ゲームの中での出来事だと高を括っていた彼女は、初めて人を傷つけた感覚と血の温かさに、これが夢ではないのだと思い知らされたようだ。
「私は、主人公なのに、これじゃ、犯罪者じゃない」
消え入るような小さな声で呟いた後、メンティーレは白目を剥いて倒れた。
次に彼女が目覚めた場所は、冷たい石造りの倉庫の中だった。




