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BORDER  作者: 鴻上縞
第一部
3/17

二 隠された爪

 早朝──まだいびきがそこかしこから上がる中、ソルは一日限りの簡易ベッドから起き上がると、すぐに異動に伴い支給された戦闘服に腕を通した。これまでいた第六防衛ラインは赤土が多い土地だったが、第七防衛ラインは広がる荒野の手前、切り立った岩石地帯。支給されたカーゴパンツもジャケットも、それに合うグレーのものとなっている。


 自分の荷物を背負い廊下へ出ると、扉の脇で休止モードに入っていたペゴがソルの気配に目を覚ます。

「オハヨウゴザイマス、ソル」

「おはよう」

 少し間の抜けた瞳がソルを見上げる。必要以上に愛くるしいその顔を見るといつも心が軽くなる。側にいない日は、何となく気分が落ち込むほどだ。

 ふとソルは数日前の事を思い出す。思えば第八防衛ラインが陥落した次の日、定期検査の前にイレギュラーなペゴの検査が入った時点でこうなることは決まっていたのだろう。


 ペゴはイルガーデンにいた頃、五歳の誕生日にもらったドロイドである。ペゴもまた検査の対象であり、何も出てはいないがソルと同じく定期的に軍のラボに呼び出され検査が行われる。それはペゴをスクラップにせず、ソルが連れ歩くための条件でもあった。

 生身の人間であるソルと違い、ペゴの検査は乱暴なのだろう。時折ボディや頭部に傷が付いているから。

「さあ、おいで」

 そう言って歩き出すソルを追いかけ、小さな足で左右に身体を揺らし不器用にも小走りで付いてくる様は、幼い子供によく似ている。短い二本の腕を一生懸命振って、今にも転んでしまいそう。ふ、と微笑みらしいものを一瞬浮かべソルはペゴに合わせて足を運ぶ。


 早朝のオフィスにまだ人気はなく、ソルは何に遮られることもなく地下へと向かった。管轄が変わる際に必要となる手続きのためだ。

 このオフィスの地下は武器庫となっている。倉庫前の簡易スペースで机に足を上げ煙草を咥える男にロケットを手渡し、ソルは金網で仕切られた武器庫に足を進めた。立ち並ぶラックに雑然と立てかけられた中から、一つ一つ念入りに状態を確認してゆく。

 私設兵団に渡る武器は粗悪品も多い。狙撃用ライフルは微かな歪みでも致命的だ。そうは言ってもこうして武器庫から武器を持っていく者は、私設兵団に入団したてで戦闘経験のない民間人くらいのもの。傭兵経験が豊富な者は自前の武器を必ず持っているし、戦闘を生き延び経験を積めば手間と自分の命を取って自前の武器を手にする。


 ずらりと並ぶ狙撃用ライフルを見詰めながら、ふと昨日の光景を思い出す。テンが背負っていたものは、TB-20(テンバートン)という狙撃銃だった。極限まで軽量化され扱いやすい反面、一キロを超える長距離射撃には全く向かない。少し経験を積めば誰もが手放す、ルーキー向けの代物だ。

 やはり素人と捉えるのが妥当か、と決め込み、ソルはいつも選ぶライフルを手にした。


 武器を持って男の元に戻り、識別コードをその側の機械に読み取らせる。最後にペゴも抱き上げ同じ要領で読み取らせれば手続きは終わりだ。

 ソルにはサイドアームとして登録したもの以外に武器の所有が認められていない。そのため支給されるものしか使うことができないのだが、弾薬の数まで事細かに管理され軍に送信されている。そしてその中にはペゴも含まれる。おしゃべりをするためだけのドロイドなのに、だ。これもまたこの国でソルにのみ課せられたことだった。


 手続きを全て済ませオフィスの外に出ると、既に軍の輸送トラックが崖の下に伸びる国道で黒い煙を吐いていた。テンはすでにトラックに乗り込んだようで、遠目に帝国では珍しい頭髪が伺えた。

 今日死地とも言うべき第七防衛ラインに旅立つソルを律儀に見送りに出たボリスの表情は、やはり厳しいものだった。

「生きて帰れよ、ソル」

 強く頷き、ソルはペゴを抱えてトラックの荷台に乗り込んだ。


 トラックに高く積まれた物資の隙間が、捨て駒として扱われる私設兵団の兵が身を置ける唯一。ソルとテンの他にも第七防衛ラインという死地に送られる兵は多く、荷台は肩が触れ合うほどの満車となっている。

