第九十話 木樽の木材を積み込みに来ました~お馬さんは休憩タイム~
共に創造神マナ・レクス様の管轄下にある、冒険者ギルドと商人ギルド。
冒険者ギルドはマナ・レクス様からの『デルポフ国の監視』の任を解かれ、今はラルーギア国へとその所在を移していた。
一方で商人ギルドは、このラルーギア国の街外れで隠蔽魔法の結界の中に引きこもり、国を支える義務を放棄し、身勝手な研究に没頭していた。
だが、そのすべてを天から見通しているマナ・レクス様が、その裏切りを許すはずもなく、その処分は冒険者ギルドのギルマス・ルシアンへと一任されたのである。
神から全権を預かったルシアンの監視下において、商人ギルドにこれ以上の自由が残されていないことは、彼らだけがまだ知らぬ決定事項であった。
「うへぇ、ヤブヘビだ」
ルシアンさんがため息交じりの大きな声でつぶやいた。
「マナ・レクス様も僕と同じ意見でしたね」
「まさかとは思うが、アンセル様の意見を神が後押しした、なんてこたぁないよな?」
「んあ? そんなことは無いと、思いますよ?――多分」
そんなルシアンさんと対照的なのは、セオドア王だ。
淡い神聖な光の残光が吸い込まれ、完全な静寂が戻ったとき、セオドア王はようやく「はぁぁ……っ」と堰を切ったように大きな息を吐き出した。その額や背中には、極度の緊張から大粒の汗が滲み出ている。
「じゃあ先に進みますか」
「っ!? 『進みますか』じゃないですよ!!」
「え? ここまで来て行かないですか?」
「行きます……行きますよ」
セオドア王は何とか気力を振り絞って、フィデロへと跨った。
「では、とりあえずあそこに見える木のところまで行きますか」
一歩踏み出したその時、街道の奥から何台もの重々しい車輪の音と、馬のいななきが響き渡った。
――ゴトゴトゴトゴトッ!
「ヒヒィィンッ!」「ヒヒヒィィーーン!」
――ガラガラガラガラ、ガラガラガラッ!
「セオドア王! アンセル殿! お待たせいたしました!」
パドラスを巧みに操り、颯爽と現れたのは、シアンさんだった。
その後ろには、王宮の資材管理や力仕事を専門とする部下が十数名、整然と行進して追従してくる。
「おお、シアンか! 戻ったな!」
セオドア王が騎乗から、嬉しそうに声をかける。
(シアンさんが戻る前に、威厳を取り戻してくれて良かったよ)
「はい! アンセル殿が仰っていた商人ギルド裏の森から切り出した、酒樽の材木を運び出すため、王宮の厩舎から最もタフな大型馬車と、動かせる部下たちを総動員してまいりました!」
(シアンさんもいつも見ている姿とは全くの別人だ。これが普段のこの人なんだ……いや、逆か?)
「よし、者ども! ダッシャー様がここまで完璧に揃えてくださったのだ。傷一つつけぬよう、慎重かつ迅速に積み込め!」
シアンさんの鋭い号令が森に響く。
「ははっ!」
見るからに腕っぷしの強い王宮の作業兵たちが、手際よく動き始めた。
向かったのは、ギルド裏から回収してきた、通常の3倍の厚みを持つ『白檀魔梛』の樽10個分の木材の山だ。
『ズシン、ズシン……!』
二人係で持ち上げる木材は、極上の芯の部分だけを使っているため、見た目以上の凄まじい重量感がある。しかし、ダッシャーの魔法によって、余計なトゲやバリが一切削ぎ落とされ、表面はすべすべとした絹のような手触りに仕上がっていた。
「おい、これを見ろ。ダッシャー様の風の刃で切り出された断面から、まるで上質なお香のような、とんでもなく甘くて良い香りが漂ってくるぞ……」
「本当だ、こんな極上の木材で造る樽にエールを寝かせたら、一体どれほど美味い酒になるんだ?」
兵士たちはその高貴な香りにうっとりしながらも、重厚な木板を1台目の大型荷馬車の荷台へと、運び込んでいく。
『ゴトッ……ギィ……、ドンッ!』
隙間なく、噛み合うように計算されてカットされているため、積み込み作業は驚くほどスムーズだ。ガタつくこともなく、1枚、また1枚と荷台へ綺麗に重ねられていく。
『メキッ……じわぁ……』
馬車の頑丈なサスペンションが、樽10個分の極厚木材の凄まじい重量を受けて、じわじわと深く沈み込んでいく。1台目の荷馬車は、あっという間に限界の高さまで、美しい木材でギッシリと満杯になった。
荷物の積み込みをしている一方で、僕はせっせとお馬さん達に特製ドリンクを提供中だ。
「馬車が4台でお馬さんが8頭、フィデロとパドラスにルシアンさんのガルバで合計11頭か、多いな……。またバケツを買うか」
「ダッシャー、『意識共鳴』をお願い」
【スーパーサンタ】の2階にある百円ショップで、バケツを10個買った。ついでに1階のスーパーでバナナといちごとりんごに人参と、果肉が残った『白濁タイプの100%ストレートジュース』に乾燥牧草とアルファルファを買った。
「今回はこの『りんごジュース』がポイントなんだよね。お水で薄めても生のりんごの香りがしっかり残るし、本物の果肉の栄養がたっぷりだ」
「飲むのぉ」「美味しいの」
「はいはい、ちゃんと君たちの分も買うから大丈夫だよ。美味しそうだもんね」
ドドンと現れた大量の荷物からバケツを取り出し、水とりんごジュースと塩に砂糖を入れて混ぜ合わせる。
「仕上げに、はちみつをスプーン1杯だけ……隠し味! これで香りがぐっと良くなるはず」
「ぶるるるるっ!!」
美味しそうな匂いに気付いたのか、前回の僕のおやつが気に入ったのか、パドラスが嬉しそうにこちらへやって来た。
「はいはい、先ずはお水ね。今日はりんごジュースと、隠し味にはちみつも入ってるから美味しいよ」
「ヒッヒン!」「ヒヒン!」
セオドア王を乗せたまま、フィデロもやって来た。慌ててセオドア王が飛び降りると、嬉しそうにゴクゴクと水を飲み始める。
荷馬車のお馬さんたちは勝手には歩いて来られない様だ。
「すみませんが、これを他のお馬さん達にあげてください!」
「俺の愛馬『ガルバ』にも飲ませてやってくれよ」
ルシアンさんがお馬さんを引いてやって来た。自分より先にお馬さんの為に飲み物を貰いに来るなんて、この人も動物好きの様だ。




