第六話 魅了魔法撲滅運動①
時が経ち、カリネリアは十三歳になった。
学力、人望、共に優れていることから、学園でも皆に慕われる存在になっている。
だからなのか、貴族令嬢達の間ではカリネリアを真似て、絵を描くことがブームとなっていた。
画材店から絵の具が無くなり、店主は嬉しい悲鳴を上げていた。
もう、前世の記憶を取り戻す前の引っ込み思案で人見知りだったカリネリアはいない。
「皆様、おはようございます」
そう声を掛けるだけで、卒倒する者まで出る始末。
この世界で二度目の学園生活を送るカリネリアは、その真面目でコツコツ物事を積み重ねる性格から、テストなどは全て満点。
礼儀正しい為教師からの覚えも良く、全てが順風満帆に見えた。
しかし、彼女の頭を現在悩ましている難問がある。
それは、魅了魔法の存在だ。
麻薬や洗脳などと言った視点からは出来るだけの対策をしたが、もしも本当に禁忌とされる魔法があった場合、今までの苦労が全て水の泡となって消える。
カリネリアは、魅了魔法など存在しないということを証明する為に、逆に、魔法の研究に邁進した。
やって、やって、やりまくって、それでも魅了魔法が見つからなければ、それは、無いと同意義になる。
完全に、力技だ。
そこで、先ずは、自ら家事魔法である火魔法を使いステーキを焼いてみることにした。
何故そうなるのかなどと、聞いてはいけない。
ただ、彼女が食いしん坊なだけだ。
調理場を使うには、料理長の許可が要る為彼も監督官として傍についてくれている。
「お嬢様は、既に火魔法を習得されているということで宜しいでしょうか?」
「えぇ。学園でも魔法学を専攻していますから」
ループ前は取らなかった授業だが、やってみると教師から褒められるほど素質があった。
絵を描く以外の才能を見出したと言って良い。
ただ、毎回見本と称して他の生徒の前で実演をさせられるのだけは止めて欲しいと心の中で思っていた。
必ずと言って良い程、歓声が上がり授業にならないからだ。
そんなことを思い出して、ちょっとだけブルーになったカリネリアに、料理長が心配そうに声を掛けてくる。
「お嬢様の腕前を疑うわけではないのですが、先ずは、この蝋燭に火を灯していただけますか?」
いきなり肉を焼くと言われても、にわかには信じがたいのだろう。
炊事場に一本の蝋燭が用意され、直ぐ横に水の入った桶も置かれていた。
万全の消火態勢だ。
確かに、屋敷を丸ごと焼いてしまっては、冗談では済まなくなる。
「では、失礼して……」
カリネリアは、魔法の杖を取り出すと、空中にスラスラと文字を描いた。
「点火」
なんと、それは漢字だった。
教師が言うには、家事魔法に明確なルールはないらしい。
使用者が一番馴染む言葉で意味のある文字を描くと、魔力が具現化する。
色々試してみたが、カリネリアにとって一番失敗しないのが漢字だった。
ポッ。
蝋燭の先に火が付くと、料理長は、溜息をついた。
想像以上に着火スピードが速く、火の大きさも絶妙だったのだ。
「お嬢様は、絵だけでなく、魔法の才能もお持ちのようですね」
「そうだったら、嬉しいのだけど」
実は、カリネリアも薄々感じていた。
魔法学を学び、魔力操作の訓練をし始めてからと言うもの、体内に溢れる力が益々増えている気がする。
だからこそ、間違ってはいけないと気を引き締めているのだ。
もしも誤作動などを起こせば、周りの人間を巻き込むことになる。
今日も緊張しつつ、肉の前に立った。
身が硬くならないように直前に塩胡椒が振られた最上級サーロインが、調理されるのを今か今かと待っている。
「先ずは、レアで焼いてみます」
「直接、魔法を当ててでですか?」
「えぇ。中は生に近いですが、ちゃんと食べられるように焼きます」
カリネリアは出来上がりを想像して、ゴクリと唾を飲んだ。
「そんなの聞いたことがありませんね」
この世界には、魔石が内蔵された冷蔵庫のような保管庫が存在する為、食材の鮮度は保たれている。
調理器具も同様で、料理長たちは、フライパンに肉を載せ、魔石を使ったコンロで食材を焼く。
今も昔も、カリネリアのように火魔法の直火焼きなど、行った人間は居ないだろう。
膨大な魔力を常に同じ量に調節しながら出力するのは、普通の人間には難しい。
感情の起伏などで、ムラが出来るからだ。
そんなことをするよりも、最初から魔道具に頼った方が効率がいい。
料理長は、カリネリアが何をしたいのか全く分からなかった。
だから、正直、この時はまだ、子供のお遊びに付き合ってやっているような気持だった。
「では、始めます」
カリネリアは、空中に「強火」と書いた。
さっと表面だけ焦がして、中まで熱が行き過ぎないようにする為だ。
じゅわっ。
香ばしい肉が焼ける匂いが辺りに広がった。
そして、裏面も焼くと、確かに美味しそうなレア状態のサーロインステーキが出来上がった。
「こりゃ、凄い」
瞬間的に強い火力を肉に浴びせかけたカリネリアを見て、料理長は鳥肌が立った。
今まで見たこともない調理法で、絶妙な焼きを入れられた肉が、良い匂いを立ち上らせている。
口の中に唾液が溢れ、思わずのどぼとけを大きく上下させて飲み込んだ。
――料理の可能性は、まだまだ広がっていくものなのか?
