五 軋む荒野
二人は七日間の荒野の防衛を終え、再び街へ帰還した。ソルの気持ちは相変わらず落ち着かず、胸の内に乾いたざらつきが残っていた。
テンの言う通り、神兵を撃つたび胸は痛む。聖骸などと侮蔑してきた自分さえ恥じるほどに、彼らを理解してしまっている。
だが、生まれ育った国と唯一信じてきた道を疑うことは容易ではない。自分の根底を否定する行為だからだ。
それでも少しずつ、ソルはその輪郭に触れ始めていた。テンが隣にいる、その信頼と安堵のもとで。
オフィスでの手続きを終え、宿舎に帰って一息ついた頃。ソルはいつも通り手早く身支度を整えた。
「少し出てくる」
向かいに声をかけると、ベッドに寝転んで煙草を咥えていたテンが身体を起こした。
「いつもどこへ行くんだ」
テンの少し慌てた様子に驚きながら、ソルは足元で見上げる丸い頭に視線を落とす。
「ジャンク屋だ。ペゴの部品とか、何かペゴに組み込めるいいものはないかと思って」
「俺も行っていいか」
煙草を揉み消し、テンが立ち上がる。その迷いのない言葉に、ソルは小さく瞬きをした。
これまでは、互いに干渉せずにいたはずなのに。初めてテンがその線を越えようとしている。それが何故だか嫌ではなく、ソルは静かに頷いた。
入り組んだ路地裏にある馴染みのジャンク屋は、今日もひどく埃っぽかった。所狭しと積み上げられた古い機械の部品。錆びた鉄と、乾いた機械油の匂い。それはペゴと同じ匂いで、ソルがこの国で唯一呼吸を緩められる場所でもあった。
テンが興味深そうに店内のガラクタを眺めている間、ソルは店の奥へと進み、やがて壁際に置かれたショーケースの前で足を止めた。
ガラスの向こうに、一丁のライフルが飾られている。細身で滑らかな銃身。スマートでありながら重厚感のあるデザイン。それに魅入られたように立ち尽くすソルの隣に、いつの間にかテンが並んでいた。
「欲しいのか」
テンの静かな声に、ソルはガラスを見詰める瞳を微かに細めた。
「憧れていた。ボルトアクション式の到達点だ」
ガラスの表面に、自分の顔が薄く反射している。このショーケースの前で、かつては悔しさに奥歯を噛んだ。
「けれどこの飾り棚から出た瞬間、これは人の命を奪う武器になる。俺は何故これが欲しかったのか、今は分からないんだ」
神兵の満ち足りた笑みが、荒野に膝をつき死を前に祈る姿が、脳裏を掠める。人を殺すための道具を美しいとさえ思っていた過去の自分が、今のソルにはひどく遠く、恐ろしいものに感じられた。
自嘲するように吐き捨てたソルの言葉を、テンは否定しなかった。ただ静かに隣に立ち、同じようにショーケースの中の鉄の塊を見つめている。
不意に足元で小さな駆動音が鳴った。視線を落とすと、ペゴが小さな部品を手にソルを見上げている。
「ペゴが新しいパーツを欲しがっている」
腰を落としペゴの頭を撫でながら、テンが苦笑混じりにそう言う。張り詰めていたソルの肩からふ、と力が抜けた。
ソルもまた目線を合わせペゴの握るものを見ると、新しいアームに使えそうなパーツのようだ。
「勝手に持ってきちゃダメだ」
「スミマセン、ソル」
汚れた布が握られた、窓拭きドロイドのものだろうか。
「これは?」
「ソルノナミダヲ、フキタイノデス」
つぶらな瞳に見詰められ、ソルは思わず喉を詰まらせた。気を抜けば涙が滲みそうで、慌てて咳払いで誤魔化すソルの肩に、テンの大きな手が触れる。
「本当に相棒思いだな、ペゴは」
優しい笑みに頷いて、ショーケースに背を向け、ソルはテンと共に歩き出した。
これまではペゴと二人きりの人生だった。けれど今はテンもいる。共に食事をし、同じ高さで言葉を交わす。それだけのことが、ソルの乾いた心にひどく沁みた。
休暇を終え、再び配属地点での生活が始まる。相変わらずソウゴの影響は感じられず、戦況にも大きな変化はない。
そんな停滞の中、ソルはテンが語る異国の文化に耳を傾ける日が増えた。帝国の歴史と戦争しか知らなかったソルには、そのどれもが新鮮だった。
けれどミシェットからの通信が、そんな二人の穏やかな会話を断ち切った。
「h-17、二キロ圏内に聖骸反応を検知。単独よ、警戒して」
「了解」
素早く態勢を整え、ソルは双眼鏡を覗き込む。
もう西陽が長い影を荒野に描いている。間もなく日没。日が落ち切る前に処理しなければ。テンは夜目が効かないのだから。
西へ流れる風の中、一キロ先の岩陰からふらりと人影が姿を現した。ミシェットの言う通り単独型のようだ。陰から抜けた神兵が西陽に晒された瞬間、双眼鏡を握り直したソルの指が、ぴたりと凍りつく。
他の神兵とは違う服に身を包み、肩で整えられた薄い栗色の髪を靡かせた、大人になる直前の少女──。
呼吸の仕方を忘れ、ソルは双眼鏡を下ろすこともできずに硬直した。
「ソル」
異変を察したテンが声を掛ける。ソルは何も言わず、テンに双眼鏡を手渡した。訝しげに眉を寄せながらも、テンは双眼鏡を覗き込む。彷徨っていた焦点が合った瞬間、隣で息を呑む気配がした。
「アイリス──」
掠れたテンの声を聞きながら、ソルは軋むほど強く震える指先を握り込む。
恐れていた。けれど、確信はあった。いつかこの日が来ることを、ソルは知っていた。




