第七十六話 王宮図書室に入りました~ラルーギア国のおとぎ話の子守歌~
「何事だ!」
前庭での騒動にセオドア王が飛び出してきた。
僕たちの姿を見て、安心した顔つきに変わり、部下たちに指示を出す。
「問題はない。散開!」
「ハッ!」
集まっていた兵士たちに持ち場へと戻って貰う。
「おや、フィデロはここで何をしているんだい?」
「パドラスと一緒にシアンさんを迎えに来たんだと思いますよ。くすくす」
フィデロにバナナをあげながら答える。
「なぜにアンセル殿は笑っておるのだ?」
「らんが通訳しておったからな」
「もう勘弁してくださいよ」
シアンさんがとても嫌そうな顔をしながら、パドラスにバナナをあげていた。
セオドア王とフィデロは仲たがいしている風には見えないし、日頃の関係性なのかお馬さんの性格なのか?
「ところで、僕たちを探していると聞いたのですが」
「あぁ、それなら――こちらへ」
何か言いたそうに王宮の中へと歩き出した。
ダッシャー達と着いていくと、建物奥にある場所へと案内された。
「行き止まり?」
その壁には黒鉄の大樹が描かれた、大きなレリーフが飾られていた。
「いいえ、からくりがあるのですよ」
大樹の右側には、満月のように「丸い持ち手」をした古い鍵のデザインが
中央には、嵐で折れた木の幹のようでありながら、途中で「ポキリと折れた鍵の軸」のデザインが
左側には星屑が集まったような複雑な形をした、ひときわ大きな鍵の歯のデザインが描かれていた。
それは「3本の古い鍵」の模様が木の根に絡みつくように、巧妙に彫り込まれた重厚な物だった。
「まず、1つ目だ」
セオドア王が扉の中央に彫られた、大樹のレリーフの幹へとそっと左手をかざすと、その掌から微かな魔力が波紋のようにレリーフへと伝わっていく。
「キィィィン……」
大樹の根元から幹へ向かって、まるで木が水を吸い上げるように、鮮やかな青い光が脈打って駆け上がっていく。
王族の血による魔力を正しく識別した扉が、眠りから覚醒し、内部から「カチリ」と、1つ目の閂が外れる重い音が響いた。
「そして、2つ目。シアン、覚えているか?」
「あれは、私たちがまだ小さかった頃、星が綺麗な夜に、母上がよくベッドの中で歌ってくれたあのおとぎ話の子守歌……。ただの綺麗な星空の歌だと思っていた。それが、隠された扉を開く鍵だったとは……」
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『ラルーギア国のおとぎ話の子守歌』
一つ、右の夜空に ぽっかり浮かんだ まんまるお月さま。
二つ、きらめくほうき星、地の底めがけて まっすぐ駆けてゆく。
三つ、左の星屑 ぐるりと集めて 魔法をかけましょう。
銀の光が繋がるとき、秘密の国への 扉が開くでしょう。
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「『一つ、右の夜空に ぽっかり浮かんだ まんまるお月さま』……」
セオドア王は、左手で扉に魔力を流し続けたまま、今度は右手の指先を動かし始めた。
青く輝く大樹の根元、右側の満月のような丸い模様を、右手の指先でなぞって綺麗な円を描く。指の通った跡が、パチパチと温かみのある金色の光の線となって壁に刻まれる。
「『二つ、きらめくほうき星、地の底めがけて まっすぐ駆けてゆく』」
右手の指先を、中央の折れた鍵の軸に沿って、上から下へと真っ直ぐ引き下ろす。
パチパチと金色の光が刻まれる。
「そして――『三つ、左の星屑 ぐるりと集めて 魔法をかけましょう』!」
最後に、左側に彫られた星屑の模様のまわりを、右手の指でぐるりと包み込むように、なぞりきった。
王の両手によって青と金の光の星座が、黒鉄の扉に完成した、その瞬間――。
「――カチ、カチリ」
扉の奥深くで精密な歯車たちが、まるで歌に合わせてダンスを踊るように噛み合い始めた。
王が扉から両手を離す。
「ズ、ズズズ……ッ、ゴゴゴゴゴ……」
巨大な黒鉄の塊がなめらかに内側へと滑り出し、『禁忌の書庫』の入り口が姿を現した。
「ここが王宮図書室だ」
セオドア王が入り口の壁にある、古い魔導具にそっと手を触れる。
「……ふわぁっ、ふぉん、ふぉん、ふぉん、ふぉん」
室内のあちこちに配置された魔導水晶が、柔らかく淡い青白い光を放ち始めた。
その光は、天井まで届くほどに高く並んだ本棚の列を、静かに暗闇の中から浮かび上がらせた。
室内はひんやりと乾燥し、澄んだ空気が迎えてくれる。
「ここは長く閉ざされていたのですか?」
「えぇ、王族しか入ることの許されない部屋ですしね。まぁ、幼き頃にこやつは私と一緒に立ち入りましたがね」
「あの頃は好奇心の塊りの王子に付き従うことが、私の使命と思っていましたからね」
言い返してやった感が満載だ。
「でも、王族しか立ち入りを許されない場所に、僕たちが入っても良いのでしょうか?」
「神獣さまと神の使徒さま、竜怖の卵のベル殿とらん殿、申し分のないご身分ですよ」
「それを言うなら、私は権利は無さそうですね」
「シアンは一度立ち入っているから、今更いいのでは無いか?」
「俺はどうなんだ?」
「ルシアンは冒険者ギルドのギルマスだろう? ギルドは神直轄の組織で、言うなれば使徒さまだ」
「いやいやいやいや、アンセル様と同じにされたら困りますって」
「僕も使徒さまじゃないって言ってるじゃないですか!」
「今回はこの全員で問題を解決するのだ。私が良いと言うのだから問題はない! 誰も見ていないしな」
――王様が問題がないって言うならまぁ良いか。
「でも、古い本の、かび臭い感じが一切しないのですね」
「ここは本を湿気から守るための、強力な防湿・防腐の魔導具が常に作動していますからね」
それでも床には薄っすらと埃が積もり、歩くたびに「ふわっもやもや」と浮かび、足跡を残していた。
「この香りはミント、ラベンダーですか?」
「よく分かりましたね。本の保護と空気の清浄のために、ハーブのエッセンスを本棚に塗ってあります。時が経っても古びた匂いを帯びないよう、紙の呼吸を健やかに保つためでもあるのですよ」
「虫よけでもあるのですか?」
「部屋全体には不浄な生き物が忌み嫌う、微細な魔力の波動を張り巡らせてありますので、小さな虫も子ネズミ一匹すらも入ることはできませんよ」
「へぇぇ、それは便利ですね。ぜひ教えて頂きたいです」
「トトに料理を教えて貰うのです! それ位は私にお任せください!!」
「お主、本など持っておるのか?」
「あ――、今は持ってない……と言うか、あっても【アイテムボックス】の中だから保管状態は完璧でした」
「…………」
部屋の中ほどまで行くと見事な彫刻が施された、漆黒の『大きな閲覧机』がぽつんと置かれていた。
その周囲には、机と同じ黒檀で作られた、背もたれの高い、上質な椅子がいくつか並んでいた。
机の広い天板の上にも、椅子のワインレッドの革座面の上にも、まるで薄雪のような白い埃がうっすらと、静かに積もっていた。