料理人歴数十年の彼は、まるで新人のような初々しい気持ちが蘇ってくるのを感じる。
ドクドクと胸が高鳴り、目は限界まで見開かれている。
「さぁ、食べてみましょう」
「はい。それでは……」
料理長がナイフで肉を切ると、肉汁と溶けた脂がタラリと垂れた。
鼻を擽る香りは、グ~~~ッと腹の虫まで鳴かせる。
「これは、美味しそうだ」
ゴクリと唾を飲んだ料理長は、切り分けた肉を皿に載せてカリネリアに渡してくれた。
二人して、肉片を口に入れると無言になる。あまりにも美味し過ぎて、喋るのが勿体なかったからだ。
その後も、ミディアム、ウェルダンと続き、大満足の結果となった。
ご満悦なカリネリアは、更に他の調理も試せないかと無地の紙にアイディアを書き出し始める。
しかし、その横では、料理長が真剣な顔をして何かを考えていた。
どうやら、感動と共に、心配も大きくなったようだ。
本来、家事魔法は、蝋燭に火を点けたりするくらいで、正直マッチくらいの役割しか果たさない。
冷蔵保管庫も魔導コンロも、高価な魔石があってこそ成り立つ技術なのだ。
だから、今回の魔法は、カリネリアの体内に秘める魔力量が桁外れなことで成立するものなのだろう。
世紀の発見と言ってもいい偉業だが、他の人間に出来るかは不明だ。
もし他人に知られれば、カリネリアは、研究材料として扱われるだろう。
全てを終えて片付けをしていると、料理長が意を決した表情で、
「お嬢様、ただ、このことは私だけの秘密にいたします」
と言った。
彼は、カリネリアの為に、この素晴らしい魔法のことを、黙秘することに決めたのだ。
その気持ちを受け取ったカリネリアは、
「心配してくれてありがとう。私も、このことは人には言わないつもりだから」
と感謝を述べた。
カリネリアが魔法を頑張るのは、あくまでもプルチーノの為。
魅了魔法を調べる以外では、暑い夏に、こっそりとプルチーノの周りに冷風をそよがせたり、冷たくなったパンを、ほんのり人肌に温めたりくらいしか使わない。
「じゃぁ、また、お願いするわね」
厨房を去っていくカリネリアの背中に、料理長は頭を下げた。
定年間近の彼は、己の技術を弟子達に伝え、文字通り飛ぶ鳥跡を濁さずといった感じで静かに去るつもりだった。
それが、まさか、最後の最後で、こんなにも心躍る瞬間に立ち会うとは思いもよらなかった。
カリネリアが見せた火魔法は、美しさもさることながら、調理された肉の美味さも格別だった。
その味に魅せられた料理長は、己の技術で再現できないかと、直ぐ行動を始める。
「あんな風に、さっと強火でやけば……」
その日、料理長は遅くまで新作料理の試作をしていた。
もっと美味しい、もっと面白いものが作りたい。
老骨の心に、カリネリアは、轟々と燃えさかるやる気の炎を点火させてしまっていた。
これも、ある意味、魅了魔法だったのかもしれない。