 その端に陣取って、タイヤに巻き上げられる砂埃から逃れる為ソルはジャケットを頭からすっぽりと被り瞼を閉じた。さすがに眠れはしないが、腕までも組んでいれば誰も触れてはこない。


 車が走り出してからは荒れた道を転がるタイヤの音だけに集中していた。そんな中、時折位置確認がてら瞼を開くと、テンが首を伸ばし流れゆく景色を興味深気に見詰めていた。その姿はまるで若鷹のようだ。気高く澄んだ眼差しで世界を見詰めながら、時折口端を持ち上げ微笑みに似た表情を浮かべている。森の外が珍しいのだろうか。それだけならいいが、やはりソルを侮辱する言葉を選んで吐いたその思考は、呑気な観光と信じるには危険すぎる。

 そもそも帝国は信仰を禁止している。だが森の民には古から続く信仰があるという。だからこそ何故森の民であるテンが帝国の為に戦争になど出てきたのか、やはり不思議でならない。

 銃口の向こうでソルを見据えた金色の双眸を思い出し、思わず身を震わせる。信じるには危険すぎる。帝国に何か不利益をもたらす気なら、排除しなければ。


 睨み付けるように観察を続けるソルの脇の下で、ペゴが小さな駆動音を鳴らした。そっと丸い頭を撫で、ソルは再び顔を上げる。ペゴの地形把握システムが起動したということは、ここからが第七防衛ラインだ──。


 長いこと走り続け、第七防衛ラインの入口にある街でようやくトラックは停車した。荷台から私設兵団の兵達が全て降りると、トラックは砂埃を巻き上げそのまま軍の駐屯地に向け走り去って行った。


 ここ第七防衛ラインのオフィスは、ソルが今までいた所と外観も規模も大差はない。長い戦争の傷痕が少し多い程度だ。人の流れに乗って二人もオフィスに入ると、出遅れたらしくすでに廊下には手続きを待つ長い列ができていた。

 どれくらいかかるかと思案するソルの脇で、テンは早々に床に腰を下ろしペゴの丸いボディを触っている。

「可愛いな」

「ワタシハペゴデス。アナタハ」

「テンだ。君の友達の相棒になる。よろしく、ペゴ」

「ヨロシクオネガイシマス、テン」

 人形遊びと揶揄したくせに、ペゴを一個人として扱うその口ぶりは一体なんだ、と苛立ちながら、ソルは行列の先に目をやった。この分だと十五分程度だろう。


 その予想通り少し待ってから二人は手続きが行われる部屋に足を踏み入れた。中には簡易パテーションで仕切られた五つのブースがあり、ソル達が名を告げると年若い女性が待つブースへと誘導された。

「新設されるh-11からh-19地点までを担当するオペレーターのミシェットよ。よろしく。h-17配置のソルとテンね。IDを出して」

 自分の名を告げ、二人はロケットを手渡す。それと共にソルは耳にさしていたピアスを外しミシェットの前に置かれた銀色のトレーに乗せた。

 それは戦地に立つ者へ一律に配られるカメラ付きの通信端末だ。長らく続くこの戦争で、じわじわと防衛ラインが押され始めた現状を打破するため軍が始めたもの。


 手際よくそれをスキャンし素早くキーボードを叩きながら、一瞬ミシェットが眉を寄せる。

「俺のデータは都度軍に送る決まりだ。今渡したものもすぐに送ってくれ」

 その表情の意味を察して先手を打つソルを驚いたように見上げ、ミシェットが曖昧な笑みを浮かべる。

「ああ、ええ、そうなっているわね」

 通常は週に一度ログを回収する。だがソルのものだけは都度軍へ送られる決まりになっていた。監視カメラの赤い光と同じ。ソルだけは、いつでも軍の監視下に置かれている。


 ミシェットはまだ新米のオペレーターのようで、ソルの待遇を知らなかったのだろう。困惑を隠さず瞳を彷徨わせた後、ID情報の中にずらりと並ぶソルの経歴をもう一度よく見直し納得したように息を呑んだ。

 この反応も、慣れている。イルガーデン出身という不穏。たった一人帝国で生かされているという異質。


 取り繕うような早口でマニュアル通りの説明を終えると、二人に向かい小指の爪ほどの新しいピアス型無線機を差し出して、ミシェットは微笑みを無理に浮かべた。

「テンは初めての配置ね。無線機の使い方と地点での詳しい説明はソルから教わって」

「了解」

 兵士を気取りテンがどこか砕けた調子で返事をし、異動の手続きは完了した。


 手続きを終えた者から次々とオフィスを出て、このままそれぞれが配置された地点に向かう。第八防衛ラインの陥落と共に最前線となり、第七防衛ラインに新しい狙撃陣地が追加された。今回のソルの異動もそのためだろうとは、冷静になってから納得した。同じ境遇の者たちが割り振られたジープに乗り込み出発してゆく中、二人もまた街を後にした。


