第十一話 洗礼の儀
プルチーノが、今日、教会で洗礼を受ける。
無論、それは姫担にとっては必見のイベントであり、カリネリアは授業そっちのけで教会に駆け付けていた。
教師の方も心得たもので、毎回テストで満点をたたき出すカリネリアには、特別措置としてレポート一つ出せば何回でも休暇を取れるように取り計らってくれている。
なにせ、カリネリアはプルチーノを一歳から見守る王女殿下担当のお世話係だ。
大切な姫様の一生に一度しかない大切な門出に、教師も同級生も快く送り出してくれた。
このように二人はニコイチで考えられており、切っても切り離せない関係になっていた。
流れ星のお願いだけではなく、ループ前から築かれた強い絆が二人の間には結ばれている。
「カリー、そばにいてね」
「勿論でございます」
沢山の子供達が並ぶ前でトップバッターとして洗礼を受けることになったプルチーノは、かなり緊張していた。
本来は親が付き添うのだが、国王夫妻は、その光景を一段高い場所に設けられた来賓席から見ている。
その為、何かあった時の補佐としてカリネリアが傍に侍ることが許された。
微かに手が震えているプルチーノを見て、カリネリアは、そっと背中に手を添える。
「プルチーノ王女殿下、貴女は一人ではありません。ほら」
カリネリアに促されてプルチーノは貴賓席の方を見た。
すると、そこには自分以上に緊張した顔の両親が居た。
しかも、娘と目が合った二人は、小さく手を振っている。
「まぁ、お父様、お母様ったら」
常に公平を重んじる国王夫妻が見せた親の顔は、周りの者達も笑顔にした。
その珍しい光景に、プルチーノの心は落ち着きを取り戻す。
「ありがとう、カリー。助かったわ」
「いいえ。滅相もありません」
微笑むカリネリアの手の甲に、プルチーノが自分の手をそっと重ねた。
「では、行きましょう」
「はい。何処までもお供いたします」
こうしてプルチーノ、ここに居る全ての人間が注目する中、司祭の前へと歩いていった。
「では、洗礼の儀を始めます。まずは、この文章を読み上げて下さい」
渡されたのは、聖書に書かれている一文。
洗礼は、文字を読めるようになり、信仰を学んだうえで許される信徒への大切な通過儀式。
一人ずつ呼び出され、ランダムに聖書から選ばれた一文を読む。
もしここで読めなければ、来年再度受け直すこととなる。
洗礼を受ける者が最も緊張する場面だ。
『寛容の心は、人を慈しむことであり、己も愛する事である』
心を広く持ち、決して人を厳しく糾弾せず、受け入れる心は必要である。
ただ、神は、その事で己を犠牲にしろとは言っていない。一旦相手の言い分も聞き、そして分かり合えるまで話し合い、少しでも寄り添えるように努力する事を重んじている。
そんな意味が、この一文には込められている。
上に立つ者として産まれたプルチーノに対して、民を思う心を忘れず、かといって自分を無にする必要はないと伝えてくれているのだろう。
見事に読み切ったプルチーノは、紙を返す時に司祭に対して、
「ありがとうございます」
と、小さな声で礼を述べた。
「愛を知る王女殿下は、きっと、素晴らしい未来を歩かれることでしょう。貴女様の人生に、幸あらんことを」
こうして、プルチーノの洗礼の儀は終わった。
次に並んでいたのは、貴族の子女達だ。
年頃はプルチーノと変わらず、その多くは学園の同級生。
皆、王女殿下と同じ時期に洗礼を受けられることに興奮している。
ピンと背筋を伸ばし、次々と見事に聖書の一文を読む姿は、親達にとっても誇らしい瞬間だろう。
その後、平民の子供達が洗礼を受けるのだが、彼らの体は貴族子女に比べて少し大きい。
それは、貧富による教育の差であり、どうしても平民は洗礼を受ける時期が遅くなる。
巻き戻り前の世界で、メンティーレが十五歳になって洗礼を受けたのも、そういった経緯があったからだ。
