第九十五話 最重要の溶岩プレートは最上級でした~アンセルへの畏怖~
ダッシャーの作り上げた焼肉プレートは、【温冷の調律器】をすっぽりと覆い、さらに一回り大きく切り出された特大の『最上級溶岩プレート』だった。
「せっかくだから【温冷の調律器】を出して乗せてみようか」
「焼肉か!?」
「お肉ぅ」「食べるのぉ」
「いやいや、ここで火を使うのはダメでしょ? また後でね」
キョロキョロと周りを見回して、知らない人が近くに居ないことを確認すると、アイテムボックスから【温冷の調律器】を取り出した。
天板の花柄の幾何学模様がとても可愛い。
「おっと! 俺は近づいちゃあいけないヤツだな」
ルシアンさんが少しだけ後ずさりをした。
ベルちゃんとらんちゃんから零れた『涙のしずく』が電力として使われているために、僕以外の人が触れると拒絶し、最悪の場合、どうなるか分からない。
ダッシャーの神獣としての美学とこだわりが、たくさん詰め込まれた『特製溶岩プレート』。
300度の超高温になるプレートの周囲には、進化した『月桂魔樹(ローレル・ウッド』で作られた、頑丈な安全ガードがぐるりと1周、嵌め込まれていた。
安全ガードの左右には、『白檀魔梛』の芯材から削り出された、手になじむ美しい持ち手が飛び出していた。
魔樹のガード、そして持ち手が、まるで伝統木工の組木のように、カチッ! と完璧な噛み合わせで一体化していた。
「スカイ・サーペントの『飛天の純鱗』を持っているか?」
ダッシャーが狩ったスカイ・サーペントの素材だ。確か値段が高すぎて冒険者ギルドで買い取りを拒否されたから、そのままアイテムボックスにしまい込んだ気がする。
「えっと、見てみるからちょっと待ってね」
今更ながらダッシャーの陰で、小さく開いたアイテムボックスの中をコソコソと探す。
「あったあった。全部で242枚あるよ。何枚欲しいの?」
「2枚でよい。だが、ひときわ黒く輝くあの2枚だ」
「『飛天の純鱗』の中に『天臨の核鱗』が2枚だけあるけど、これかな?」
アイテムボックスから取り出したそれは、他の純鱗のどれとも違う輝きを見せた。
大蛇の心臓の真上からしか採れない、わずか2枚の最上級鱗『天臨の核鱗』。通常の純鱗が「昼の青空」なら、この核鱗は深く澄み切った「夜の星空」だった。厚みのある美しい六角形の結晶は、中心に向かって吸い込まれるような深い藍色をたたえ、その奥底で星屑のような銀の粒子が、光の角度によって真珠のように妖しく虹色にきらめいている。
ダッシャーの魔法で「ふわり……」と宙に浮いている、削り出されたばかりの『特製溶岩プレート』。その左右の持ち手の側面には、細い横スロットが刻まれていた。
「そこに『天臨の核鱗』を嵌めてみよ」
「まさか、このプレートにその国宝級の希少素材を使うのか?」
『飛天の純鱗』の金額査定をした、冒険者ギルドのギルマス・ルシアンさんが驚いた声をあげる。
「ルシアンさん、持ち手に嵌めるので、下からプレートを押さえてもらえますか!?」
「お、おう、任せときな!」
ルシアンさんが一歩前に踏み出し、浮いているプレートの真下から両腕を滑り込ませてガシッと支えた。
その瞬間、ダッシャーの魔法が解かれ、35キロにもなるその質量がルシアンさんの両腕に、ズッシリとのしかかる。
「うおっ! こいつは重てぇぞ。急いでくれ」
「は、はいっ!」
核鱗の端を持ち手に作られたスロットに当て、横からすっとスライドさせて滑り込ませた。
――カチリ、カチリ。
――ッキィィィィーーーン。
