第九十四話 酒樽組み上げ部隊を結成しました~最重要は溶岩プレート~
◇◇
その頃、シアンさんは10樽分の木材を、街へと運ぶ荷馬車を先導していた。
街へ着くと中央広場の光の天蓋へと入り、セオドア王からの伝令を伝えた。
「皆の者、よく聞け! 我が国の恩人であり、あの至高の料理の数々を振る舞ってくださったアンセル殿が、このたび『極上の特注エール』を造られることとなった!」
シアンは王の紋章が入った革袋(前金)を、ドサリと作業台に置いた。
「これは我がセオドア王より、アンセル殿への感謝の印として、全額出資される特命依頼である! この材料の木材『白檀魔梛』は、神獣ダッシャー様が直々に、完璧なサイズへ切り揃えてくださった宝の山だ」
高らかに伝令を告げる彼の隣には、上質なお香のような甘い香りをあたり一面に漂わせる、見事な木材を積んだ荷馬車が控えていた。
「腕利きの職人を集め、この至高の木材に相応しい『100個の特注エール樽』を至急組み上げよ! 王からの報酬は弾む、飢えと噴火の不安を、お前たちの職人魂で吹き飛ばしてみせろ!」
「この中に樽を作った経験のある者は居るか?」
運び込まれた最上級の『白檀魔梛』の樽板を前に戸惑っていたのは、先祖が樽職人というだけで、本人は壊れた家具の修理や安価な魔道具の木箱作りを生活の糧にしている、大工や木工職人たちだ。
「木材と王様からの前金はありがたいが……ひいじいちゃんが樽職人だったってだけで、俺たち大工に樽なんて作れるか?」
「隙間なく丸く組むなんて、専門の技術がなきゃ液体が漏れちまうぞ」
「オズワルド殿! 冒険者ギルドのオズワルド殿はおられるか!?」
「オズワルドはわたしですが――」
「ギルドマスター・ルシアン殿からこちらを預かって参りました」
懐から預かった黒金のメダルを取り出した。
「あぁ、なるほど。ギルマスからわたしに充てた仕事ですね」
オズワルドは不安そうにしている大工と木工職人に向き合うと、優しく声を掛ける。
「心配はいらないよ、若者たち」
その長くしなやかな指先で、ダッシャーが魔法で切り揃えた樽板の1枚に触れた。
「君たちのひいおじいさんたちが樽を組んでいた姿を、私はこの目で何度も見ている。彼らの腕は見事だった」
「ですが、俺たちは樽を組んだ経験は全くないんですよ?」
「見てごらんなさい。神獣ダッシャー様のおかげで、一番難しい『厚みを均一にし、隙間なく湾曲させる削り』の工程は、最初から完璧に終わっている」
オズワルドは大工の若者たちへ手招きすると、通常の3倍もの厚みがある、ずっしりと重い『白檀魔梛』の樽板を二人掛かりで持ち上げさせた。
重厚な木材同士が組み合わさる瞬間、大工たちが息を呑む。
カンナによる微調整を一切していないにもかかわらず、1ミリの狂いもなく、まるで最初から一つの円だったかのように、吸い付くようにピタリと木肌と木肌が合わさったのだ。
「君たち大工の『木を扱う手』と、鍛冶屋の『タガを締める腕』があれば、それだけで十分ですよ。私が教える【順番】通りに板を並べ、金属の輪を正確に叩き込みなさい。君たちの血に流れる、ひいおじいさんたちの職人魂を見せる、これ以上ない良い機会だとは思いませんか?」
冒険者ギルドの職員は、仕事の無い時には街へ出て、ご用聞きをしたり、人々の話し相手になっていた。職人たちの苦悩を近くで見ていたオズワルドだからこそ、その言葉は彼らの胸に深く、温かく刺さった。
「……へへ、オズワルドさんがそこまで言ってくださるなら、やらなきゃ男が廃るってものだな!」
若手の大工が、感極まったように目頭を熱くしながら笑顔を見せた。
「鍛冶屋の親方! タガの準備をお願いします! ひいじいちゃんたちに負けていられねえや!」
「おう、任せておけ! ひいじいさんたちに恥じない、最高のタガを叩き出してやる!」
手先が器用なオズワルドの指導と、ダッシャーの「あとは組み立てるだけ」という完璧な超アシスト。これによって大工、木工職人、そして鍛冶職人たちの技術が見事に噛み合い、伝説の酒樽を瞬く間に形にする『最強の組み上げ部隊』がここに結成された。
「ここでは市民の生活に支障が出る。場所を変えるぞ」
シアンさんはそう言うと、荷馬車を先導して王宮へ向かう大通りへと進んだ。
そこは、今は閉鎖された、かつて国の直轄だった『王室エール貯蔵庫を兼ねた仕込み場』だった。
「オズワルド殿、樽の組み上げに名乗りを上げてくれた皆、まずはここで最初の10樽の組み立てに入ってくれ! じきに、残り90樽分の材料が怒濤の勢いでここへ届く。非常に重い木材だが、下ろす場所の確保と受け入れの手配を頼む!」
場所の指定と1回目の手配だけを済ませると、休む間もなく馬を返し、大急ぎで森へと戻って行った。
◇◇
森では、ダッシャーによる木樽と乾燥室用の加工が完了し、子供たちとセオドア王とのドリンクタイムが終わったところだった。
すると、ダッシャーがはこれまでに見せたことのないほど、真剣な眼差しで、瓦礫の底から引き抜いた火山岩の加工を再び開始した。
「まだ足りない部品があるの?」
「一番重要な物が足りぬのでな」
ダッシャーが蹄をそっと打ち鳴らすと、風の刃が繊細に、しかし鋭く岩の表面を削ぎ落としていく。
そこに現れたのは、乾燥室用の素材よりも更に純度の高い、ドラゴンの魔素が極限まで凝縮された、まるで真っ赤な炎が渦巻いているかのような『規格外の溶岩石』だった。
――キィィィィィィィン。
眩い光の火花が散る中、その『規格外の溶岩石』から削り出されたのは、長方形で黒真珠のように美しく鏡面磨きされた1枚の『プレート』だった。
「えっ、ダッシャー、まさかそれって?」
「どうだ!? 良き仕上がりであろう?」
「何で今、最上級の『溶岩プレート』なんて作っちゃったの?」
「お主が『溶岩プレートで焼いたお肉はとっても美味しい』と言ったであろう」
「はい、確かについポロっと言っちゃいました」
腕を組んで一瞬考えたけど、作っちゃった物は仕方ない。有効活用しますか!
「じゃあ後で焼肉パーティでもやりますか!」
「「やっほーーい!」」
丁度戻ってきたルシアンさんと、ダッシャーの声が重なった。




