幕間 ジェンティーレ公爵家の使用人達
料理長との秘密の魔法特訓は、思わぬ成果を見せていた。
カリネリアにではなく、料理長を中心とした使用人達にだ。
白髭がトレードマークの料理長は、高齢ということもあり向上意欲に落ち着きを見せていた。
そんな彼が率先して新しい技術の習得や調味料に挑戦するようになったことで、中堅、新人までもが目をギラギラとさせて負けん気を見せている。
「料理長、私のも試食していただけないでしょうか?」
次期料理長と目される男は、未だに追い抜けない高い壁が、更に高くなっていくことに触発された。
それ以上に、年齢という不可避な理由で、いつか退職してしまう料理長に今認められなければ、一生後悔すると思ったのだ。
「ほぉ、これはなかなか良い味だ。しかし、もう少し塩味を抑え、柑橘類で酸味を加えた方が食が進むかもしれない」
「な、なるほど!直ぐに、作り直します」
「いや待て、私も自分の作業で忙しい」
「そこを、なんとか!」
こんなやり取りが厨房で聞かれるようになると、
「わ、私も、お願いします!」
他の者も黙ってはいられない。
次に声を上げたのは、パティシエとして採用された女性だった。
まだ勤めだして五年ほどだが、天性の舌を持っていると言われていた。
そのことに、天狗になっていたと言って良い。
そんな彼女が、料理長が作った飴細工に心を奪われたのだ。
キラキラと輝く飴で作られた蝶が、温かな料理の上で溶けていき、味のアクセントになる仕掛けは、カリネリアを大変喜ばせた。
自分もそんな風に、お嬢様を喜ばせたいと思ったのだろう。
「空洞にしたチョコレートの上から温かなミルクを掛けます。溶けたチョコの中から、アイスが出てくるようにしてみました。どうでしょうか?」
渾身のアイディアだったが、それを見た料理長は、
「溶け切った後が、汚いな」
と正直な意見を述べた。
「もっとチョコを薄くし、温めたチョコレートを掛けて溶かしたらどうだろう。そうすれば、アイスの冷たさで固まり、パリパリとトロリとした二種類のチョコの食感と楽しめるのではないか?」
「あ、ありがとうございます!直ぐに作り直します!」
「いや、だから、私も自分の作業があるんだが……」
料理長は、苦笑した。
まさか、若者達に、ここまで自分が求められているとは思っても居なかったからだ。
こんな連鎖は、他の料理人達にも無論連なっていく。
そうして、ジェンティーレ公爵家の食卓は、他の貴族達の追随を許さぬ美食の宝庫となっていた。
そして、それは、他の使用人達のヤル気にも火を点けることとなる。
先ず動いたのは、メイド長だ。
日常の業務が定型化していることにより、ついつい流れ作業となっていた。
それでも、完璧なマニュアルが存在する為、一定の水準は確かに満たしている。
しかし、メイド長は、そこにランク制なるものを導入した。
どれだけ新人であろうとも、日常の業務において素晴らしい働きをすればポイントが付く。
そのポイントが貯まれば、カリネリアお嬢様の担当に加えて貰えるのだ。
「貴女は、最近とても丁寧に窓を拭いていますね。しかも、新聞を水で濡らし擦ることで、手の油などの汚れが綺麗に落ちています。さらにガラスに艶が出ていました。その技術、どこで覚えたのですか?」
メイド長に声を掛けられた新人メイドは、顔を真っ赤にして答えた。
「少しでも、お嬢様のお役に立ちたいと言ったら、祖母が教えてくれました。お祖母ちゃんの知恵袋は、まだまだあります!」
「なるほど。素晴らしい心がけです」
褒められたメイドは、誇らしかった。
自分だけでなく、祖母も褒められたような気がしたからだ。
当主ジュスト、次期当主トレーロも人気があるが、その中でも、プルチーノ王女殿下からの信頼厚いカリネリアは、女性陣の憧れでもあった。
