第三王子と起業する
アスラン様は内職用の魔石を先生に突っ返し、返す刀で先生を脅して「スタートアップ研究会」なるものを立ち上げた。
活動内容は卒業後の起業を視野に入れた経済活動全般。その一環として魔石の販売・充填サービスを開始した。
魔石の大きさで値段は違うけど、最大千ゴールド。とんでもないボッタクリだけど、意外や意外、飛ぶように売れた。
先生も一度買いに来てくれたけど、高笑いするアスラン様に追い返されていた。
わたしはあっという間に弁償を終わらせて、村に仕送りまですることができたけど、ちょっとぎゅってしただけのものを千ゴールドなんて、詐欺師だって石投げられないかな。
暴利をむさぼっているみたいでなんか気が引ける。
アスラン様にそれを伝えると、
「いいか、何にでも適正価格というものがある。ただ安いだけというのは善ではない。第一に市場を混乱させ──」
なんだかめんど──ンンッ、難しいことを色々言われたので、逆らわないことにした。
アスラン様は、
「お前は自分の価値が分かっていない。有象無象に貪らせるぐらいなら俺を儲けさせろ」
と言って、わたしの一挙手一投足をマネタイズし始めた。
「クレア、タダでポーション配るなって言っただろ。適正価格で販売してやるから俺に全部卸せ!」
「ええー。でもこれ下級ポーションだし、お金とるほどのものでもないですよぅ。わたしポーション下手で、あんまりいい性能のもの作れなくて。傷跡も残っちゃうし、欠損再生もできないし」
「阿呆か、だれが国宝級のエリクサーの話をしている!」
スタートアップ研究会の業務内容に、ポーション販売が加わった。
「クレア、学園の洗濯物をすべて引き受けているというのは本当か⁉」
「あ、はい。掃除のおばちゃんに頼まれちゃって。水球で包んで風魔法でくるくるすると簡単にきれいになるんですよ」
わたしは指で小さな風を作ってくるくるしてみせた。
「でも火属性がないから乾燥はできないんです。パン屋のおじさんみたいに全属性ならよかったんだけど」
「阿呆か、そいつはお前にタダでやらせて自分は給金もらってるんだろ!」
スタートアップ研究会の業務内容に、洗濯代行が加わった。
「クレア、このお守りを持ってると物理攻撃が効かないんだが⁉」
「あっ交通安全のお守りですね。猫ちゃんの刺繍が可愛いでしょ。今度王都の教会でやるバザーに出そうと思ってて」
「却下だ。これは騎士団に出し惜しみしまくって勿体つけながら高値で売りつける」
「ええ~。ダメですかぁ……」
大した値段にはならないかもしれないけど、ちょっとは助けになれるかと思ったのに。わたしはちょっとしょんぼりしてしまった。
「──『収益の一部は慈善団体に寄付させていただきます』ということにしよう。それでいいか」
アスラン様は、わたしのちょっとした特技を見つけては、あっという間にお金儲けにしてしまう。そんなとき、アスラン様の瞳は小金色に輝いている。
「お前ら何でもかんでもこいつにタダで頼むな! すべてマネージャーの俺を通せ‼」
アスラン様が眦を吊り上げて蹴散らしてしまうので、友達とウィンドウショッピングはまだできていない。
でも、いつもアスラン様がわたしにつきまとっているので、なんとなく寂しくはなくなっていた。
わたしは、自分なんかのやったことで喜んでもらえるなら、別にお金はいいかなって思うけど、そういうのは自分を大切にしない行為だって、アスラン様にすごく怒られる。
几帳面な字で帳簿をつけているアスラン様に、前々から気になっていたことを聞いてみた。
「王子って、第三王子なんですよね。お金がないわけでもないのに、なんでお小遣い稼ぎなんてしてるんですか」
「第三王子だからだ」
アスラン様はわたしにちらりと視線を寄越すと、なんでもないようにまた帳簿に目を落とした。
「王子と言っても側妃腹の第三王子だから、継承権もあってないようなものだ。卒業後は市井に下ることが決まっている。爵位や領地を賜れるかもしれないが、貰ったものを食いつぶして生きるのも性に合わない。だから今のうちに自分の食い扶持ぐらいは稼げるようになっておきたいんだ」
なんだか悪いことを聞いてしまったような気になって、わたしはもじもじした。
「わたし、王子は目も服もピカピカだし、お金持ちの道楽だと思ってました」
「目は関係ないだろう」
