第八十二話 ドラゴンのプールを空中視察しました~魔素の防御で装置は万全~
ルシアンさんが『手回し車輪』を回す気満々に「今すぐ回す」と言う。
「でも使い始める前に点検した方が良いよね?」
「アンセル殿の言う通りだな。長く使われてはいないだろうから、もしかするとどこか不具合が出ているかも知れん」
セオドア王も少し心配そうだ。
今、僕たちが立っている冒険者ギルド(仮設)の隠し扉から地下分水宮へと一歩踏み出したこの場所は、驚くほど広々とした石造りの『大踊り場』だ。
そこから見下ろす第二沈殿湖との間には、頑丈な手すりが設えられていて、その先には地下へと下りる『二つの並行ルート』が見えた。
人が一人歩くのにちょうどいい、一段一段がやや急で頑丈な階段が地下の闇へと伸びていた。
階段のすぐ隣には、建設当時に資材の運搬に使ったであろう、幅の広い緩やかな石作りの『スロープ』がそのまま残っていた。
「王宮図書室からの通路とは全く別物ですね」
「あっちは王様用、こっちは労働者用だ。当然だな」
腕組みをして、行く気満々に階段から下を覗き込む。
「我は行かぬぞ」
「えぇぇぇ、一緒に行こうよ」
「こんなまどろっこしい階段など、歩いては行けぬわ」
「ベルちゃんとらんちゃんも、パパと一緒が良いよねぇ?」
「良いの」「行くの」
「……仕方がないな」
ダッシャーは「チラッ」と階段を覗き込むと、とても嫌そうな顔をした。
「よし! お主らは我に乗るが良い」
「え? 嫌だよ」
「うぬ――、なぜだ!?」
「だって、こんな急こう配を高さのあるダッシャーに乗って、斜めに下りていくのなんて、想像しただけで恐ろしいよ……」
「それは我も嫌だぞ。そんなことではないわ。とにかく乗れ。ベルとらんをしっかりと抱えておれよ!」
二人をスリングに入れて、斜め掛けしてしっかりと抱きかかえて、ダッシャーに跨る。
ダッシャーが力強く一歩を踏み出すと、その先は資材用のスロープだった。
「うわぁぁぁぁぁぁっっ!」
「きゅきゅぅい」「ちりりりぃんぷきゅ」
あまりのことに大きな声が出た僕と違って、子供たちは楽しそうだ。
「バサァァァッ!!! ――シュウゥゥン!」
広大な資材用スロープを滑走路にするようにして、地下の吹き抜け空間へとダイナミックに飛び立った。
「び、びっくりした……」
「ヘタレだな。ベルとらんを見習ったらどうだ」
「飛ぶなら飛ぶと先に言ってくださいぃぃぃ」
バサッ、ファサッ――。
ダッシャーの翼が起こす風が、青白い魔導水晶の光と差し込む太陽の光を浴びて、空間全体に心地よく循環していく。
最初に目に飛び込んできたのは直ぐ真下に広がる、巨大な『第二沈殿湖(ろ過池)』だった。
水路から流れ込んだ水を受け止める沈殿湖は、底が斜めのスロープになっていて、昨日、一気に流し込んだクレイが重みで底へと沈み、傾斜をズルズルと滑り落ちるようにして、反対側に設置されたバケットコンベアの足元へと、みっちりと集められていた。
「へぇぇぇ、泥が斜めに滑って、勝手にショベルのところに集まるようになってるんだね。でも本当に溢れるギリギリだ!」
ダッシャーは翼を傾け、さらに深い下層へと高度を下げていく。
沈殿湖から流れ出る、濁りの一切ない透明な「上澄み水」だけが、まるで美しい絹のカーテンのように、さらに下層の広大な空間へと「サァァァー……」と清らかな滝となって激しく流れ落ちていく。
そこに広がっていたのは、沈殿湖よりも更なる広さを持つ、息をのむほど神聖な地底湖――『ドラゴンのプール』だった。
水面は鏡のように澄み切り、天井に青い光の波紋を美しく揺らめかせている。
そして、そのプールの天井近くには、ひときわ巨大な円形のトンネルがあった。
「ねぇ、ダッシャー。あの穴ってもしかして?」
「あぁ、それがあいつの専用通路、『ウォータースライダーの穴』だな!」
「でも、グローはあの穴は通れないんじゃない?」
「あいつは小さくなれるぞ。山での姿も本来の大きさではなかったしな」
「へぇぇ、さすがはドラゴンだね」
「わ、我は必要に迫られておらぬゆえ、小さくならぬのだぞ?」
「ダッシャーなんて、ペガサスとユニコーンと自由自在じゃない。もっと凄いと思うよ?」
「分かればよい」
更に旋回しプールの下層へと飛ぶ。
そこには、この地下水宮から各地へと水を送り出す、息をのむほど精緻な配水システムが広がっていた。
王宮の真下へと水を吸い上げるための「吸水用の巨大な水車」と、歯車が複雑に噛み合う吸い上げの機械。そして、高低差を利用して自然に流れていく「街中への水路」や、郊外の広大な畑へと枝分かれしていく「いくつかの水路」が、まるで美しい幾何学模様のように地底に張り巡らされてる。
「きゅきゅぅぅい」「きゃっきゃっ」
ダッシャーが旋回するたびに、子供たちが楽しそうな声をあげる。
「ねぇ、ダッシャー。この機械たちはサビも出ていないし、弱くなっている風にも見えないけど、どうなんだろうね?」
「あいつ自身の魔素もそうだが、山と繋がっているあの穴から流れて来る地下水にも、濃い魔素が含まれておる。その魔素に包まれておったのだ。当然だろうな」
「ん? じゃあ点検なんてしなくても全然大丈夫だったってこと?」
「まぁそうとも言えるな。だが、ここをお主らと飛んでみたかったのだ」
「そうなんだ。ありがとう、とってもキレイだね」




