第九十二話 切り倒さずに自切(じせつ)します~作りたいのは冷え冷えジャグ~
ダッシャーに『冷え冷えジャグ』を作って貰うことにした。その材料はマナ・レクス様が残してくれた、木々たちだ。
「木は『白檀魔梛』で良いのか?」
「うん……」
「別の素材が良いのか?」
「ううん……」
「ならば、どうした?」
「……やっぱり、みんなを切り倒すなんて嫌だよ」
街外れの森の手前。目の前に広がる『白檀魔梛』と『月桂魔樹』の美しく立ち並ぶ緑を見つめながら、ぽつりと呟いた。
道を開けてくれた心優しい木々を、人間の都合で切り倒してしまうのはあまりにも忍びない。
「クレイの乾燥室の建物や、それを入れる100個の大きな樽……それから、今、話しをした『ジャグ』も作りたい。でも、森の木々を傷つけたくはないんだよ」
すると、らんちゃんがスリングから顔を出した。
「きゅきゅい!」
「らんちゃんどうしたの?」
「きゅい、えっと――ちょっとむずかしいの」
「らん、分かるとところだけで良いぞ。後は我が伝えよう」
どうやら木々の通訳をしてくれるみたいだ。
「この森の木さんたち、痛くないんだって」
「え? そうなの? それ、どうしてなのかは分かる?」
意思を持って動くことの出来る木々が、切られて痛くないなんて有り得るのか? もし、やせ我慢だとしたら益々切り倒すなんて、出来ない……。
「そうではないぞ」
「また僕の心を読みましたか、ダッシャーさん。まぁ良いんだけどね」
「そやつらは、どうやらお主が『花屋の水撒き』をした際に、魔素水を浴びて進化をしたと言っておるぞ」
「そうなの? ダッシャーに温水にして貰った『雷導水球』? 確かに少しだけ水撒きはしたけど――あっ! もしかして泥んこ遊びの時も、森にお湯が掛かってたってこと? だとしたら、熱かったかなぁ?」
「そう言うことだろうが、まぁ結果的には良かったのでは無いか?」
「きゅぅ、ほんとに痛くないって言ってるの」
「らんちゃんの言ってることをママは信じているよ」
――ザワザワ、バサバサバサ。
木々が一斉に葉を大きく揺らすと、大ぶりの枝が地面へと落下した。
「ポロ……ドサッ!」
「何? 何? どう言うこと?」
「どうぞ、だって」
「木には自らの体を保持するために、体の一部を切り離す「自切」という能力がある。どこを切り離せば上手く成長できるかが分かっておる。そのために不要な、だがその中でも品質の良い部分を切り離すと言っておるだけだ」
「でも切り離すなら、やっぱり痛いんだよね?」
「奴らにとっては、髪を切るのと同じ様な感覚だろうな」
「えぇぇ、そんな感じなの?……」
僕が納得したのが分かったのか、木々が更に大きくザワつき始めた。
ダッシャーがその大きな翼を羽ばたかせると、呼応するように森全体の木々が嬉しそうに、ザワザワと一斉に葉を大きく揺らす。
次の瞬間、進化したトレントの木々の幹や大枝の付け根が、ポッと淡い緑色の優しい光を放った。
それは、十分に熟した果実が自然に枝から離れるように、何の痛みも苦しみもない仕草で、幹からほころび落ちた。
「ポロポロ……ポロン……ポロリン……」
「ぽろぽろ……ぽろぽろり……!」
それは、軽快で滑らかな光景だった。
頑丈さが必要な乾燥室の骨組みや、大樽用の巨大な『白檀魔梛』の幹も、人間が扱いやすいサイズの『月桂魔樹』の枝木も、僕の望みを完全に理解した木々から「ぽろぽろ」と外れて空中へと飛び出す。
すると、次の瞬間、枝が地面に落ちるより早く、ダッシャーが前に出た!
その大きな翼を優しく輝かせると、枝木が落ちてくる傍から、ダッシャーが放つ光の刃が電光石火のスピードで交錯した。
「シュシュシュシュシュッ!」
心地よい音が空中に響き渡る。
木材が地面に着地する一瞬の間に、すべての皮と余分な枝が綺麗に剥ぎ取られ、乾燥室の建築材や、内壁用の板材へと、寸分の狂いもなくカッティングされていく。
完成したパーツは、「ふわり……ふわり……」と、種類ごとに美しく整列して着地していった。
「ジャグはいくつ作るのだ?」
「自分もちょっと欲しいから、全部で7個で良いかな」
「では、『蛇口』を用意しておけ」
ダッシャーの陰に隠れてホームサンタ(ホームセンター)で、木樽用の木製コックをポチる。
『白檀魔梛』の木材と木製コックが宙を舞い、眩い光に包まれると、今度は木々たちが避けた森の中から――突如としてガタガタと地響きが鳴り響いた。
「何? 恐いんですけどっ」
「ふっ、まだ気付かぬか? そこに覚えはないか?」
「さっきもそんなこと言ってたよね? あそこに何があるの?」
「チリリン、お花にお水をあげたの」
ベルちゃんが教えてくれる。
「あぁ、もしかして『お花屋さんの朝の水やり』をして、森の木々を進化させちゃった場所?」
「まだ分からぬか? もしやと思ってはおったが、本気で偶然だったとは――」
「もぉ教えてよ。水遊び以外に何があるの?」
「我がここを切り拓いたのはなぜだと思った?」
「ちまちま狭い場所に降りたくなかったから?」
「お主も気付いておるかと思ったのよ。わざと場所を広げたのだ」
「うん……?」
「見た方が早いな。乗れ!」
子供たちをスリングに入れてしっかりと抱え、ダッシャーに跨ると一気に空へと駆けた。
『雷導水球』の試運転をした場所へと降り立つと、その先の森へと向かう。