アスラン様は気が抜けたようにフッと笑った。
「──まあ、今となっては、それだけでもないかもな。自分がやったことが結果になって返って来るのは、楽しい」
照れたようなアスラン様の横顔を見ながら、わたしはお金持ちとかにあんまり興味はないけど、彼が望むならちょっとくらいは手伝ってあげてもいいかなって。
迂闊にも、そう思ってしまった。
その日はちょっとのんびりした一日で、アスラン様はどこからか調達してきた魚の干物でミケちゃんの気を引いていた。
「使い魔って干物食うんだな」
ご馳走にがっつくミケちゃんを見るアスラン様の目は、案外優しい。
「使い魔じゃないですよ。ミケちゃんはただの猫ちゃんですよぅ」
ミケちゃんはわたしが村を出るときに一緒についてきた猫だ。人懐こいし、優しいし、おとなしいから学園の寮でも大人気だ。
「ただの猫ちゃんがピンク色なわけあるか。だいたいミケってなんだ。全然三毛じゃないじゃないか。もっと他に名前あっただろう。モモちゃんとか、サクラちゃんとか」
「生まれたときは三毛だったんですよぅ」
わたしが村の話をすると、アスラン様はいつも呆れたような顔をする。
「うちはみんなそうなんです。生まれたときは、ほんのりピンクかなー、ぐらいですけど、大人になるにつれてピンクが濃くなります。民族的特徴ってやつですかね?」
「そんな民族がいてたまるか。いいか、最新の研究ではピンク色は魔力過多症の症状のひとつである可能性があるそうだ。アストラル圧力過飽和皮膚反応による体表色相変移理論によれば体内に含有する魔力量が飽和量を越えると──」
「あっまた難しい話してる」
「聞け‼」
アスラン様の、王族らしい手入れされた長い指がミケちゃんを撫でる。毛並みに沿ってミケちゃんの喜ぶところをくすぐる指の動きは、言葉の強さとは裏腹にとても繊細だ。
わたしはなんとなくその指から目が離せなかった。
「ほんとですよぅ。ミケちゃんはかわいいパステルピンクですけど、裏のおばあちゃんちのドラちゃんなんて、最近ピンクっていうよりもう、照り輝いてるみたいな」
「やめろ。想像しちゃっただろ。ピンク色に輝くドラ猫ってなんだよ。可愛がれる気がしない」
アスラン様は指を伸ばしてわたしの髪に触れた。ミケちゃんにしたみたいに優しく撫でられる。
「髪、切られちまったな。ポーションで戻ればいいのに」
「わたしのポーションは欠損再生できないので──」
きのう、怒った女子生徒に絡まれ、髪をちょっと切られてしまったのだ。
「でも、髪はすぐ伸びるから大丈夫ですよぅ」
「──金髪縦ロールだったと言ったな。おそらく第一王子のリーンハルト兄上の婚約者だろう」
「テンプレ乙って感じですね。でもわたし、第一王子様には入学直後に一度会っただけですよ。おもしれー女みたいなテンプレっぽいこと言われたぐらいで、研究会始めてからは、全然」
するりと髪に絡ませた指が頬に当たって、わたしはびくりとした。ちょっとだけ声が上ずったけど、アスラン様は気づく様子もない。
「テンプレ? なんだそれは」
「あっわたし前世の記憶があるんですよ。前は紅葉って名前で、黒髪でモブでした。そこでは第一王子の婚約者は金髪縦ロールっていうのがお約束だったんですよぅ」
「なんだそりゃ。お前の妄想はいつも荒唐無稽だな」
話に気を取られたアスラン様が髪から手を放してくれたので、わたしはほっと力を抜いた。
アスラン様はあんまり人の話を聞かない。
村の話も前世の話も、全部まとめて法螺話として片づけてしまう。
だからアスラン様といると、ここが異世界だってことを忘れそうになる。
クレアのわたしも、紅葉のわたしも関係なく、ただのわたしでいさせてくれるから。
わたしは椅子の背にもたれながら、切られた髪にそっと触れた。
髪切り事件があってから、アスラン様は研究会の業務内容を整理し始めた。
「診療所事業、辞めちゃうんですか?」
「ああ、常に俺がそばに居られればいいが、クレアがひとりで応対する可能性を考えるとリスクアセスメントの観点から問題があるだろう。お前は対象に触れないと治癒はできないんだったな」
診療所事業の業績は好調だったので、わたしを心配してやめてしまうというのは、なんだか申し訳ない。
