第九十七話 魔道ジャグの性能が上がりました~ダッシャーもアンセルに甘々~
保冷とその魔力増強、節電スイッチの魔法陣が刻まれ、その眩い光が収まったとき、商人ギルドが放置したテーブルの上に、美しく磨き上げられた7個の『魔導ジャグ』が、整列していた。
魔導回路の繋がったジャグの内部は、じわじわと冷え始めている。
だが、ダッシャーの組み込んだ【節電スイッチ】の真骨頂はここからだった。ジャグの内部は適度な保冷に留め、コックをひねって飲み物を注ぐその一瞬だけ、魔石の力を解放して「キンキンに冷えた極上の温度」へと瞬間冷却して注ぎ出すという、驚異的な省エネシステムが仕込まれていた。
「わぁ、本当に素敵だよ。ダッシャー、ありがとう!」
更には、二重構造の隙間に仕込まれた火山岩プレートから放たれる精密な冷気が、ジャグの内部に自然な熱対流を引き起こしていたのだ。冷やされた液体が底へと沈み、押し上げられた液体が再び冷やされる――その目に見えない穏やかな循環が樽の中で常に起こり、中身を優しく混ぜ合わせ続けている。
「はあ、すごいね。中身が勝手に混ざり続けるんだ! これなら飲み物が分離したり、底に沈殿したりする心配がまったくないんだね」
感心しながら、テーブルの上にずらりと並んだ10リットル用のジャグのうち、まずは1個目を両腕で抱え上げて、手前に持ってくる。使う前の洗浄だ。
「うっ、よいしょ……。やっぱり火山岩のプレートがみっちり詰まっているから、中身が空っぽでもさすがにズッシリと重いなぁ……」
「うぬ……」
「よし、『レイ・クリーン』!」
光が「チチーーッ」と走り、ジャグの中がキレイに洗浄される。
「よし! 次だ。んんん、よいしょっと……」
「お主には重かろう、少し待て」
「重いけど……。でも中身が少ない時に軽すぎて倒れるのは困るよね。だからこれには『浮遊魔法』を掛けてって言わなかったんだよ」
「そんなことは造作もない、任せておけ」
言うより早く、ダッシャーが羽ばたきを一つしてみせた。
聖なる風が7個のジャグを包み込み、木製コックから内壁の火山岩プレートにかけて、再び目に見えない光のノミが走る。
質量をちょうどいい塩梅に軽くする『軽量』の回路。そして、コックの天面にはめ込まれた氷魔石を『上から押し込む』ことで起動するスイッチとともに、氷魔石の放つ冷気の泡で樽の内側の汚れを一瞬にして凍らせて粉砕し、跡形もなく洗い流してしまう『氷結洗浄』の魔回路が、もの凄いスピードで追加で書き込まれていった。
「ええっ!? ダッシャー、今の一瞬で魔法陣を書き足しちゃったの!?」
「だから造作もないと言ったのだ」
「おいおい……魔法の使えねえ一般の奴らでも、魔石を押すだけで『氷結洗浄』なるものが発動するってのか!?」
ルシアンさんが驚愕した顔でジャグを見つめる。
「……驚くべきは、この魔道具の便利さだけではない。何より、アンセル殿の不便さを即座にダッシャーが感じ取り、それを上回る魔回路に一瞬にして書き換えてみせたことだ。やはりダッシャーは……我ら人間をどこまでも深く見守ってくれる、慈愛に満ちた聖獣様なのだな」
セオドア王は震える声を絞り出すようにして、ただただ感嘆の息を漏らした。
不遜でぶっきらぼうな言葉の裏に、人知を超えた全能の力と、どこまでも深い『慈愛』を隠し持っている神獣。主である少年が願ったほんの僅かな理想を叶えるためだけに、大いなる奇跡を嬉々として捧げているその姿は、セオドア王にとって、あまりにも懐かしく、愛おしい光景だった。
かつて、自分がまだ若く、隣国デルポフにされるがままだったこの国を憂いて、父王に反発し、それでも必死に前を向こうとしていたあの頃。
セオドアの隣にも、確かに同じように寄り添い、その優しさで幾度も自分を救ってくれた『絆』の日々が刻まれていた。
「ふふ、まあ……あの頃の私はまだ可愛い少年だったし、ダッシャーもペガサスユニコーンの姿だったがな」
セオドア王はクスリと悪戯っぽく笑いながら、愛おしそうに目を細めた。
その視線の先には楽しそうに笑いあう二人と、可愛い子供たちが居た。
国の未来を背負う大人たちの張り詰めた空気とは無縁の、あまりにも平和で温かいその光景。
「あの頃のお前は弱々しい少年だったが、少しは王らしくなったではないか」
ダッシャーの声がセオドア王だけに聞こえた。
「さぁ、この中に何を入れたい?」
「「ミルクぅ」」「我はコーヒーだ!」
「ミルクは無理かなぁ。カフェオレは何とかなると思よ」
ダッシャーに作って貰った『魔導ジャグ』は全部で7個。ここの木材積載場所と荷下ろし場所の王宮側の2か所に給水所は必要だろう。
「ここと王宮の……どこに木材を下ろすんでしたっけ? シアンさん」
「大通りに面した、かつての『王宮エール貯蔵所』ですよ。広いし、元々がエールを仕込んだり保管する場所だったので、作りは強固です」
「ここから一気にそこまで走るんですよね? 人とお馬さんの休憩場所はこことそこの2か所で良いですか?」
「それで十分でしょうね」
「ところで、この道はどうしたんですか? またダッシャー様の魔法一閃で作り上げられたのでしょうか?」
「それな、俺も気になってたんだ」
シアンさんの投げかけに、ルシアンさんが同調する。
「えっと、それは聞かない方が良いと思いますよ」
「そうだな、私もこの目を疑う光景だった」
「ふんっ!」
「じぃじの森の木さんたちなの」
「あっ……」
しまった、またダッシャーの機嫌が悪くなっちゃう……。チラッと横目で様子を伺い、続けた。
「あ、えっと、森の木にダッシャーが作った魔水が掛かっちゃって、それでトレントになったんですよ。あはは」
「トレント、ですか?」
「冗談としても笑えないし、冗談ではないとしたら、もっと笑えないな」
「あは、あはは」
乾いた笑いしか出てこない。
「さ、さて、カフェオレの準備をしようかな」
「では私はシアンと共に、小さな魔石を用意しに一旦王宮に戻るとします」
「王宮に戻られるのでしたら、飲み物の材料を入れておく入れ物をお借りしたいのですが、何かありますか?」
「飲み物用の陶器の水差しがいくつかあると思ったな。シアン、トトに用意させてくれ」
「えぇ、トトも喜びます」
「じゃあ、俺はここに残って、木材の積み込みの指示を出すとするわ」
「飲み物の準備が出来たら、『王宮エール貯蔵所』に回す様にしますね」
最初に用意したフルーツを半分だけシアンさんに渡して「お馬さん用」と釘を刺した。
残り半分はルシアンさんに渡して、荷積み中の休憩をしているお馬さん達にあげに行って貰った。
「ダッシャー、一応『意識共鳴』をお願い」
意識阻害の空間を作って貰い、中に入るとアイテムボックスのスーパーサンタを開く。
追加のフルーツにカフェオレ用のベースと牛乳に……。
「うん、やっぱりスーパーサンタには在庫があまりないみたいだな。フルーツだけ買って、他はホームサンタで箱買いした方が良いかな」




