第七話 魅了魔法撲滅運動②
カリネリアは、魔法を修練すればするほど、家事魔法の面白さに憑りつかれた。
庭師の青年にお願いし、彼のささやかな風魔法を使って落ち葉を吹き飛ばし一か所に集める実験を行った時だ。
その効率の良さに、箒で搔き集めるのに時間を要していた彼は、目から鱗が落ちたと大変喜んだ。
ただ、これは前世で見たことのある落ち葉を風で集める機械の応用であり、カリネリア自身のアイディアではない。
それでも、生活に役立つことには間違いなく、使い方次第では、家事魔法は無限の可能性があることを証明した。
他にも、濃厚なカスタードプリンの上に砂糖を振り、それをバーナーで焦がして作るクリームブリュレも再現してみた。
これなら、短時間しか魔法を使わない為、魔力量の少ない者でも火魔法を使って再現可能だ。
カリネリア自身、前世のスイーツを食べられるとあって相当嬉しかったが、厨房の女性パティシエは、興奮のあまり鼻血を出して倒れた。
――あそこまで感動するなんて、思いもよらなかったわ。
突然人が倒れて驚いたカリネリアだったが、まさか、その後彼女がカリネリアの絵姿を祭壇に据えて毎日拝むようになっていたなどと思ってもいない。
こうして、家事魔法に関して相当な知識を蓄えたカリネリアは、とうとう最終目的である魅了に関して動き出す。
国立図書館にある魔法に関する書籍は全て読破した。
その中に、数冊、大昔に起きた幾つかの事件について書かれているものがあった。
その一例が、ある国の王太子が、魅了魔法に掛かって婚約破棄したと言うものだ。
「アロマティコの香水……」
彼に魅了魔法を掛けた平民の少女は、独特な香りの香水をつけていたらしい。
嗅ぐほどに脳を痺れさせ、つけている女性しか見えなくなる。
そして、最後には従順な犬のようになるのだ。
他の事件も似たようなもので、それぞれ名前は違うが、全て香水が関わっていた。
「匂い……が鍵になりそうね」
カリネリアは、帰ってから部屋でお香を焚いてみた。
東の国から来たとされる香りは、昔懐かしいもので、彼女のお気に入りだ。
そこから立ち上る細くて白い煙を、風魔法で操ってみる。
上へ、下へ、右へ、左へ。ほんの少しの魔力量でも、軽い煙は簡単に動いてくれる。
そして、技術も然程要らない。
「なるほどねぇ」
カリネリアは、香りに麻薬成分を混ぜ、標的だけに嗅がせる方法を見つけた。
そして、体内に摂取させた直後に言葉巧みに洗脳していけば、魅了魔法に掛かった男の完成だ。
「これって、根本的に、攻略後の幸せとか度外視よね?」
薬で中毒を起こした人間と、その後結婚して幸せになれるとは思えない。
ゲームの上で攻略する事のみに特化した課金アイテムなのだろうか?
ただ、この方法を使われると、どんなに周りを護衛で固めても無意味。
不審な食べ物を食さないよう王子達には徹底的に指導してきたが、それすら役に立たない。
「滅茶苦茶怖いんだけど」
正直恐怖でしかないが、前世の記憶を持つ彼女は対処方法も考え付いた。
「匂うなら、集めてポイしちゃえばいいのよね?」
なんとも単純明快な思い付きだがあながち間違いでもない。
前世では、匂いだけでなくウィルスすら集める空気清浄機が存在した。
小型化して身に着けるのは難しいかもしれないが、部屋の空気全体を清めるなら、意外と出来そうな気がしてきた。
こうしてカリネリアは、この世界初の発明を爆誕させることとなる。
フィルターは、網目の小さな物の他に、静電気を帯びた物、活性炭を仕込んだ物も取り入れ、埃以外にも、匂いやウィルス等も吸着できるようにした。
そして、掃除機のように周りの空気を吸い込み、綺麗にしたものを吐き出させる。
全ては風魔法の応用だった。
試作品を魔法学の教師に試してもらったからなのか、ジェンティーレ公爵家が発売すると直ぐ、学園から大量注文が入った。
理由は単純。クラスが臭いからだ。
色気づき始めた女子生徒が、皆各々自分の好きな香水をつけて登校してくる。
その多種多様な匂いが混ざると、正に悪臭だった。
カリネリアの発明のお陰で無香空間と化した教室は、とても過ごしやすかった。正直女子学生達自身も、自分の匂いは好きだが他人の匂いは嫌いだった。
その為、ほぼ他の匂いが排除され、ほんのり自分の周りに残る香りだけが鼻に漂う状況は悪いものではなかった。
そして、この大きな流れは、王宮へと繋がっていく。
匂いだけでなく、風邪などの病気が減ったことが大きかった。
そして、飲食店や宿泊所にも採用され、人が多く集まる場所で目にすることは珍しい事ではなくなっていった。
カリネリアは、またもや思わぬ大金を手に入れた。
現在も、お金はジュストが管理してはいるが、お小遣いは増やして貰えた。
そんな彼女が貢ぐ相手は、ただ一人。
「プルチーノ王女殿下、これをどうぞ」
カリネリアが推しに渡したのは、自身が毎晩着ている寝間着と同じ物。
サイズは勿論プルチーノに合わせてあり、ナイトキャップには猫耳が付いている。
「まぁ、とても可愛らしい帽子ね」
「はい。きっとプルチーノ王女殿下にもお似合いだと思います」
「これは、貴女とお揃いなのでしょう?」
「はい、勿論」
「では、今度お泊り会をして一緒に着ましょう」
推しからパジャマパーティーのお誘いを受け、カリネリアは鼻血が出そうだった。
しかし、それを必死に我慢し、ほほ笑みながら何度も頷いた。
「カリー、私は、貴女が居てくれて本当に幸せだわ」
「そのお言葉、何十倍にしてお返しさせていただきます」
息切れ動悸を感じるには、十三歳は早すぎる。
それでも、カリネリアは、胸をバクバクさせながら両手を組んで天井を見た。
――神様、ありがとうございます。
愛らしい推しの成長を傍らで見守ることが出来るのは、時間が巻き戻ったあの日、カリネリアがプルチーノの名を叫びながら駆け寄ったからだ。
その必死さが人を動かし、そして今に繋がっている。
それでも、その切っ掛けを作ってくれたのは、人ならざる存在。
感謝の気持ちを伝えるべく、毎年欠かさず教会に寄付を行っていた。
まさか、カリネリアが起こした行動のお陰で他からの寄付も増え、教会が無料医療や炊き出し、孤児の教育などに力を入れることが出来たなどとは思わない。
更に言えば、前の時間軸では、この頃疫病がはやり多くの平民が亡くなっていた。
それすら空気清浄機爆誕と教会が行う衛生教育と市民による町の清掃が相まって、未然に防がれている。
そこにある幸せが守られたことで、人々は笑顔で日々を過ごしていた。
救済を行わない王家に反発することもなく、役に立たない教会に腹を立てることもなく、聖女の誕生を願う心も湧かなかった。
しかし、カリネリアは、そんなことを知る必要はないのだ。
なにせ、彼女の人生は、推しの為にある。
「カリー、お泊りの日は、何時が良いかしら?」
首を傾げて聞いてくる推しの爆発力たるや、後ろに吹っ飛んでゴロゴロ床を転げ回りたいほどだった。
「いつでも大丈夫でございます。なんなら、毎日でも大丈夫でございます」
とうとう噴出した鼻血をハンカチで押さえるカリネリアは、何処からどう見ても幸せそうだった。