「すみません。わたしもエリアヒールが使えたらいいんですけど、魔力操作が下手で──。村の神父様はすごいんですよ。きらってして、ぱぁってして、ふぁって。王子にも見せてあげたいです」
「護衛を雇うか。販売間接費のうち増加分の人件費が占める割合を精査する必要があるな。触れている距離となると何かあったとき咄嗟の対応ができるか……。クレア、他に問題になっている点はあるか」
アスラン様はわたしの話を無視して何やら高速で書きつけながら、自分の黒髪をぐしゃぐしゃかき回している。
「あ、そうですね──あの、第二王子様が頻繁に診療所にいらして、悪いところもないのに手を握ってくるのは、ちょっとだけ、えっと──困るというか」
「あんのスケコマシ……!」
アスラン様のこめかみに青筋が立った。
「やめだ、やめ! 診療所事業は廃止、野郎どもはもう近寄らせるな!」
羅刹のような形相で呻くと、手元の書きつけに大きく×を付けた。
「ていうか、第一王子様も第二王子様も、みんな同じ学年なんですね」
三人の王子様は髪色もみんな違うし、三つ子って感じではない。
「まあ、母上がみんな違うからな。リーンハルト兄上は正妃の子、リュシアンは第二妃の子だ」
アスラン様はこちらに目も向けずあっさり答えた。そんなことより目の前の事業計画の方に気を取られているようだ。
「うわぁ。王家の闇、マリアナ海溝より深いですね……」
わたしはアスラン様の瞳が小金色に輝くのを見るのが好きだ。
なのにわたしがポンコツなせいで、こうやってうまくいかないことも結構ある。
「あのぅ、わたしが気をつけたらいいだけなので、大丈夫です。せっかく儲かってるんだし、続けたほうがよくないですか、診療所」
「却下だ。俺は従業員の労働環境や労働安全を考慮せず利益だけを追い求める経営者ではない。──そうだ、女性限定で完全会員制のサロンのみ残すのはどうだ。高級路線にすれば、単価を大幅に上げられる」
わたしは転生してもモブのままで、ピンク髪なだけのふつうの女の子だ。わたしにできることなんて、ほんのちょっとしたことばかりだけれど。
いつかもっと大儲けして、あの瞳を小金じゃなくて黄金色に輝かせてあげたいなあって、わたしはこっそり思っている。
アスラン様はいつもわたしの安全に気を配ってくれているけど、ちょっとしたトラブルはしょっちゅう起きている。
原因はやっぱり「わたしが平民の田舎娘だから」だ。
ポーションや魔石の配達をしたときに『内緒にするからちょっと値引きしてほしい』とか『前はタダでくれたじゃないか』と言われると、わたしはいつも困ってしまう。
でもアスラン様には誰も言わない。高貴で、堂々としていて、断られることが分かり切っているからだ。
アスラン様は絶対に値引きをしない。
「安易な値下げは市場価格を破壊する。『自分だけ』と言っていい目を見た輩は大抵それをひけらかす。それを聞いた奴は当然『じゃあ俺にも』と思う。請ければ相場は暴落し、断れば客を損をした気にさせる。いいか、公平であることは商売人にとって何よりも大切な素養だ」
わたしはいつも曖昧な笑顔でお茶を濁して、逃げるように立ち去るしかできなかった。
その日、魔石を届けた先は、先生の所だった。
先生は一個三ゴールドの内職を断ってから一度だけ魔石を買いに来たけど、その時はアスラン様に追い返されていた。
先生はわたしの魔石が高すぎる、と言ってきた。
「せっかく紹介した仕事も途中で辞めちゃって、こんな値段で商売してるなんて。恥ずかしいと思わないの。今まで通り三ゴールドで買ってあげるから」
そう言われたけど、わたしは魔石をぎゅっと抱きしめて放さなかった。
「これは、皆さんが同じ値段で買ってくださっているので……。ひとりだけ、安くするのは、他の皆さんに失礼になるから、できない……です」
脚はガクガクしたし、涙目になってしまったけど、わたしははじめてちゃんと断ることができた。
アスラン様は先生を永久出禁にすると言ったけど、わたしがキッパリと断ることができないかぎり、同じような事件は続くだろう。
「ドローンとか、あればいいんですけどね」
「ドローン? それはなんだ」
アスラン様が身を乗り出した。
「えっと、ドローンはこう、空を飛ぶ機械で、荷物を載せられたり、写真とか撮ったりできるやつです」
「ふむ。使い魔で代用できそうだな」
スタートアップ研究会の業務内容に、ドローン宅配事業が加わった。