 小高い崖の上が二人の配置されるh-17地点となる。その麓に向かう車中──タブレットで周辺の地形を確認しながら、ソルは車窓を流れる風景ばかりに気を取られるテンを横目に、唐突に説明を始めた。聞いていようがいまいがどちらでもいい。

「無線機はそのままピアスだと思って着けておけばいい。特にこちらですることはない。骨伝導になっているからオペレーターの指示は勝手に流れてくるし、そのまま喋れば会話ができる。普段はオペレーターの善意で回線を切っているから、こちらから発信したい場合は爪で二回軽く叩けば強制的に繋がる仕様になっている」

 一息に説明するソルの言葉に頷きながら、テンが足元で熱心に聞いていたペゴを抱き上げる。何故なのかと一瞬気を取られそうになったが、あと五分もすれば到着してしまう。早いところ説明を済ませたい。

「配属された地点で七日間のキャンプを行い、一度オフィスに戻る。物資の補充と二日間の休養をして、再び配属地点で七日間。それが私設兵団の基本スケジュールだ」

 質問は、と問うと、ペゴの頭部から飛び出すアンテナに興味を示していたテンがソルに視線を向ける。

「二日も空けていいのか」

「地点を空にしても大きく問題はない。隣接する地点が防衛範囲をカバーすることになっている。逆も然りだ」

 なるほど、と頷き、テンはペゴに視線を戻す。ペゴもまたソル以外の人間に構われるのは稀なこと。丸い瞳で熱っぽくテンを見つめているような気さえしてくる。

「それと、ペゴに馴れ馴れしく触るな」

 一瞬ソルを振り返り瞳を丸め、テンは悪戯っぽく肩を竦めて笑う。

「意外と嫉妬深いんだな」

 馬鹿にされた気になって、それきり二人は言葉を交わすことはなかった。


 崖の下でジープを下され、重い荷物を背負って崖を登りきると、気持ちのいい風が汗を撫でた。頂上はごろごろと岩が転がってはいるが、概ね平らでテントも問題なく張れそうだ。それなりの広さもあり、いい拠点になる。


 眠る時は交代のためテントはひとつ。それにほぼワンタッチで設置が可能とあって、ソルは一人黙々とテントの設置を進めた。その間テンは何をしているのか、周囲の手頃な岩を運んできては並べている。森の民の儀式かなにかかと横目で観察していると、人好きのする笑みがソルを振り返る。

「どうだ、よくできた食卓だ」

 何を言っているのだと瞳を細め、ソルはこれ見よがしなため息を吐いた。

「支給された戦闘糧食(レーション)を見てみるといい」

 言われリュックの中から銀色の包装に包まれた固形物を取り出すと、テンはあからさまに眉を寄せた。

「それが一週間の食事だ。安心しろ。味は五種類ある」

 傭兵経験が少しでもあれば、戦闘糧食(レーション)がエナジーバーなことくらい分かっているはず。それなのに呑気に食卓で食事をしようとしていたということは、やはりこの男は戦闘経験もない、ただの間抜けな素人だ。そう胸の内で毒づきながら、ソルは崖の端に立ち周囲を見回した。


 眼前には不揃いな岩山をいくつも抱いた荒野が広がっている。見通しはいいが、季節柄まだ葉のついた木も多い。何より地面を舐める砂埃で視界は霞み目視での索敵は骨が折れるが、いい地形だ。


 これから毎日見詰めることとなる荒野を見渡しながら、ソルは考えていた。

 実を言えば第八防衛ラインの脆弱性は散々指摘されていた。森の中にあり、軍ではなくこんな素人同然の私設兵団が主だって防衛していたからだ。それでもなんとか食い止められていたものが、突然どうして三日で陥落したのか。早く解析が知りたいものだ。

