第九話 ループする少女①
メンティーレは、この世界に来るのは四度目だった。
一回目は、突然ゲームの世界に入ってしまった事でパニックになった。
ゲームをしながら寝落ちしただけなのに、いつまで経っても目が覚めないのだ。
しかし、数日経つと、ここが、自分がプレーしていた乙女ゲームの中だと気付いた。
疫病が蔓延したことで多くの人が命を落としてしまった後の世界。
そこでは、子供は存在するだけでも大切にされた。
大人達は自分の食べ物を減らしてでも、未来への希望を生き残そうとしたのだ。
そんな中、少しでも人に親切にしたり優しい声を掛けたりしただけで、ドンドン経験値は貯まっていった。
メンティーレにしか見えないゲージがフルになると、聖女への道が開かれる。
聖女になると、課金アイテムも使えるようになり、与えられたノルマを達成すると報酬として好感度を貰えたりした。
一度目は、そうやって王太子と結婚した。
その直後に目覚めてしまい、携帯で時間を確認すると、なんと一日も経っていなかった。
――面白かった!次は、寝ないで聖女認定直前までいってセーブしておこうっと。そうしたら、面倒くさいレベル上げしなくて済むし。
彼女の思惑はハマり、二回目、三回目は、ゲーム画面を開いて眠ると直ぐに教会で洗礼を受ける場面から始められた。
二回目は、攻略対象全員を狙ったが、結局お友達エンドになってしまった。
三回目は、ハーレムエンドを目指したが、課金アイテムの香水を使い過ぎたせいで効きが悪くなり、最終的に断頭台の露と消えた。
今回は上手く立ち回って全員を手に入れようと意気込んでいたのに、いきなり七歳からのスタート。
しかも、世界の状況が全然違うのだ。
――誰も、私を褒めてくれない。
前回までは、年寄りの手を握ったり、朝の挨拶をしたりするだけでも面白い程経験値が入った。
しかし、今回は、一ポイントすら貰えない。
その原因は、この世界が平和だからだ。
何故か疫病は流行らず、国は豊かで、教会は無料医療や孤児院の運営を行っており皆の尊敬を集めている。
そして一番違う事は、母親が妊娠していることだ。
――私、一人っ子のはずだったのに。
生活が困窮する中では次の子供をもうけようとも思わなかったのだろうが、八百屋も商売繁盛で金の余裕もあるらしい。
――この店番で、いくらポイントが貯まるかしら?
店の前を掃除した時は、たったの二ポイントだった。
聖女認定に必要なのは一万ポイント。
気が遠くなる数字だ。
――もっと効率の良い貯め方はないのかしら?
頬杖をついて外を眺めながら一生懸命考えてみるが、現実世界でも善行を積んだ経験が少ない彼女には思い付かない。
実は、早起きする事も、挨拶する事も、お手伝いする事も、コツコツ積み重ねればプラスポイントが付いていく。
大きいリターンを求めて一度の報酬が少ないとヤル気が無くなってしまうメンティーレでは、きっと一生気付かないだろう。
――多分赤ちゃんが生まれたら、お姉ちゃんだからって色々我慢させられるんだろうなぁ。
自分は末っ子だった為、分け与えられる側だった。
いきなり年長者になって、下の面倒を見ろと言われても口から出てくるのは愚痴ばかり。
「私が一番じゃないなら、二番も三番も同じよ」
皆の注目を浴びる事に快感を覚えてしまったメンティーレにとって、チヤホヤされない人生は生きていないと同義なのだろう。
「リセットできないかなぁ」
ゲームクリアか、はたまた死亡か。
その二種類しか現世への戻り方を知らない彼女は、簡単にやり直しが利くと思っていた世界が、意外と融通が利かないことに困り果てていた。
「自分で死んだ場合でも、戻れるのかしら?」
考えれば考えるほど、想定外の行動を取った時の反動が分からず躊躇してしまう。
そして、もう一つ彼女を消極的にさせるのは、ここに戻って来た経緯だ。
今までは、ゲーム中に眠ることで、この世界の中に入って来た。
それが、今回は、外出時に事故に遭い、気付けばここに居たのだ。
――あの時、死んだなんてことはないわよね?
仮に戻れたとしても、元の体が無事なのか分からない。
こうして、メンティーレは、悶々と考えてはため息ばかりつく毎日を送るしかなかった。
退屈な毎日を送っていたメンティーレの耳に、街の噂が聞こえてきた。
『妄想茸には気を付けろ』
メンティーレの家の食卓にもよく並ぶ『香草茸』によく似た見た目をしていているが、食べると幻想を見るらしい。
――それって……課金アイテムの香水の原料じゃなかったっけ?
条件をクリアすると裏路地に現れる店は、様々なアイテムを提供してくれる。特に、攻略対象を振り向かせるために使う香水は、必須アイテムだ。
――このままじゃ、何時まで経ってもポイントは貯まりそうにないし、せめて課金アイテムだけでも先に手に入れておきたいところね。
調香師の知識もないくせに、メンティーレは危険とされるキノコを探す為に森に入った。
あまり奥まで行くと戻れないことは、流石に分かっている。
――野生動物に会うのも、嫌だなぁ。
戦う術など持たない七歳は、一応、木の棒だけは持って森の入り口をウロウロとしてみた。
数年前に増殖し始めた妄想茸が原因で、この頃には、危険を伴うことからキノコ狩りは人気が下火となってた。知識のある者しか森に入らず、一般人は八百屋に並ぶ安全な物を買う。
だからこそ、収穫時期の終わりに近づく今、森に残っているキノコは専門家たちが避けた妄想茸だけと言ってもいい。
「やだ!簡単に見つかるじゃない」
群生地を見つけたメンティーレは、素手のままプチプチと茸を収穫し、持ってきた籠に入れてルンルンで戻った。
しかし、帰宅途中に、後ろから獣の咆哮が聞こえた。
「きゃ~~~~、イノシシだわ!」
猪突猛進の牙がある獣に驚いたメンティーレは、それでも籠を必死に抱えて走った。
体が上下する度に籠も上下し、そして、茸は胞子を撒き散らせた。
幻覚成分を多く含む小さな粒子は、既に収穫中に胞子を吸っていたメンティーレの鼻へと吸い込まれていく。
そう、このイノシシすら、メンティーレの幻覚だった。
必死に大通りを、
「イノシシが来たわ!」
と叫びながら走る少女に、街の人間は驚いた。そして、来るはずのないイノシシを恐れて逃げ惑った。
一時間後、メンティーレは病院の医務室に居た。
キノコを抱えたまま石畳の上で倒れているのを通行人に助けられたのだ。
「全く、子供がキノコなんて取りに行くから、こんなことになるんだ」
両親からも大目玉を食らったが、
「赤ちゃんがお腹の中にいるから、お母さんに美味しいキノコを食べさせてあげたかった」
と泣いて謝れば、それ以上誰も何も言えなかった。
ただ、このことで課金アイテムとなる香水が自作できないことを痛い程良く分かったメンティーレは、人より目立つために作戦を変えることにした。




