第三王子と帰郷する
「お前、卒業後はどうするつもりだ」
ふたりで空飛ぶ宅配便サービスの構想を練っているときに、アスラン様に突然切り出された。
「あ、はい。村に帰ります」
「えっ」
アスラン様はなぜか、金色の目をまん丸に見開いている。
「なんか、やっぱりわたしに都会は向いてなかったかなあって。卒業したら村で静かに暮らそうかと──。あっ、王子顔色真っ青ですよ。大丈夫ですか、ヒールしましょうか」
「──く」
わたしが治癒魔法をかけようとしてアスラン様の手を取ると、反対の手を上から重ねられた。
「俺も行くぞ。なんたってお前は金のにおいがするからな。金の卵を産むガチョウをみすみす逃してなるものか‼」
「えええ~、わたしガチョウですかぁ。まあ、遊びに来るのはいいですけど……」
それからわたしたちは今までの事業について、後輩に引き継げるものは引き継ぎ、通販できそうなものについては新たな契約を結びなおした。
市場調査の名目でいろんなお店を巡り、安値のお店を調べ、時には買い食いなんかもしながら村のみんなへのお土産をしこたま買い込んだ。
夢だったウィンドウショッピングができて、わたしは大満足した。
そうして卒業式を終えたわたしたちは、そのまま馬車に乗り込んで故郷を目指したのだった。
半日ほど馬車に揺られている間、わたしは浮かれて村の思い出を披露し続けた。
とりえはピンク色ぐらいしかないけど、あったかくて気持ちのいい村だということ。
神父様が輝く様子が神秘的でとても綺麗なこと。
パン屋のおじさんが作るパンは、ピンク色だけどおいしくて、ちょっぴり元気が出ること。
ペーターの謎発明で起きた事件の数々。
アスラン様は終始、聞いてるような聞いてないような顔をして外の景色を眺めていた。
「……いいな、そういうの」
遠くを見つめたまま、ぽつりとつぶやいた。
「王宮は、血が繋がっていても家族じゃなかったからな」
「うわぁ。王家の闇、マリアナ海溝より深いですねぇ」
わたしも敢えて、興味なさそうに窓の外を見た。
そうして、わたしがしゃべり疲れて、二人の間が気持ちのいい沈黙に包まれた頃、わたしたちは何もない森で馬車を降りた。
「こんなところに村があるなんて知らなかった。これだけ王都に近ければ、俺も聞いたことがあってもよさそうな話だが」
森の中の小径を歩きながら、アスラン様はきょろきょろと辺りを見回している。
「あっはい。普段は部外者には見えないようになってるんですよ。常時結界が張ってあるんで」
「常時結界だと? 村を丸ごとか。どれだけ莫大なエネルギーが必要だと思っているんだ」
「難しいことはよく分かんないです──あっ着きますよ。知らない人は入れないですから、手、離さないでくださいね」
ぷつんと泡がはじけるような感覚がして、ぱぁっと空気のにおいが変わった。視界が開けて、目の前に懐かしい景色が広がる。
向こうの草原で、羊たちが草を食んでいる。羊たちが「おかえり」の形に並んでいるのが見えてわたしは頬をゆるめた。
「はい、着きましたよ。ほんと何にもない田舎ですけど、ゆっくりしてってくださいね。基本ピンク色で絵面がやかましいだけで、ほんと普通なんで」
「む、村が現れた──。本当に結界になっているのか──ちょ、待て、クレア、なんだあのピンク色の川は」
村にはもう着いたのに、アスラン様はわたしの手を痛いほど握っている。
「あっそうです。あの川の向こうに泉があって、常時結界のエネルギーもそっから引いてるらしいですよ。──あっ、裏のおばあちゃんだ。迎えに来てくれたのかな。おばあちゃーん、ドラちゃーん!」
遠くから、ドラちゃんにまたがった裏のおばあちゃんが飛んでくるのが見えた。
「ピンク色の羊──ピンク色のドラゴン──と、ピンク色の老婆──。ハハッ」
地上に降りたドラちゃんから飛び降りて、おばあちゃんが頭を撫でてくれた。
「クレア、卒業おめでとう。お勉強よく頑張ったねえ。しかも婿を連れて帰って来るなんて、でかしたじゃないか」
「やだー、そんなんじゃないってば。あっおばあちゃん、この人は元王子様のアスラン様」
アスラン様が放心したまま手を離さないので、おばあちゃんに誤解されてしまった。
「ハ、ハハハ──」
「アスラン様、大丈夫ですか、疲れましたよね。あっ温泉ありますよ、入りますか、温泉。気持ちいいですよ。しばらく体がピンク色になっちゃうけど」
「ハハハハハ! なんだこの村は! 金のにおいしかしないな‼‼」
高笑いするアスラン様の瞳が、ピカピカの金貨色に乱反射した。
それからわたしたちはアストラル魔力供給.incを立ち上げ、アスラン様は代表取締役CEOにおさまった。
泉から抽出した魔力を精製して、詳しいことはよくわからないけど売電ならぬ売魔力みたいな要領で国内のエネルギー供給を一手に掌握してしまった。
学園時代から続けている魔石販売も好調だ。網に入れて泉に沈めておけば勝手に充填されるので、人件費がかからないところがすごくいいらしい。
おじさんの焼く、食べたらちょっと元気になるピンクパンも、ご贈答用に好評だ。
アスラン様は、村のみんながいつもの暮らしのままでいられるように気を配っている。
「クレア、ペーターにポーションの限界に挑戦するのはやめろって言っといてくれ。死んだやつまで蘇生するようなポーションなんか売れねーんだよ。下手に世に出したら国が揺らぐ」
井戸の横に瓶を置いておくと、みんなが面白がってポーションを作っておいてくれる。だけど羊飼いのペーターが次々に新型ポーションを開発するのでアスラン様は手を焼いているようだ。
文句を言いながらも事業が楽しいらしく、アスラン様はいつも金色の瞳をピカピカ光らせている。
「ペーターは凝り性ですからね。小さいころから常に限界を突き詰めてみたくなっちゃう質でしたね」
アスラン様は大きなため息をついた。けっこういいコンビだと思うんだけどな。
「いいかクレア。医薬品は不安定に外れ値が混じるよりも、安定した品質のものを供給する方が大切なんだ。なぜなら──」
「ねえアスラン様」
「聞けよ‼」
わたしは金色の瞳をじっと見つめた。
「もう、王都に帰ってもいいんじゃないですか?」
「──なんだ、お前。俺に帰って欲しいのか」
アスラン様は面食らったように目を瞠っている。
「だって、事業はすっかり軌道に乗りましたし。マリアナ海溝なご家族だってアスラン様を無下にはできないでしょ」
そうなれば、社長みずからピンクなだけのド田舎に居座る理由はなにもない。
「阿呆か、お前」
アスラン様もわたしの瞳を見つめ返してきた。
わたしは急に気恥ずかしくなって、金貨色の瞳から目を逸らした。
「今さらお前を逃がすわけないだろ。だってお前は──」
「ハイハイ、金の匂いがする、ですよね?」
目を逸らしたまま茶化すように応じるわたしの髪を、アスラン様は猫にするみたいにするりと撫でた。そのままそっと、指先で唇に触れる。
「いや──今はもうそれだけでもない、かな……」
そう言ったアスラン様の顔は、お風呂に入ってもいないのにピンク色だった。




