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第八十九話 マナ・レクス様への初めてのご挨拶~森の木からの感謝~

 ダッシャーが一瞬で切り倒した木から、切りそろえられた木樽のパーツが次々と飛び出してくる。


「ハッハァ! さすがは神獣様だ。やってくれるぜ」


 ルシアンさんが興奮している。


「これで『アロマ樽』がいくつ作れるのかな?」

「ちょうど10個分ってところだな!」


 ルシアンさんが板の枚数から計算してくれた。


「えっ? あの大きな木を数本切り倒して、10個分だけなの?」


「――いや、アンセル様よ。こいつを見てみな。板の厚みが普通の酒樽の3倍以上、大人の手のひらの幅くらい分厚いぞ」

「何でそんなに厚くするの?」


「贅沢に芯のところだけを分厚く切り出してるのか。白檀の高級な香りが泥の中にこれでもかってくらい染み込んで、最高の『アロマ泥パック』になる!」

「へぇ、考えられてるんだね」


「これだけ多くの木が生えているんだ、贅沢に使うのもありと言う訳か」

「細かな指定はなかったからな」


「ほほぉぉぉぉぉ」みんなで羨望のまなざしでダッシャーを見た。

 当然、セオドア王の愛馬のフィデロと、ルシアンさんの愛馬のパドラスは大興奮だ。


「ヒッヒン、ヒン」「プシュゥ、ヒヒン」



 倒木の大きな音と地響き、余分な部位が切り取られ、樽板として整えられて行く音と木の香りが商人ギルドを包み、静けさが戻ったところで建物から物音が聞こえてきた。


「また窓から様子を伺ってますね。このままこの木材を放置したら、コソコソと持って行かれないですかね?」


 そんな心配を口にして、フト気付いてしまった。


「セオドア王――。僕は、商人ギルドにこの切り出した木材を持って行かれる心配をしたんですが、もしかして、僕こそこの国の資産である、森の木々に好き勝手やっちゃってますよね?」

