第七十話 進化と成長に現実逃避がしたいです~少年たちの甘美なる目覚め~
リリーが僕たちの元へと飛んでくる。
「あるじ様、これはどう言うことかしら?」
「僕も驚きだよ。でも、くうが言うには、リリーが与えた祝福のキスと僕の初乳、これが『魔力を定着させる儀式』で、そこに朝食で出した『異世界の食べ物』が加わることで、一気に芽が出たみたいだね」
「良く分からないけど、まぁ成長と進化は悪いことではないわね」
「リリーは前向きで羨ましいよ」
「あら? あるじ様は何か困ることがあるのかしら?」
「だって僕が出す食べ物でポンポン進化しちゃうんだよ? そりゃ恐いよ」
「クイーン・リリーは私の結界に触れ、膨大な魔力と進化の種を得ました。そこに、ほんの少しだけ後押しをしただけのこと、と思えば気も楽ではないでしょうか?」
くうが僕の不安を慰めてくれる。
「う、うん――。まぁ複雑だけど、退化じゃ恨まれちゃうけど、進化なら許して貰える……かな」
「あたしの子供たちなら、大喜びで進化を楽しんでいると思うわよ。ほら」
光の霧が晴れると同時、純白のジレを纏ったガトー・ブランが、美しい所作でアンの前へと膝を折った。それに続くように、4人の少年たちが一斉に右手を胸に当て、流れるように膝を突く。その姿はまるで、若き精鋭の騎士団のようだった。
(はぁぁぁぁぁ、見事だな。なんて美しいんだ――)
「――我らが愛しきクイーン・リリー。そして、クイーンがあるじ様と慕う、偉大なるアン様」
総括官であるブランが、冷徹なまでに澄んだ、しかし深い敬意を秘めた声で静かに口を開く。
「昨夜、そして今朝の素晴らしい『異世界の恵み』、心より感謝申し上げます。クイーンが導くこの国を、この美しい楽園を、我ら5人が総力を挙げて盛り上げ、生涯お支えすることをお誓いいたします」
ブランの言葉に、ハニーゴールドのライディングパンツに手を添えたブールが、誠実で温厚な笑みを浮かべて深く頭を下げた。
「アン様、おじい様おばあ様から頂いた蜜蝋から作り出された45個もの巣、大切に使わせていただきます。この花畑を、私ガレット・ブールが責任を持って最高の生産地にしてみせます」
深紫色のロングシャツを揺らしたミュールが、切れ上がった目元でアンを見上げ、吸い込まれるような色気を漂わせながら甘く微笑む。
「これほどの魔力に満ちた水場があれば、開発も捗るというもの……。素晴らしい研究結果をたくさん、捧げさせてくださいね?」
「ふん、当然だ。外部からの脅威は、このグラニテ・シトロンが一切近づけさせない」
クリスタルブルーのスタンドカラージャケットの襟を正し、少しツンとした口調で胸を張ったのはシトロンだ。その瞳はアンとリリーへの熱い『勇気と忠誠』で輝いている。
「わあ、身体が軽いや! アン様、次のティパーティの仕込みは僕も手伝わせてね!」
ルビーレッドのサスペンダーを弾ませ、お茶目にウインクをして見せたのはチェリーだ。人懐っこい笑顔が、その場を一瞬で和ませていく。
ブランが再び姿勢を正し、僕の傍に居るくうたちへと視線を向けた。その一挙手一投足が、宝塚のトップスターのように絵になっている。
「そして、クイーンが憧れる気高きペガサスユニコーン、くう殿。この『常春の箱庭』への扉を生み出し、私共に進化の機会を与えていただきましたこと、深く感謝いたします。皆さまと共に過ごすことの喜び、言葉に言い尽くせません。」
「――私のすべてはアンお嬢様の御心のままに。それが、クイーン・リリーの願いを叶えることに繋がるのであれば、いつでもこの力を尽くしましょう」
くうがブランに返す。
「クイーンを最初に見つけてくださった、らん殿」
「きゅきゅぅい!」
ブランに名を呼ばれ、らんちゃんが嬉しそうに胸を張る。
「らんちゃん、しゅごい……こほん」
「あるじ様、くすくす」
「ガナッシュ・チェリー、笑わないの!」
「そして、魔力を分け与え、夢の様な機能を持つ、冷蔵庫や通信機、豊かで安全な水場を創り出すお手伝いをしてくれたベル殿にらん殿」
「チリリィィィン」「きゅいっ」
「ふふ、二人ともえらいぞ」
(今度は赤ちゃん言葉を使わなかったぞ)
「皆様の愛によって、私たちはこうして進化の芽を発芽させることができました。これからは我ら5人、この【常春の箱庭王国】のブレーンとして、全力で恩返しをさせていただきます」
ドールハウスの前に並んだ、5人の麗しき男装の少年たち。そのあまりの格好良さと華やかさに、僕は驚きつつも、胸の奥が温かい幸せでいっぱいになるのを感じていた。
「みんな、生まれてきてくれてありがとう。進化を怯えずに受け止めてくれてありがとう。僕の方こそ、みんなに出会えて幸せだよ。リリーと一緒に、最高の国にしていこうね」
「「「はい!!」」」
――パンパン!
リリーが小さな手を叩いて注目させる。
「みんな、お食事の途中よ。席に戻りなさい!」
パタパタガタガタ――。
少年たちは慌てて席に着くと、残った朝食を食べだした。
大理石の水場から汲んだ『守護の聖水』を、「コクリ」と飲んで、軽く光が放たれたことは見ていないことにしよう。
「わあ、すっきりして美味しい!」
チェリーが一口飲んで目を輝かせる。
「――ほう。喉を滑り落ちた瞬間、体内の魔力回路の不純物が完全に洗い流されていくのが分かりますね」
ブランが驚くほど冷静にその効果を総括する。
「うん、これは凄いよブラン。躰の芯から活力が湧いてくる。この水を畑に撒けば、誰もがひっくり返るほどの特級品が育つに違いない」
ブールが職人らしい真剣な目で水面を見つめて、深く頷いた。
「ふふ、これほど甘美な魔素が溶け込んでいるなんて……。この水をベースに品種改良を進めれば、生産効率は跳ね上がるわね」
ミュールが指先で顎を支え、ミステリアスに目を細めて微笑む。
「ふん、飲むだけで傷が癒えるというのなら、我が防衛軍の継戦能力は無敵となるな」
シトロンは顎を引いて腕を組んだ。
「このお水はね、くう様たちが作られた最高傑作よ。飲むだけで体力が回復して病を遠ざける『守護の聖水』なのよ」
リリーが知ったかぶりで説明してくれた……。
「あーあーあーあー、聞こえない聞こえない。お花畑の風が気持ちいいなぁ……」




