幕間 カリネリアとプルチーノのパジャマパーティー
「あぁ、なんて可愛らしいのでしょう」
猫耳付きナイトキャップを被ったプルチーノの姿は、既に神々しさすらある。
しかも、よほど新しいパジャマが嬉しいのか、ベッドの上で腰に手を当て仁王立ちになっていた。
お尻に付いた尻尾は着脱可能。眠るときには外せる優れモノだ。
六歳になったプルチーノは、ほっぺのプクプクは減ってしまったが、まだまだ身長も小さく幼い。
カリネリアへのファンサービスなのか、両手を丸めて、
「にゃお~」
などと猫の真似までしてくれる。
それを見たカリネリアは、
「ありがたや、ありがたや」
と両手をすり合わせて拝んだ。
その摩訶不思議な動きに困惑したプルチーノは、
「カリー、何か変な物でも食べたの?」
と聞いて来た。
「いいえ、そのようなことは」
「妄想茸でも食べたのかと、心配してしまったわ」
『妄想茸』は、ここ最近王都で話題の危険植物だ。
幻覚性が強いとされ、注意喚起がされている。
キノコ狩りに行ったものが似た形状の『香草茸』と間違えて食べてしまう案件が幾つも報告されていた。
町の薬局では、無料でキノコの毒性を判定をしてくれるサービスをしてくれるようになったらしいが、そこまでの危険を冒してまでキノコ狩りをする意味が分からない。
常食しなければ体に影響はないらしいが、高揚感が忘れられずに食べ続けると思考能力が落ちることが被害者への調査で明らかにされている。
こうなると、もう、麻薬と言っても良いだろう。
――妄想茸……、もしかして、魅了に使われた薬物って……。
ふと思い付いた考えに思考が奪われ、カリネリアの眉間に皺が寄った。
それをプルチーノが人差し指で撫でる。
「どうして、そんな難しい顔をするの?」
「あぁ!プルチーノ王女殿下を前に他の考え事をするなんて、私の馬鹿!馬鹿!馬鹿!」
ポコポコと自分の頭を叩いたカリネリアは、次にパンパンと頬を叩いて目を限界まで見開いた。
「今日この夜の事を一秒たりとも見逃さないつもりで参りましたのに、なんたる体たらく。今この時より、私は、瞬きいたしません」
「ふふふ、大げさだわ、カリー」
プルチーノは、口元に手を当てて楽し気に笑う。
こんな風に、家族以外の誰かと眠るのは生まれて初めてだ。
王女であることから、同級生も友達というよりは臣下。
互いに気を許し合うことは難しい。
互いの家を行き来し合うなど、夢のまた夢だろう。
それに比べ、カリネリアは、どんな時もプルチーノの支えだった。
何度も、巻き戻り前の事を聞いてみたが、詳しい事は何も話してくれない。
それは、きっと自分を傷つけない為なのだとプルチーノも気付いている。
――カリーのお陰で、今、私は幸せなのね。
時折、朝起きると涙で頬が濡れていることがある。
それは、悲しい夢を見た証拠で、多分昔の事を思い出しているのだろうとプルチーノは感じていた。
胸が沈み込み、天気が悪いと頭痛まで感じる。
でも、カリネリアの姿を見るだけで、途端に気分が晴れるのだ。
まるでお日様のような存在に、プルチーノこそ拝みたい気分だった。
「そうだ!今日は、夜更かししても大丈夫よ。お父様に許可を取りましたもの」
「えぇ!国王陛下にですか?」
「そうよ!それと、屋上からお星さまも見ていいって」
「まぁ」
王宮の屋上には、小さな庭園がある。
王族しか入れない場所だけに、公爵令嬢といえども部外者のカリネリアが入るのは異例中の異例だろう。
しかも、既にマットが敷かれ、ゴロンと横になって空を眺められるようになっているらしい。
お菓子や飲み物まで用意されているらしく、一気にカリネリアのパーティー気分は盛り上がった。
しかし、プルチーノが急に声を抑えて、
「ただ……」
と、意味ありげに笑った。
大好きな推しの声を聞き逃さない為に、カリネリアは顔を近づける。
「お兄様達がゴネて、ちょっと面倒くさかったわ」