涼やかな魔力の駆動音が響き、ダッシャーが削り出しておいた『浮遊の魔回路』に淡い青い光が走った。
「アンセル様よ、早くしてくれよ。重たいって」
「あれ? 回路は繋がったよね?」
「お主が持ってみよ」
「はっ? 待て待てっ! まさかこれもアンセル様専用で、また俺は痛い目を見るってこたぁ無いよな!?」
ダッシャーに言われた通りに持ち手を両手で握り、持ち上げる。
「カチッ」
持ち手部分がほんの少しだけ内側に傾く可動構造だ。
「へぇ、凝った造りだね」
「おいおい、やけに軽くなったぜ? アンセル様のどこにそんな力があるんだ?」
ルシアンさんが驚きながら、プレートを支えていた腕を抜いた。
「え? 全然重くないよ。ルシアンさんの演技だった訳じゃないですよね?」
「フフン!」
ダッシャーが自慢げに鼻先を上に向ける。
どうやらその持ち手には驚くべき仕組みが隠されている様だ。
左右の持ち手を両手で握り、持ち上げようと力を込めると、持ち手が「カチッ」と内側に傾く。
この傾きが物理的なスイッチとなり、裏面に書き込まれた重力制御回路へと『天臨の核鱗』のパワーが一瞬で流れ込む。
すると浮遊魔法がONになり、30キロ以上ある重厚なプレートが、まるで羽毛のように「フワフワ」と軽くなり、力のない僕でも楽々と持ち上げることができた。
更にこれを【温冷の調律器】の天面に載せて手を離すと、自重で持ち手が「ストン」と元の位置へと下がり浮遊魔法が瞬時に完全OFFになり、プレートは本来の重厚さを取り戻した。
クッカーの魔力と完璧に噛み合い、天面にしっかりと固定されるのだ。ひっくり返る心配が一切ない、究極に安全な仕様だった。
神獣ダッシャーの素晴らしい技術と最高級の鱗(天臨の核鱗)が完璧に合わさり、究極の調理魔導具【星青の天盤・ゼロ】が、ここに完成した。
傍らでアンセルとダッシャーのやり取りを見守っていたセオドア王は、声をかけることすら忘れ、ただ今しがた目の当たりにした奇跡に思いを馳せていた。
アンセルにとっては、ただの相棒と楽しむ、他愛のない創作の時間に過ぎないのだろう。しかし、それを間近で見ていたセオドア王にとっては、世界がひっくり返るほどの、新たな『神話の体現』そのものだった。
意思を持ち、自ら避けて道を作る森。傷一つなく「ぽろぽろ」と外れ、宙を浮きながらダッシャーの風の刃で一瞬にして完璧な建材へと切り整えられていく最高級の『白檀魔梛』と『月桂魔樹』。
さらに、ゆりかごの山・フェリスの噴火からの長い年月、誰も気づかなかったファイヤドラゴングローの魔熱を宿す極上火山岩を見つけ出し、一瞬で多孔質プレートに加工していく神業。
そして今、ゴミの山の底に眠っていた規格外の溶岩石を『神眼』で見極め、計算された精精巧な組木ガードを嵌め込み、国宝級の『天臨の核鱗』によって完全に重力を制御された、究極の調理魔導具【星青の天盤・ゼロ】までもが一瞬にして形作られてしまった。
マナ・レクス様の登場で拗ねていたダッシャーを、言葉巧みに扱えるアンセル。その隣で、一国の王として、そして一人の人間として、セオドア王はもはや感動を通り越し、凄まじい『畏怖』の念に打たれて硬直していた。
(これが……神獣すら笑顔で手懐ける、あの少年の真の力か。我が王家が永き歳月をかけても成し得なかった王都の完全復興と、隣国からの不条理な圧迫の打破を……この少年たちは、まるで『楽しい遊び』でもしているかのように、笑顔のままあっさりとやってのけてしまう……)
セオドア王は、震える手で『白檀魔梛』の樽の底板パーツをそっと手に取った。その瞬間、王の目が大きく見開かれた。