ただ、国と教会が力を合わせて生活水準を上げたことで、この傾向は現在では随分と改善されてきている。
教会を見渡すと、成人に近い十代の者は一人もいない。
それは、他国に比べても教育レベルが上がっている証拠でもあった。
荘厳な雰囲気の中、順調に洗礼の儀が行われていることに、教会の者は皆、安堵の溜息をついた。
貴族子息だけでなく、平民の子供達も皆胸を張り、見ている者達が感心する出来栄えを見せてくれていたからだ。
そんな中、一人の少女だけが、落ち着きなくキョロキョロと周りを見回していた。
その娘は、メンティーレだ。
この世界で四回目の人生を生きる彼女は、洗礼の儀など珍しいものではない。
しかし、今回の儀式は、疫病が流行っていなかったせいか、全員が身だしなみも整っており、悲壮感のようなものは欠片も無い。
それどころか、この会場には幸せが満ちていた。
今までは、十五歳の聖女認定直前にデータをセーブしていたため、何も考えずに流れで洗礼を受けていたが、どうも勝手が違う。
――これじゃ、私が目立たないじゃない。
親が用意してくれた可愛いドレスも、他と比べて素晴らしいというわけではない。
八百屋が精一杯奮発した既製品と、貴族が娘の為に数年を掛けて作り上げたオートクチュールでは、差があって当然なのだ。
ただ、彼女は気付いていない。
妻の出産にも出費がかさんでいた父が、教会の子になると騒いだ娘の衣装の為に、頭を下げて親戚から金を借りてくれたことを。
周りから、どんなに『あんな娘は、嫁の貰い手もないぞ』と揶揄されても、父親も母親も『あの子にも良い所があるのです』と庇ってくれていた。
そんなことを知ろうともしないのは、ここがゲームの中だと思っているからだ。
そして、一足飛びでポイントを貯めるべく優等生キャラに路線変更してみたメンティーレだったが、直ぐにボロが出て今では教会でも問題児として名が通っている。
教会側も、暫く預かったことで彼女の内面的未熟さを良く分かっており、特別扱いはメンティーレの為にならないと逆に厳しく接するようになっていた。
故に、この路線変更は、悪手だった。
しかも、同じ時期に洗礼を受ける者の中に、この国の末姫が交じっている。
普段なら参列しない国王夫妻までが顔を揃えており、誰もが、そちらに注目していた。
更に状況を悪化させたのは、カリネリアの参加だ。
教会関係者にとっては、国王と並ぶ貴賓となる。
財政難を救ってくれた救世主であり、今も多額の寄付を続けてくれている少女を、彼らは密かに聖女と呼んでいるのだ。
小賢しい少女が物覚えの良さを披露したからといって、もう、誰も構ってくれない。
洗礼の儀が始まってからずっと、メンティーレは苛立ちでずっと爪を噛んでいた。
――なんで、誰も私を見ないのよ!
周りよりも握り拳一つほど背の小さい少女は、その体の小ささから椅子に座ると周りに埋もれてしまい、ただでさえ風景に溶け込んでしまっている。
目立つどころか居る事すら皆が認識できない状態だというのに、メンティーレは心の中で悪態をつきまくっていた。
そんな彼女の耳に、突然鼓膜を突き破るかと思われるほどの大歓声が聞こえた。
なんと、聖母像の背後にあるステンドガラスから差し込んだ光が、壇上にいる一人の少女に降り注いでいる。
それは、メンティーレが浴びるはずだった光。
「聖女様だ!聖女様の誕生だ!」
その場にいた全員が立ち上がり、拍手と歓声で聖女の誕生を祝っている。
人垣に視界を奪われたメンティーレには、壇上がどうなっているのか見えなくなった。
自分に与えられるはずだった称号を横取りされたメンティーレは、今まで出したことのない程の大声で、
「ふざけるなーーー」
と叫んだ。
しかし、その声は他の者達の歓呼に掻き消されてしまった。