 ここは第八防衛ラインに比べると圧倒的に帝国側が有利な地形だが、それにしても未知を前にするとやはり背筋がぴりぴりと痺れる。気を引き締めなくては。


 切り替えたソルが素早く拠点を整え、マイペースなテンもようやく配置についてから僅か一時間後のことだった。

「h-17地点の半径二キロ範囲に複数の聖骸(せいがい)反応を検知したわ。周辺を警戒して。必要ならば処理を」

 ミシェットの声が骨を伝って響く。テンの無線機も機能しているようで、素早く双眼鏡を覗き込むソルの横で僅かに首を伸ばし、独り言のように呟いた。

「新しい神兵(しんぺい)かな」

 神兵──そのテンの言葉が胸に引っかかる。確かに正式名称だからおかしくはない。だがそれは共和国側の呼称だ。今帝国側に神兵と呼ぶものがいるとすれば、研究者くらいのもの。すでに聖骸という蔑称で通ってしまっている。それに、新しいとは──。

 思考に呑まれそうになった瞬間、ふとソルは我に帰り、注意深く周囲を見渡した。今はそれどころではない。

 狙撃手としての評価は高いが、元来長く経験を積んだものがなる観測手としては未熟。それは自覚している。風を読み、距離を正確に把握して狙撃手に指示を出さなくてはならない。しかも相手は素人だ。よりしっかりとした指示を出さなければ。


 二キロ四方をくまなく探しているうち、岩山の近くに人影を見付けた。

「北西四十度、七つ目の岩山の西に聖骸の小隊を捕捉」

 その声にテンが腰を落とし、何を思ったかライフルを構えようとしている。相変わらず動作の音はないが、ちらりと横目で見やりソルは思わず嘲笑を漏らしそうになる。ひどい構えだ。そんな構えでは軸がブレてまともに当たらない。何よりTB-20(テンバートン)でこの距離を狙おうなど、やはりとんだ素人だ。

 けれどどこかでちりちりと不穏が揺れる。その瞳のせいか。気のせいだと振り払い、ソルは荒野に向き直った。


 小隊は、隊列も組まず呑気に歩いている。索敵範囲外なのか、こちらに気付いている様子はない。ソルは観測手として伝えるべきことを頭で素早くまとめてゆく。

「十体の小隊だ。距離は1500。風は弱いがまだ測りきれんな。このまま行けば見通しのいい平地に出る。もう少し引き付けて──」

 流れるようなソルの言葉を遮り、突然破裂音が鼓膜を殴り付けた。同時に小隊のうち一番後ろを歩いていた聖骸の頭が吹き飛び、真紅の飛沫が散る。何が起きたのか把握するより早く、隣で小さな舌打ちが漏れた。

「少しズレたかな」

「少し……?」

「ソル、吹き飛んだ頭の中に何が見えるか教えてくれ」

 自分で投げた答えも待たず、テンがボルトハンドルを素早く引いて戻す。排出された空の薬莢(やっきょう)が硬い岩肌に当たる音にソルが意識を取られていると、再び銃声が轟く。慌てて双眼鏡を覗き込み事態を把握しようと躍起になるが、思考が追い付かない。

「吹き飛んだ、頭の中──」

 混乱している隙にまた一発。ソルが小隊を再び捕捉したときには、三体の聖骸が大地に横たわっていた。一体テンは何が知りたいのか、吹き飛んだ頭の中を必死で覗き込もうとするが、残る聖骸が倒れた仲間に集まり隠されてしまった。しかし心配し駆け寄るその様はまるで、人間だ。

「仲間の心配をするのか」

 そう呟いたテンは愕然とするソルを仰ぎ、どこか悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「その肩に担いでいる立派なものが玩具じゃないのなら、早く構えたらどうだ。君も手伝ってくれれば一体くらいは俺が楽できる」

 その煽る言葉にも、ソルは反応することができなかった。


 アカデミーで叩き込まれたニーリングフォームとは全く異なる射撃姿勢。基本を無視した滅茶苦茶な構えははっきり言って素人だ。だが一切重心のブレがないのは、この姿勢が最も自分や、もしかすれば足を置く地形に適していて、かつ既に幾度もこれで死線を超えてきたからだろう。

 何が素人だ。ボルトアクション式のTB-20(テンバートン)で可能な最速連射、しかも一キロを超える的を狙い、誤差が僅かだと──そんなもの、並大抵の腕では不可能だ。


「h-17、聖骸の反応が全て消えたわ。どういうこと、状況の説明を」

 ミシェットの声がわんわんと響く。目の前の状況を前に、薄く開いた唇が戦慄いた。

「……殲滅した」

「え、なに?」

 テン、たった一人で──。


 どうやって距離を測った。どうやって風を読んだ。アカデミーで叩き込まれたどんな理論にも当てはまらない。まるで、歴戦の狩人だ。

 素人だと嘲笑った自分を呪いたいほどだ。大袈裟ではない。この男は、本物の化け物だ。

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