どうやら、一緒にレッツパーティーと思っていた王子達が、プルチーノに断られてしょぼくれているそうだ。
「だって、いくら幼くたって、私達は女性ですのよ。パジャマ姿を見て良いのは、未来の旦那様だけです」
六歳でも、プルチーノは、ちゃんと乙女心を持っていた。
「お兄様達ったら、プルチーノは赤ちゃんだから大丈夫だなんていうの。レディに失礼だと思うでしょ?」
プ~ッと頬を膨らませた王女殿下は、昔のように頬がプクプクになり、正に、赤ちゃんのようだった。
屋上にカリネリアとプルチーノが上がると、唯一の扉の前にノーヴァが控えた。
これは、娘を心配し過ぎる父ジュストが、学友である国王に頼み込んで許された特例だった。
本来、王宮内と言う国内屈指の安全地帯に護衛など必要ないだろう。
しかし、もしプルチーノが襲われるようなことが起きれば、カリネリアは必ず自分が盾になる。
そう確信しているジュストは、どんな時もノーヴァを連れなければ外出させないと決めていた。
「ノーヴァ、ごめんなさいね」
今夜寝ずの番になる彼に対し、カリネリアは謝罪した。
しかし、ノーヴァは目元に皺を寄せて首を横に振る。
「お嬢様の護衛、嬢担として、誉でございます」
そう言った後、胸に手を当て一礼をすると、ノーヴァは直立不動の姿勢を取った。
どうやら、彼は職務についたようだ。
「ありがとう。では、お願いね」
カリネリアはドアを閉めると、プルチーノの元へ歩いていく。
流石王家の庭園と言うべきか、小規模ながらも美しい花が植えられ、日陰を作る為の植木もされている。
そして、普段は東屋として使われる場所に、マットとクッション、そして寒さ対策の毛布が置かれていた。
「カリー、早く早く」
カリネリアに声を掛けてくるプルチーノは、ホットミルクの入ったカップを持っている。
傍に控える侍女が、用意してくれたものらしい。
「クッキーは、私が型を抜いたものよ」
料理長に頼み込み、兄達と一緒にお菓子を焼いたのだとプルチーノは胸を張る。
「お兄様達は、試食が多すぎていけないわ」
まるで、自分の方がお姉さんのような口ぶりだが、兄達が、彼女に気付かれないよう形が崩れたクッキーを食べて胃袋に隠してくれていることには気付いていないようだ。
「さぁ、今夜は、夜更かしをしましょうね」
そう言って張り切っていたプルチーノだが、直ぐにウトウトとし始める。
寝落ちしそうになる度に必死に首を左右に振る姿は、可愛いけれども、次の日が心配になった。
「プルチーノ王女殿下、そろそろ下に戻りましょう」
「いやよ!今日は、絶対にしたいことがあるの!」
珍しく我儘を言う推しに、カリネリアは首を傾げた。
そして、良くプルチーノを観察してみると、今見える星を見ていると言うより、何かを探しているように見えた。
「あ!流れ星よ!」
プルチーノは叫ぶと、両手を組んで祈った。
目を大きく見開いているのは、あっという間に消えてしまう存在を見失わないようにする為だ。
「ずっと一緒に居られますように、ずっと一緒に居られますように、ずっと一緒に居られますように」
プルチーノが早口で唱えたのは、三回。
昔から、流れ星に願い事を言うと叶うと言われているが、どうやら、今回これをする為に必死に起きていたようだ。
「見た!カリー!私、やったわ!」
プルチーノは、カリネリアの首にしがみ付いた。
「おっとっと」
その衝撃でカリネリアは後ろに倒れてマットの上に寝転んでしまう。
「これで、ずっと一緒よ」
どうやら、プルチーノが一緒に居たいのは、カリネリアのようだ。
「プルチーノ王女殿下……」
嫌だと言われても一生離れるつもりはなかったが、まさか、推しからお願いされる日が来るとは思いもよらなかった。
「そうですね、きっと、その願いは叶いますよ」
カリネリアは、自分の上に乗っかるプルチーノを抱きしめて、グッと涙を堪えた。