「ハハハ、アンセル殿はおかしなことを言う。あなたは先ほど私どもにこの国の未来を繋ぐ、最高級の商品を作り出す為に、必要な物と方法を順を追って説明してくれました」


「あれは、僕の頭の中の整理が出来ないから、口に出しただけですよ?」

「そうではありません。あのお話しこそが国を挙げての一大事業の幕開けですよ。私どもはそれに対し、何ら異論も懸念もありません」


「我が好きにやれと言っておるのだ。それで良い」

「そうは言っても、ちょっと気になっちゃったんだよ。商人ギルドもだけど、僕も同じ? って……」

「「同じなわけがありません!」」


 セオドア王とシアンさんが口をそろえて否定してくれた。それなら一安心だ。


「ありがとうございます。そう言うことでしたら、僕は安心してこの計画を進められます」



 木樽10個分の木材が整然と並べられた山を見て、セオドア王が指示を出した


「シアンよ、ダッシャーが用意してくれたこの建材、アンセル殿の言うようにこのまま放置は出来ぬな。街の職人を集め、木樽を製造する手はずを取ってくれ」


 王の指示を受け、シアンさんが来た道を愛馬パドラスと共に駆け戻って行った。


 ダッシャーが水路脇の森に向けて次の魔法を繰り出そうとした瞬間、目を疑う光景が目の前に繰り広げられた。


『カサカサカサ……』

『ススススス、サササササ……』


 どこからか、優しく柔らかな葉擦れの音が響き渡り、真昼の太陽の光をたっぷり吸い込んだ、黄金色の薄霞うすがすみがふわりと、波紋のように立ち込めた。

 遮られた視界の先では、空間が捻じ曲げられるような、違和感を感じた。

 だが、そこに嫌な気配や恐ろしい雰囲気は微塵もなかった。むしろ、温かい陽だまりに包まれているような、不思議な心地よさと絶対的な安心感だけがその場を満たしている。


 霞がすっと晴れたとき、そこには見事な一本道が、森の奥へと向かって伸びていた。

 それは驚くほど自然で、まるで『最初からずっとそこに道が存在していた』かのような錯覚さえ覚えるほどだった。


「ダッシャーの魔法なの?」

「――――いや、我ではない……」


 ダッシャーがとても嫌そうな、機嫌の悪そうな顔をしている。これは――。


「ホーホーホー、儂じゃ」


 アイテムボックス内の通信機が光ると、マナ・レクス様のホログラムが現れた。


「やっぱりマナ・レクス様でしたか」

「――余計なことを」

「ダッシャーはどうでも良いのじゃ。アンセルよ、これで楽に作業が進むかの?  ホッホー」

「あ、はい。ありがとうございます」


「実はの、森の木々たちが、みなにリリーを救った礼がしたいと言っておっての。ホー」

「商人ギルドの呪縛から解き放ったことですか?」

「進化と住処と、美味しい異世界のローヤルゼリーもじゃな、ホッ」

「それで命令された感じではなく、自らの意思を感じたんですね」


「儂も美味しい異世界のおやつが食べたいのぉ。ほぉ?」

「あっ! ここが一段落したらお茶会開きますねっ! カステラですね。時間経過無しボックスも貰ってますし、今日中には作る様にしますね!!」

「催促した様で悪いのぉ、ホッホー。では、またの」


「……創造神、マナ・レクス様――」


 セオドア王はあまりの衝撃に目を見開いて硬直していたが、我に返ると地面に膝をついた。


「あっ、マナ・レクス様! ちょっと待ってください。セオドア王がご挨拶したいみたいですよ」

「儂、あんまりよそ事しちょると、みんなに怒られるんじゃがの。ホー」


「創造神、マナ・レクス様――」


 セオドア王は精一杯の敬意と、国家の代表としての緊張を声に込めて、挨拶の言葉を紡ぐ。


「……至高なる創造神、マナ・レクス様。此度こたび、我が国を滅亡の危機から救うため、神獣ダッシャー様を遣わして強力なる結界を授けていただきましたこと、この地に生きる全ての民を代表し、心より御礼申し上げます。私はこの国を預かる、セオドアと申します」


「ホーホー」


「偉大なる神よ。貴き愛し子であるアンセル殿が我が国にもたらしてくれた、飢えなき救済の御心。そして、ドラゴンの棲む山に眠りし卵より生まれ出たベル殿と、らん殿という尊き命を我が国へ託していただいたこと、それら全てが今、国を支える無上の希望となっております。偉大なる神の御姿とお声、この生涯の誉れ(ほまれ)として、深く魂に刻み込ませていただきます……っ」


「ちょっと待て! 我は神から言われてこの地に来たのではない」

「でも、僕が一人じゃ心配だからって、一緒に地上へと派遣してくれたのはマナ・レクス様だよね?」

「それとこれとは別だ!」


「ダッシャーは細かいのぉ」

「はぁぁぁぁぁ――!?」


 ダッシャーのおでこに怒りマークが見えた気がした。これ以上、逆撫でしない方が良さそうだ。


「ダッシャーはシェル型のマドレーヌね? ねっ!?」

「足りぬ――足りぬわっ」

「他にも何か考えるから。ねっ?」

「それ、儂も食べるからの。ホッホ」

「もぉっマナ・レクス様も煽るの止めてくださいよ! カステラ無しにしますよ!」


「――セオドアよ、これからも儂の愛し子たちを、頼むぞよ。ホッホ」

「ははっ、御心のままに」


「そういえばアンセル、お主たちが今向かっておる森の少し開けた場所にのぅ、ちょっと面白い『お土産』が山積みになっておるぞ」

「ぬぅぅぅぅぅぅぅ、そんなことはとっくに我が分かっておる!!」

「そうかや? じゃが、商人ギルドの奴らへの処罰は、考えねばならぬのぉ。ホー」


 冒険者ギルドのギルマス、ルシアンさんがギクっとしたのが分かった。


「商人ギルドの奴ら、すっかり腐ってしまっておるのぅ。皆に色々と迷惑をかけておる。……というわけで、ルシアン。同じ管轄のおさとして、あの者どものお仕置きの全権は、お前に託すぞ。しっかりやるんじゃぞ。ホッホッ」


 言うだけ言って、マナ・レクス様のホログラムは消えた。


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