第七十八話 地下への扉を開きます~この国は豊かになるのです~
80年前の隣国との諍い、そこで流された庇護下の魔物の血にファイアドラゴンが怒り、共鳴した山が土石流を引き起こす。
その流れは隣国との国境を流れる川を下り、デルポフ国だけでなくラルーギア国の民をも巻き込んだ。
川の流れは一夜にして変わり、デルポフへと傾いたと思われていたが、その実は人為的に変えられた物だった。
その全てが1冊の本に描かれていた。
「地下分水宮への水の流れが減ったのは、商人ギルドが水門を閉ざしただけではなく、デルポフが川の流れを変えたから……か」
ルシアンさんがもしかしたら今後の自分の使命を感じたのか、重たい発言をする。
「デルポフは放置しても滅びるだろうが、やはり残る問題は商人ギルドだな」
「デルポフが滅びるとは?」
セオドア王がルシアンさんに問いかける。
「あぁ、今回の噴火の原因がデルポフだろ? それに神が託した『竜怖の卵』とドラゴン様への謀略、諸々やっちまったからな」
「神から神託がくだされる、と?」
「神託とまでは言わないが、いや、冒険者ギルドがあの国を放棄したから結果的にはそうなるのか。資源の乏しい国は、人の出入りが減れば国は廃れる」
「この国に冒険者ギルドが出来るってことは、それだけ人の出入りが増えて、国が豊かになるってことですか?」
冒険者ギルドと、経済的利点が繋がらずに聞いてみる。
「そうだな。ギルドが出来れば冒険者が押し寄せるだろうな。連中が泊まる宿屋は満室、食事処も大賑わいだ。名物があればそれを買いに来る人も増えるしな」
「冒険者が集まれば武具店や道具屋も盛んになりますよね? 魔道具も?」
「それだけじゃない。連中が周囲の魔物を間引いてくれれば、周辺の安全も守られる。水が満ちて、蕎麦やライ麦以外の名産品や特産品、それにあの山の魔石が集まるようになれば……ここは世界で一番、活気のある国になるかも知れないぜ」
「我が国が、そんな風に……」
創造神『マナ・レクス』様の管轄下にある冒険者ギルド。そのギルマスが話す未来の姿に、セオドア王もシアンさんも、胸を熱くしている様だった。
「輝かしい未来の為に、まずは地下分水宮の復活ですね」
「ドラゴン様はあの山にはもう居ないんだろう?」
「これはグローの水浴びのためではなく、この街の乾いた畑や街の生活用水として、有効活用する為に再始動出来る様にしたいんですよ」
「あやつがもし戻ってきたとしたら、その時に考えれば良かろう。まぁ今更戻らぬだろうがな」
「では、やはり次にやるべきは地下分水宮の確認だな」
そう言うと、セオドア王は一枚の『古い地図』を広げた。それは、幼い頃に地下へと冒険に向かったキッカケとなったあの地図だった。
「シアン。この地図の順路、今見ると……驚くほど単純で、短い道だな」
セオドア王は、閲覧机の上に広げた古地図の、図書室の床から始まるルートを指先でなぞりながら、可笑しそうに笑った。
「あの日は、まるで地の果てまで続く無限の迷宮を彷徨っていた気分でしたが……曲がり角はたったの3つ。なぜ私たちは、あんなに派手に迷子になったのでしょう」
「ははは! 今見ても、落書き程度の地図だしな。暗くて怖かったし、足元ばかり見ていて、この壁の目印にも気づかなかったんだろうな」
セオドア王が地図の要所要所に描かれた『大樹の葉のマーク』を指差した。それは地下の分岐点の、大人の目の高さに彫られている道しるべだと言う。
「あの後で散々叱られた後に父上が教えてくれたのだよ。子供の目の高さでは見つけることの出来ない道しるべが、この地図と地下通路に記されているのだと」
「なるほどね! 子どもの大冒険あるあるだ。でも今回は俺もダッシャー様もいるし、何より昨日お前たちが流した洗剤の良い香りが、奥からぷんぷん漂ってきてる。迷いようがない一本道だぜ!」
「ところでここに描かれている四角も、何かの印なのかな?」
古地図の地下へと続く通路の先に描かれた、四角形の印を指さして聞いた。
「ただの落書きじゃないのか? 早く行こうぜ」
ルシアンさんが楽しそうに言うと、セオドア王は笑いながら頷き、立ち上がると閲覧机のすぐ横の床を見つめた。
「よし、今度こそ迷子にならずに、あの美しい水宮へ向かおうか」
床の石畳の隅にある、小さな『大樹の葉』の彫刻にそっと触れ、魔力を軽く流す。
「カチリ……、ゴトッ」
静まり返った書庫に、床下のロックが外れる鈍い音が響く。ただの床にしか見えなかった四角い石畳が、わずかに浮き上がると、滑らかに横へとスライドしていった。
さらに、その石畳のすぐ下に隠されていた、もう一枚の頑丈な鉄の扉も連動するように動き始める。
「ズズズ……、ゴゴゴゴゴ……」
扉が開いた瞬間、密閉されていた地下の底から、ひんやりとした涼しい風が「フーーッ」と吹き抜けた。
そこに現れたのは、巨大な石造りの昇降口だった。床下には、吸い込まれそうなほど広く深い空間が広がっており、その壁に沿って、遥か地下の底へと緩やかで頑丈な石の階段が伸びていた。
「おっ、やっぱりだ! この風、完全にあの『洗剤』の香りが混ざってるぞ!」
「本当だ、すっごく爽やかな風が吹いてくる。香りのお陰か、みんなと居るからか、暗いのに少しも恐くないよ」
そう言いながら、ベルちゃんとらんちゃんの入ったスリングをギュッと抱きしめた。
「子供の頃は、この扉を開けた瞬間の暗闇が、まるで怪物の口のように恐ろしかったものですが……」
シアンさんが苦笑いしながら、手元に魔導具の灯りをしっかりと灯した。
「アンセル殿の言うように、今の私たちには、頼もしい仲間と、この道を照らす十分な光があるからだろうな」
セオドア王を先頭に、階段へと最初の一歩を踏み出した。




