第十話 ループする少女②
「ほぉ、これは凄い」
目の前で足し算引き算を軽々として見せたメンティーレに、両親は驚いた。特に勉強をさせた事もないのに、商売に必要な算数を既に身に着けている娘が天才に見える。
「こんなに出来るなら、王立学園へ行ってみるか?最近は八百屋も上手くいっているし、お前なら奨学金も出るだろう」
父親の言葉に、メンティーレの顔が歪んだ。
喜ぶと思っていたのに、意外な反応だった。
「え?嫌なのか?」
子供らしからぬ嫌悪を露にした表情に、父親の方が驚く。
普通なら、平民の子供は地域の学校で最低限の事を学べば直ぐに働きに出る。
王立学園へ進学するなど、夢のまた夢だ。
メンティーレの父親とて、全額学費を払えるとは思っておらず、天才である娘なら無償で通えるだろうという算段があった。
それがまさか、こんなにも嫌な顔をするとは思ってもいなかった。
「メンティーレ。勘違いしないで欲しいんだが、無理に行けと言っているわけじゃない。ただ、お前が学びたいのなら、どうにかなるかもしれないと思っただけだ」
いくら学費が無償といえども、制服や給食など最低限の支出はある。
それも平民にとっては大きい金額だ。行きたくもない子供を無理に通わせるつもりは無い。
「嫌なわけじゃないけど……」
もしメンティーレが学園に通うなら、あと一年待って、八歳になってからだ。
そして、もし以前聖女認定を受けた十五歳まで在学するとなれば、七年もの間勉強しなければならない。
正直、メンティーレは勉強が嫌いだ。
足し算引き算は出来ても、掛け算割り算は間違えることがある。
分数などが入れば殆ど間違い、微分積分などチンプンカンプン。
王立学園に通えば、メンティーレのメッキなど直ぐに剥がれる。
「お父さん、私、洗礼を受けたいの」
「洗礼?あれは、ちゃんと言葉を理解できるようにならなければ認められないぞ」
「大丈夫。言葉は、ちゃんと理解できているわ。本も読めるし」
そう言って、メンティーレは、一冊の絵本を読み始めた。
聖書は無理でも、流石にゲーム歴も四回目になれば、これくらいは訳なく出来る。
「なんてことだ!これは、直ぐに教会に行かねば」
メンティーレの父親は、熱心な教徒だった。
長年寄付も続けており、司祭の中には知り合いもいる。
娘の天才ぶりを伝えれば、直ぐにでも洗礼の儀に加えて貰えるだろう。
こうして『天才』という肩書で教会内をうろつくようになったメンティーレは、毎回、父を驚かせた時のように、知識をひけらかしては教会関係者を驚愕させた。
すると、不思議なことにメンティーレにしか見えないゲージにポイントが徐々に貯まり始めた。
それは、人から向けられる純粋な好意と尊敬が形となったもの。
まさか、こんな幼い少女が自分達を騙しているなどと思いもよらない人々は、最もメンティーレが欲しがっていた聖女認定への足掛かりを作ってしまった。
――結構、チョロいわね。
七歳にして必要ポイントの三分の二を集めたメンティーレは、相当いい気になっていた。
皆が自分に注目してくれることに酔っていたと言って良い。
しかし、それは、『七歳のわりには』という条件付けがあってこその賞賛。
逆を言えば日本ではJKをしている彼女が、その程度の能力しか持っていないことが問題なのだ。
徐々に傲慢さを見せ始めたメンティーレは、父親に対しても馬鹿にするような言動が増えてきた。
「お父さんなんか、私より馬鹿なのに、偉そうに言わないで」
誰が聞いても不快しか感じない言葉を、平気で口にする。
そして、とうとう、
「私、教会の子になる」
と言い出した。
ちょうど妹が生まれ、益々親から『お姉ちゃんなのだから』と怒られることが増えていったことが理由だった。
「お前は、本当に良いのかい?」
ショックな表情を浮かべる父親を前にしても、メンティーレは悲しそうな顔一つしない。
彼女にとっては、父親はゲームの中のキャラクターであり、特に思い入れのある存在でもないのだ。
それよりも、教会に居れば司祭達に褒められ、聖女へのゲージはドンドン貯まる。
あと三分の一貯まれば、七歳にして聖女だ。
直ぐに王子達を落とすことは出来なくても、課金アイテムが使えるようになることで攻略を早い段階から始められるようになるだろう。
――今度は、一度に使い過ぎずに、徐々に彼らを虜にすればいいわ。
本来ゲームの中では、聖女として突然祭り上げられてしまった普通の少女が、一生懸命努力した結果、攻略対象と恋をするというお話のはず。
しかし、メンティーレは、今までも課金アイテムだよりで、それ以外の手を殆ど使ったことが無い。
――これなら、念願のフルコンプも出来そうね!
王家の三王子だけでなく、辺境伯や騎士団長の息子達といった攻略対象もいる。
長い時間をかけて、ゆっくり全員を虜にすれば夢のハーレムエンドの出来上がりだ。
そんな夢のようなラストばかり気にしているメンティーレには、父親の今にも泣きそうな顔は全く見えていなかった。
流石の教会側も、問題の無い家から子供を引き離すことは憚られた。
一旦教会預かりという形で、礼儀作法を学ばすことになったのだ。
しかし、ここでメンティーレにとって想定外の事が起きる。
早朝の礼拝から始まり、粗食に奉仕、教会での一日は想像以上にキツイ。
――こんなの聞いてない。
ただ褒められて良い気分で過ごせるとばかり思っていたメンティーレは、朝寝坊から始まり食事への文句、奉仕活動の拒否など問題行動を重ねるようになる。
「七歳なんだもん!」
毎回そう言っては、泣いて周りを困らせた。
「だから、無理だと言ったでしょう」
世話役を申し出てくれたシスターにも、匙を投げられる始末。
こうなったら、洗礼だけでも終わらせて、家に帰そうという話になった。
こうなると、聖女へのゲージにポイントが貯まる事などない。
しかも、ある日を境に、急激にポイントが目減りし始めた。
――ちょっと、どういう事よ!
焦るメンティーレの耳に入ったのは、今度の洗礼にプルチーノ王女殿下が参加するという噂だ。
教会内は、聡明で愛らしく、そして誰にでも優しい姫様の話で持ちきりになる。
「以前、王女殿下が来られた際は、確か、ジェンティーレ公爵令嬢が付き添われていたな」
「あぁ、あのお二方は、盟友。心の友。切っても切れない親友だと聞いているぞ」
「流石は、ジェンティーレ公爵令嬢だ。我々を長年支えて下さる小さな支援者は、凡人の想像を遥かに超える成果を出して下さっている。そう言えば今日も……」
聞き慣れない公爵家の名前が何度も出てきて、メンティーレは不審に思った。
――今まで、ゲームの中で聞いたこともない名前だわ。
本来自分に向けられるはずの注目が、王女殿下ともう一人の名も知らない令嬢に奪われてしまった。
――この二人が、私のポイントを奪っているのね!
今までのゲームでも、王子達を攻略する際、一番邪魔になる存在は妹のプルチーノだった。
彼女が懸命に兄達に訴えかけると、折角掛けた魅了が解けてしまうのだ。
その為、毎回一番最初に始末していたが、まさか、こんなに早くから邪魔してくるとは思わなかった。
――兎に角、今は、一ポイントでも多く集めなきゃ。
洗礼が終われば、家に送り帰されることが決まっているメンティーレは、折角手の届きそうな聖女の地位を諦めることが出来なかった。




