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第七十七話 川の流れが変えられてました~一瞬で図書室のお掃除完了~

  セオドア王は閲覧机の前まで行くと、机の上の埃を手で掃った。


 「ふぁふ」っと埃が宙に舞う。


「ごほっごほっ」

「うげほっげほっ」


 最後尾について来ていたルシアンさんが、大きく咳き込んだ。


「悪いな。さすがに空気中の埃までは魔法でも避けられないからな」

「これはちょっと、お話しの前に掃除がしたいですね」


 シアンさんが口元をハンカチで押さえながら言う。


「ダッシャー、あれ使っても大丈夫かな?」

「あれか? お主が商人ギルドで発動したヤツだな。だが魔力切れするぞ」

「だよねぇ」


「チリリン」


「あぁ、ダメダメ。ベルちゃんに埃なんか食べさせられないよ。僕がやるから」

「仕方ない。我が手伝ってやるわ」


 ダッシャーの鬣が逆立ち、白銀の光が浮かぶと僕へと流れ込んできた。


「『レジティム・クリーン』!」


 眩い光が部屋全体を覆う。本棚や本、床、壁、天井までをも包み込み、その光が触れた瞬間、パチパチと淡い光の粒子となり跡形もなく汚れを消滅させた。


「ダッシャー、ありがとう。君が制御してくれたお陰で、本たちに何の傷も付けずにキレイになったみたいだ」

「本を傷つけたらテオが泣くからな」

「だけど、僕の魔力はそんなに減ってないみたいだよ」

「またお主に倒れられては、美味い飯が食えぬからな」


「いやぁ、流石は使徒さまだな」

「あぁ、なるほど。アンセル殿は神の使徒さまでしたね」

「違いますってば!」


 シアンさんは遠くを見つめたままだし、セオドア王は笑っているし、どうして良いか分かんない。


「そ、そもそも、今の魔法だって唱えたのは僕だけど、発動したのはダッシャーだよね?」

「我は知らぬぞ」

「それなら僕がこんなに平気な訳ないじゃない。商人ギルドの時は怒りで力が爆発して、魔力使い切っちゃったの知ってるでしょ?」


「アンセル様は怒ると魔法を爆発させるからな」

「からかわないでくださいよ。ルシアンさん! もうご飯あげませんよ」

「おっと、こいつはヤブヘビだ」


 ぶぅぅぅぅぅ――


「ママ、ぶぅ?」「ぶぅ」

「ごめんごめん、ぶぅじゃないよ」



「さて、では部屋もキレイになったし、落ち着いたところでこれを見てくれ」


 セオドア王は閲覧机の漆黒の木肌に紛れるように作られた、中央の引き出しを開けた。


「……ガタ、リ」


 そっと両手で取り出したのは、一冊の古びた革装丁の本だった。


「トスン……」


 その本の表紙には、ドラゴンの山と、そこから豊かに流れ落ちる川が、まるで一つの絵画のように美しく刻まれていた。


「これは、160年前の、当日の国王が書かれた『御手記ごしゅき』だ」


「あの時に見つけた歴史書ですね?」

「あぁ、幼い子供には、ただの『建国のおとぎ話』としか思えなかったが、ここには当時の国王の、五日五晩同じ夢を見続けた恐怖が記されていた」


 そこには、当時の王が毎夜毎晩、同じドラゴンの夢を見て、恐れ、震え、そして遷都と地下分水宮を作る決意をした、生々しい葛藤がすべて記されていた。子供の頃、偶然に書庫への扉を開き、忍び込んだ時に見つけた物だった。


「昨日、『龍神の神託』の話しをした際に、この歴史書のことを思い出した。子供の私には読み解けなかったが、これは単なる歴史書ではなく、全てを記した『御手記ごしゅき』なのでは無いかと」


 セオドア王は極上の革表紙を愛おしそうにそっと撫でると、僕たちにも良く見える様に机の上に置きなおした。


「これは……?」


 シアンさんが何かに気付いたようだ。


「私も、改めてこれを手に取った時に、驚いたのだよ。これは、かつてのこの国の、神の山と隣国デルポフとの──」


 王の言葉に導かれるように本の表紙を見つめると、そこにはかすれた金箔の線で、かつての神聖なる竜の山と、隣国との国境、そして大地を潤す豊かな川の流れが、簡潔ながらも美しい一幅の絵のように描かれていた。


 セオドア王がその重厚な革表紙を、慎重に、ゆっくりと両手でめくる。


 表紙をめくると、そこには見開きをいっぱいに使って、かつてのこの国の姿が精緻な地図として描かれていた。

 それは、今のように分岐した姿ではない。ドラゴンの山から溢れ出た大河が、まっすぐにこの国へと流れ込み、清らかな水を湛えた、豊穣ほうじょうの時代の地図だったのだ。


「ん? 今と少し違う様に見えますが?」

「どう違うんだ?」


 この国に来て、まだ間もないルシアンさんが聞いて来る。


「ねぇ、ダッシャー。僕たちがこの国に来た時、空から見たグローの山からの川の流れは、デルポフに向けて広く大きく、この国へはその半分にも満たない感じじゃなかった?」

「そうだな。国境線の川は、広く豊かにデルポフへと流れておった。だが、あれは人為的であったな」


「やはりそうですか。私にもこの挿絵と現在の川の流れが違うのでは? と思えたのですよ」


 シアンさんが違和感を伝える。


「やはり、隣国デルポフが、意図的に川の流れを変えていた――と」


 セオドア王がみんなの意見をまとめた。


「この子たちが竜神様に託されたあの日、竜神様の怒りは川を下り、隣国と我が国の民の命を奪った。あの日から川の流れが変わったとばかりに思っていたが……」

「混乱に乗じて川の流れを作為的に変えた……」


「川からは豊かな水資源と、山からの鉱石がもたらされる。それが目的か?」

「それに飽き足らず、山に侵攻し採掘をする為に、グローを封じ、あまつさえこの子達を人質にした」


 ルシアンさんの問いかけに答えながら、僕の体から魔力が溢れ、ゆらゆらと揺れた。


「落ち着くが良い。また倒れるぞ」


 ダッシャーに制御されて我に返る。危ない危ない。


「ひょえぇ、やっぱり使徒様は怒らせちゃいけねぇな」

「っ、ごめんなさい」


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