第八十話 ギルドのレリーフが赤く点滅しています~隠し扉の向こうは沈殿湖~
セオドア王は王宮図書室の隠し扉を開いた時と同じように、左手を『太陽のレリーフ』に当てたまま、右手の指先でレリーフをなぞる。
隠し扉を開く『暗号の歌』の歌詞に合わせた開錠だ。
── ✦ ── ✦ ── ✦ ── ✦ ── ✦ ──
『おとぎ話の子守歌』2番
一つ、右の青空 どこまでも広がる 輝く光の海
二つ、真昼の太陽、大地の隅まで まっすぐ光の矢を放つ
三つ、左のひまわり ぐるりと咲かせて 黄金の朝を呼びましょう
黄金の光が満ちるとき、常春の国に 朝がくる
── ✦ ── ✦ ── ✦ ── ✦ ── ✦ ──
最後の言葉を紡ぎ終わると、青と金の光がレリーフを包む。
「――――カチリ」
重厚な岩壁がなめらかに横へとスライドし始めた。
隠し扉を一歩進むと、すぐ先に頑丈な手すりがあった。そこから下は「巨大な吹き抜け空間」になっていた。
片手でスリングをしっかりと抱きかかえ、片手で手すりに捕まり、下を見下ろす。
そこには昨日流した上質なクレイが、並々と一面に溜まっていた。
「うわっ、高いね」
「あまり身を乗り出さぬことだ」
「これってさっきの地図に描かれていた四角の場所?」
「その様だな」
「今にも溢れそうだけど大丈夫なの?」
「あの警告はもしかするとこれのことか!?」
ルシアンさんが額に手を当てて天を仰ぐ。
「警告って何のこと?」
「俺たち今は王宮の離れを間借りしているだろ?」
「えぇ、東の離れですよね」
「そこの壁にレリーフがあるんだよ。それが昨日の夜に帰った時に、赤色に光って点滅していたんだ」
「今まではそんなこと無かったんですか?」
「あぁ、ただのレリーフだと思っていたから、気にもしてなかったけどな」
仮住まいの宿舎とこの場所の繋がりが分からない僕は、首をかしげて悩む。
「この地下分水宮と地上の建物との位置関係だよ」
「僕は方向音痴なので、建物の中に入ると方角が全く分からなくなるんです。特に曲がり角があると、もう完全に撃沈です……」
「お主、それは自慢して言うことか?」
ダッシャーがするどく突っ込みを入れる。
「はい、これは自慢しても良いことです。なぜなら、僕が『こっちだ』と思った方の逆が常に正解だからです!」
「ぷふふ、ルシアンのその読みは当たっているぞ」
笑いをこらえながら、セオドア王が位置関係を肯定する。
「だよな? ハハハ」
「それがこの沈殿湖のアラートと言う訳ですか?」
第二沈殿湖の向こう側の闇のなかに、上部から伸びる巨大な装置のシルエットがぼんやりと浮かび上がっていた。
「遠くに見えるあれは何ですか?」
「うむ――、当時の職人たちが、資材運びや地上との行き来に使った通路と、何かの装置、か?」
セオドア王が確信なく答える。
「我ら王族には、王座を受け継ぐ者だけに、伝えられる秘密がある……」
ドラゴン様の夢告による遷都、建国の本当の歴史、そしてこの地下への入り方……。しかし、それらは誰にも知られてはいけない国家機密だ。
「先代王からは『ドラゴンの眠りを絶対に妨げてはならぬ』という強い啓示も一緒に受け取った。時おり山から炎が吹きあがると、民たちは『龍神様の怒りだ』と怯えていたが……」
王はギュッと拳を握りしめ、自分に言い聞かせるように言葉を続けた。
「80年前のあの日、強欲な隣国デルポフがあの山へと攻め入り、ドラゴン様の優しさを怒りに変えた。怒りは川を流れ、長き時をかけ豊かになり始めた土地と、我が国の民をも飲み込むこととなった。私は、あのときのご先祖様が遺した『二度と戦はせぬ』という厳しい戒めを、この心に深く刻んでいる。だからこそ、ドラゴン様が切に願った、この分水宮を神聖な場所と崇め、誰にも、自らにも立ち入りを禁じていたのだ」
「だが、グローはもうここには来ぬぞ」
「そうだな、ダッシャー。今はこの国の未来のために、戒めを心に刻みつつ、前に進むことを考える時かも知れぬな」
セオドア王の顔に、ふっと柔らかい笑みが戻る。
腕を組んでいたルシアンさんが口を開いた。
「それなら、やはり気掛かりなのは俺たちの小屋の、昨日からずっと『赤く点滅』しっぱなしのレリーフだな」
「さっき、ここの上はルシアンさんたちが仮住まいをしている、小屋だろうと言ってましたよね?」
「何か関係があることは必至だな」
「では、とりあえず地上に戻るとするか」
再びあの広々とした大階段を上り、図書室を抜けて、冒険者ギルドの仮設小屋の旧労働者宿舎へと急いだ。
「バタン!」と音を立てて、ルシアンさんが冒険者ギルドの扉を開ける。
小屋の中には誰も居なかった。
「皆さんどこかにお出かけですか?」
「あぁ、こう暇じゃ体がなまっちまう。街の人たちのご用聞きをしてると思うぜ」
気の良い人たちだ。
「こいつだ」
指差した壁には、【レリーフ】が埋め込まれ、禍々しい赤色でチカチカと激しく点滅していた。
「このレリーフ、周りに小さな星みたいなのがありますね。だとすると、これは月? 下半分がぷっくり膨らんだ『上弦の月』の形かな?」
「なるほどな。上弦の月はこれから満月へと満ちていく、縁起の良い月だ。かつての王も我が国のこれからの発展を願ったのかも知れぬな」
何気なくその月にそっと掌を触れた。
すると掌から光が溢れ、レリーフ全体を包み込んだ。
「うわっ!」
「カチリ、ゴトッ!」鉄のレリーフが扉のように手前へと開いた。
開いた扉の中には、1本の古びた鍵と、2枚の黄ばんだ紙が置かれていた――。
セオドア王が1枚目の紙を広げる。そこにはいくつかの絵が並んで描かれていた。




