第九十六話 冷え冷えの『魔導ジャグ』が出来ました~二人の思い出の魔石~
ダッシャーが作ってくれた、究極の調理魔導具【星青の天盤・ゼロ】をじっくりと眺める。
「……本当に、綺麗だなぁ」
思わず見惚れて呟いてしまう。
そんな僕の、のんびりとした空気とは裏腹に、ただ一人、真剣に一点を見つめているセオドア王が口を開いた。
「あ、アンセル殿……! この底板の裏を見てくれ……!」
そこには、ダッシャーが木を加工した瞬間に刻み込んだ、重力を制御するための美しい幾何学模様――『浮遊の魔法陣』と、その中心にポッカリと開いた、小さな『魔石用の穴』があった。
「ダッシャー、これは何の魔法陣? 【星青の天盤・ゼロ】の魔法陣に似ている気がするけど――」
「あぁ、同じだな」
「これも浮遊魔法で軽くなる様にしてくれたってことみたいですよ」
「アンセル様よ、そいつはかなり助かるな。樽自体の重さがザっと見て100kg、それに水をたっぷりと吸ったクレイだろ? 1樽で400~500kgにはなるんじゃないか?」
「それは……動かせる人がいるのかな? ってなっちゃいますね」
「ですが、クレイ樽は100個を用意しているのでしょう? それほどの魔石をアンセル殿は持っているのですか?」
ルシアンさんの解説に、セオドア王は魔石の心配をする。僕はそんなものは持ってません。
「あ! さっき【星青の天盤・ゼロ】に使ったスカイ・サーペントの『飛天の純鱗』ならたくさんありますよ!」
「いやいや、あれだって『天臨の核鱗』ほどではないとしたって、我が冒険者ギルドが買い取りを渋った代物だぞ」
「テオよ、小さな魔石はお前の宝物ではなかったか?」
ダッシャーからの問いかけに、セオドア王の脳裏に、遠い過去の、愛おしい記憶が鮮烈に蘇った。
◇◇◇
まだ幼い頃のセオドアと、その側近であるシアン。二人はよく泥だらけになって川遊びをし、水底できらきらと輝く、小さな小さな魔石を見つけたのだった。
「シアン、見ろ! 光る石だ!」「すごいよ、テオ! こんなにたくさん」
「ドラゴン様の山からの贈り物だな」「これ、僕たちの宝物にしよう!」
私の投げかけに、シアンは楽しそうに頷いた。
◇◇◇
あの時、少年だった二人が笑い合い、古びた宝箱に大切に仕舞い込んだ、思い出の『極小魔石』。使い道もない「子供のガラクタ」として忘れ去られていたあの思い出の石が、今まさに、この国を救う100個のクレイ樽を浮かせるための、最も価値ある『奇跡の心臓』として完璧に合致したのだ。
そして、思い出した。かつて、この話しをダッシャーに笑いながら語ったことを……。
――ンヒヒヒィィン!
遠くからパドラスの嘶きが聞こえる。シアンさんが戻った様だ。
「シアン……! 覚えているか? 私とお前が昔、川遊びで見つけた、あの宝箱の小さな魔石を!」
「陛下! 1回目の10樽分の木材、無事に下ろし終えて戻りまし――って、え? 川遊びの、あの極小魔石ですか!?」
1回目の運搬を急いで終えて、肩で息をしながら戻ってきたシアンさんが、セオドア王の弾むような声に目を丸くする。
「えっと、何に使うのか分かりませんが、あの魔石なら私の執務室に大切に保管してありますよ?」
シアンにとっては王との大切な思い出の品だ。
「そんな大切な物なら、使うのもったいないじゃないですか。やっぱりスカイ・サーペントの『飛天の純鱗』を使いましょうよ」
「え? え? 何に『飛天の純鱗』を使うんですって?」
「ダッシャーの加工してくれたこの木樽にだ」
「中身を入れたら重くて動かせないので、浮遊魔法を掛けるのに、小さくて良いので何か浮遊系の素材が欲しいんです。でも魔石じゃなくて鱗でも良いんですよ」
「いやいやいやいや、ちっぽけな魔石とスカイ・サーペントの『飛天の純鱗』と一緒にしちゃダメですよ!」
「思い出はお金じゃ買えないです」
「っ! 今すぐ持って参ります!」
高価な素材を100個も使うのはもったいないと、シアンさんが休憩もせずに王宮へと戻ろうとするのを引き留めた。
「それは樽が出来上がってからで良いので、その前に少し休憩してください」
「ですが……」
「パドラスは行くの嫌だって言ってますよ?」
「ンッヒンッヒ!」
とりあえず飲み物の用意をして、皆さんとお馬さん達に休憩して貰わないと、倒れたら大変だ。
「ルシアンさん、『氷属性の魔石』を出して貰っても良いですか?」
組み上がった『魔導ジャグ』の保冷機能が使える様にする。
「あぁ、だが本当に小さいぞ」
「ありがとうございます。小さくていいんですよ。ねぇダッシャー?」
「あぁ、なくても良い位だ」
「でも魔石がないと保冷時間が短くなるんじゃないの?」
「それはそうだがな」
「ダッシャーが凄く良いの作ってくれたのは分かってるけど、せっかくルシアンさんが持って来てくれたんだから、使おうよ」
「少しは俺にも手助けさせてくれよ」
ルシアンさんが話しに入ってくる。
「そやつの顔を立ててやるか」
「うん、ありがと」
木製のコックが装着された、二重構造の『魔導ジャグ』にダッシャーが【遮熱結界】と【魔石スイッチ】の魔法陣を刻み込んで行く。
ダッシャーの目が青く輝き、前脚の蹄を地面へとトン、と叩く。
次の瞬間、木製コックのすぐ真上の木肌に、目に見えない光のノミが走るかのように、小さな氷魔石がカチリと収まる『円形の小さな受け口』が削り出された。
それと同時に、ダッシャーの鬣から柔らかな魔力が溢れ出すと、精密な【遮熱結界】と【魔石スイッチ】の魔回路を、光の文字として木肌へと深く刻み込んでいった。
職人が何日もかける高度な魔導回路の構築が、神獣の手によって、わずか一瞬で完璧に彫り上げられていく。
「そこに魔石を嵌めよ」
ルシアンさんから受け取った、吹雪うさぎの青白い氷魔石を小さな穴へと嵌めていく。
――カチ、カチリ、カチャ……。
――キ、キィン……。
その瞬間、ダッシャーの刻んだ魔法陣がまばゆい青い光を放って、木肌の奥へと吸い込まれるように馴染んでいった。魔石のスイッチが入り、溢れ出た冷気が、二重構造の隙間に仕込まれた『遮熱・魔力増幅プレート』を瞬時に伝わっていく。
「よし! 後はこの中に飲み物を入れれば準備は完了だ」




