第六十九話 リリーの子供たちが進化しました~男装の麗人たち~
くうが火傷をせずに食べ始めたのを見て、子供たちへと向き直る。
ベルちゃんとらんちゃんには、いつもの様に「ふぅふぅ、あーーん」する。今朝は僕もちょっと我慢出来ないから、三人で順番に「ふぅふぅ、あーーん」した。
「美味しいっ!」「きゅぅぅぅい、美味しいの」「チリンチリンひゅぅぅん」
「――あぁ、これは。夢のように甘くとろけ、雲のように儚く消え去る……。実に優しく、なんと芳醇な味わいなのでしょう」
「美味しいみたいで良かったよ」
リリーのお家からは楽しそうな声が聞こえる。
「んんーっ!! アンおねえちゃま、これ、すっごく美味しい……!」
レッド(ガナッシュ・チェリー)がお口のまわりを黄金色に濡らしながら大はしゃぎする。
「これは素晴らしい……。体中が、まるで新しい太陽を宿したかのように熱くなるのを感じます」
ホワイト(ガトー・ブラン)が純白の羽をパァッと輝かせ、すでに王者のような風格で自分の手を見つめる。
すると五人の全身から、圧倒的な密度の魔力が溢れ出し、部屋の中に五色のまばゆいオーラが激しく渦巻いた。
――コオォォォォッ……!
それは幼児の小さな躰から放たれているとは思えない、空間を震わせるほどの光の暴風だった。
「あちゃ、またやっちゃったかな?」
「ふふふ、そうですね。あれはどう考えても、この結果を導き出すものでしたよ?」
「どれが?」
「昨夜、クイーン・リリーから与えられた祝福のキス、そして、アン様の手ずから与えられた『異世界のローヤルゼリー』。あの時は特に何も見えてはおられなかった様ですが――」
くうは一拍置き、愛おしそうにリリーの子供たちを見つめると、続けた。
「あの初乳は、彼らの躰に魔力の種を完璧に定着させるための、儀式となったのですよ。そこに与えられた『異世界の巣蜜』と『花粉』に『プロポリス』。この最高の材料が注がれたことで、この子たちの魔力の臨界点を超え、進化の芽を発芽させた。――そう言うことでしょうね」
「ふぅぅぅん」
「きゅきゅぅい」
「はいはい、らん殿には昨夜ちゃんと見えておられましたね。私には分かっておりますよ」
「え? そうなの? らんちゃん、しゅごいでちゅねぇぇぇ」
「チリン、ベルちゃんもぉ」
「はいはい、ベルちゃんも良い子でちゅね。よちよち」
リリーのお家のダイニングからは、止めどなく光が溢れている。
「あ、熱い……! でも、嫌な熱さではない。心の底から、折れない『力』が湧き上がるのが分かる!」
ブルー(グラニテ・シトロン)が、小さな拳をきゅっと握りしめる。その躰から溢れ出るクリスタルブルーの魔力は、周りの空気をピキピキと凍らせるような、鋭い『氷結』の波動となり、小さな騎士団長としての覇気を放ち始める。
「……ふふ、凄まじいですね。アンおねえちゃまの巣蜜が、私の中の眠れる力のすべてを覚ましてしまった……」
パープル(グラッセ・ミュール)がうっとりと己の躰を抱きしめる。その足元からは、深紫色の『紫電』の火花がバチバチと爆ぜ、幼児と思えぬミステリアスな色気が部屋を満たしていく。
「うわぁぁっ! なんだか身体の芯が、ものすごくぎゅっと、強くなっていくみたい! この花たちをいつまでも豊かに咲かせる、無限の体力が湧いてきたよ!」
ゴールド(ガレット・ブール)は、その腕を見つめながら大興奮で声を上げた。ハニーゴールドの髪が黄金色に輝き、『大地の光』が、ダイニングに置かれた観葉植物を瑞々しく青々と息吹かせていく。誠実さと優しさが、そのまま強大な魔力となって溢れ出す。
「わあぁぁっ! 身体が軽くて、楽しくて、もうじっとしていられないや! アンおねえちゃま、見て見て!」
レッド(ガナッシュ・チェリー)が、ルビーレッドの『烈火の炎』をパチパチと弾かせながら、ダイニングの天井をブンブンと力強くフライトし始めた。放たれた光は、まさに情熱の塊だ。
「みんな……すごいや……!」
五人の体から柔らかな光の粒子が舞い上がると、空中で渦を巻いて絡み合う。
「パパァァァァン!」
目映い音を立てて弾け、光が五人に眩く降り注ぎ、優しく包み込む。
――その体を包む光のカーテンが引くと、丸みのあったシルエットが引き締まったそれへと伸びていく。身に纏っていたパジャマは、彼ら自身の膨大な魔力によって瞬時に編み直され、それぞれの「役割」を体現する、凛とした男装の麗人——少年の姿へと変貌を遂げた。
ガトー・ブラン(ホワイト:経営・全体指示)
光の中心で真っ直ぐに背筋を伸ばしたのは、ブランだ。純白の端正なジレに、気品あるネクタイ。幼児の面影を完全に脱ぎ捨てたその佇まいは、一群をまとめる総括官としての圧倒的なカリスマ性と、冷徹なまでの美しさを放っている。
ガレット・ブール(ゴールド:現場の生産・指揮)
ブールを包む光は、どこか温かく厚みがあった。ハニーゴールドの仕立ての良いシャツに、大地を駆けるのに最適なライディングパンツ。土やお花畑を愛する職人らしい無駄のない装いでありながら、誠実さと深い慈愛が、そのジャケットの着こなしから滲み出ている。
グラッセ・ミュール(パープル:研究開発・情報分析)
すっと切れ上がった目元に、どこか危ういまでの美しさを漂わせたミュールが影から進み出る。深紫色のタイトなジレに、流れるようなアシンメトリーのロングシャツ。その指先には、魔力の揺らぎを正確に指し示す、細身のレザーグローブが嵌められている。
グラニテ・シトロン(ブルー:リスク管理・セキュリティ)
「ふん」と、小さく鼻を鳴らして顎を引いたのはシトロンだ。クリスタルブルーのダブルボタンのスタンドカラージャケット。お花畑のリスク管理とセキュリティを担う指揮官としての凛とした強さと、ほんの少しツンと尖ったプライドが、その美しい男装の胸元に眩しく輝いている。
ガナッシュ・チェリー(レッド:加工・付加価値の創造)
「わあ、すごい!」と、自分の大きくなった手を嬉しそうに見つめて笑ったのはチェリーだ。ルビーレッドの華やかなサスペンダーに、キャスケット帽。お茶目で人懐っこい笑顔はそのままに、宮廷の給仕長を思わせる小粋な男装が、その場の空気を一瞬で明るく満たしていく。
それは、少女たちの内なる知性と情熱が選んだ、最も美しく機能的な「男装」という姿。
クイーン・リリーによる『祝福のキス』と『異世界の恵み』は、ブレーンたちの体内で臨界点を超え、今、確かな進化の芽を爆発させたのだ。
お花畑を舞台に、華麗なる物語の幕が、今、鮮やかに上がるのだった。