ノーヴァのように常に傍に侍ることは出来なくとも、外出の際にルーティンでお供に加えて貰える権利を得られるランク制は、メイド達の心に火を点けた。
ただ、メイド長の凄い所は、他の者に技術を教える事にもポイントを加算したところだ。
中堅どころは、どうしても技術を盗まれたくなくて新人に見て覚えろということが多かった。
そして、新人も、折角新たに手に入れた秘密を披露したくはなかった。
しかし、この制度を導入したことにより、誰がカリネリアに付いても、最上級のお世話が可能になったのだ。
「うちのメイドは、何処に出しても恥ずかしくない素晴らしい者達ばかりです」
ある茶会で言ったカリネリアの一言に、涙を流さない者は居なかった。
更に全員が一致団結し、益々技術を向上させていったことは言うまでもない。
こうなると、うかうかしていられないのが、護衛達だ。
総隊長は、全員を集めて言った。
「お前達、恥ずかしくはないのか?」
彼らは、下位貴族の次男、三男が多い。
継ぐ爵位がなければ、自らの腕で稼ぐしかないからだ。
そんな中でも、ジェンティーレ公爵家に仕えられるのは、一種のステイタスだ。
当主ジュストが自ら審査し、見どころのある者だけを採用するからだ。
ただ、それだけでは護衛の人数は足りない。
そこで、平民で腕っぷしに自信のある者が厳しい審査を通過して入ってくる。
礼儀作法は無論、学力試験もあり、応募してくる者の数も尋常ではない為、合格には熾烈を極める。
そこまでして入った公爵家でも、どうしても取り払えないのが身分格差だ。
小さく分けられた隊の長は貴族であり、平民は、どうあがいても上には立てない。
どれだけ対戦成績で勝ったとしても、使われる側にしかなれないのだ。
そして、貴族側にも不満はあった。
何故、ノーヴァだけがカリネリア専属なのかということだ。
ジュスト、トレーロには専属はおらず、彼だけが公爵家の護衛の中で特別扱いだ。
常にカリネリアの傍に居るため、自分達と訓練することもない。
そんな不満を一気に解決するべく、総隊長が一つの案を出した。
「総当たりで、勝敗を付けようではないか」
勝てば平民でも隊長クラスに上がれる。
負ければ、貴族でも使われる側に回らなければならない。
それは、貴族側だけが不利な条件に見えた。
しかし、そこにノーヴァが加わるとなれば、話は違う。
彼に勝てば、カリネリアの専属に取って代われる。
ひいては、プルチーノ王女殿下にも謁見できる身分を手に入れられ、同じ下位貴族の令息としても価値が変わる。
「では、はじめ!」
一週間、休憩時間を使っての総当たりは、全隊員の体力を削った。
本来体を休める時間を戦いに使うからだ。
しかし、そこで差が出始める。
常に鍛錬を怠らなかった者が、上位へと上がっていくからだ。
その中でも、ノーヴァの強さは異常だった。
少しでもカリネリアの傍を離れたくない彼は、瞬殺で相手を倒していく。
もう、彼がカリネリアの専属護衛であることに反対する者はいなかった。
全ての戦いを終えた時、ノーヴァが全勝だったことは当たり前だったが、平民の中の一人の青年が、その次位にいた事に全員が驚いた。
「私は、ただ、毎日素振りをしていただけです」
青年の言葉は、護衛達に初心を思い出させる。
最初は皆、剣を振るう事に誇りを持っていた。
剣を磨き、刃に映る自分を見て勇気を湧かしていたのだ。
その後、この総当たり戦は、三年に一度の定例行事となった。
もう、誰も身分でとやかく言うことは無かった。
カリネリアが火魔法で灯した炎は、何故か人々の心に次々と移っていった。
そして、消えることなくジェンティーレ公爵家に灯り続けることになった。




