第六十六話 祝福のキスと小さな進化の開始です~初乳はローヤルゼリー~
クイーン・リリーは羽ばたくのを止めて、子供たちのベッド横に降り立つと、一人一人に優しくキスをする。
『ガトー・ブラン』――その白い額へそっと唇を落とし、群れを導く『知性と誠実』の気高き聖光を。
『ガレット・ブール』――おくるみから溢れた小さな手の甲へ慈しみを込めた口づけを、命を育む『忠誠と慈愛』の大地の光を。
『グラッセ・ミュール』――そっと閉じた目蓋へ深くキスを授け、すべてを魅了する『叡智と誘惑』の紫電の火花を。
『グラニテ・シトロン』――すやすやと眠るその頬へ愛おしく唇を寄せ、仲間を護り抜く『勇気と正義』の不屈の氷結を。
『ガナッシュ・チェリー』――上を向いた小さな手のひらへ慈愛の祈りを込めて口づけ、『情熱と好奇心』の烈火の炎を。
クイーン・リリーからの祝福が与えられた。
赤ちゃんたちの身体の奥底に、目に見えない覚醒の光がキラキラと輝き、聞き取れないほど小さな進化の音が、パチパチと弾けて体中に広がって行く。
「きゅきゅぅぅぅい」
「らんには見えている様だな」
「何が?」
「今に分かる」
「ふぅん、まぁ良いや」
「リリー、まだローヤルゼリーは残ってる?」
「えぇ、たくさんあるわ」
リリーの冷蔵庫から小さなパフェグラスに入れたローヤルゼリーの残りを取り出す。
「もう一つ、これが必要なんだよね」
取り出したのはスライムのベルちゃんに、最初の数回だけミルクをあげるのに使った注射器だ。モチロン針のない、薬なんかを飲むときに使う物ね。
「ベルちゃん、これ借りても良い?」
「チリーーーン、良いよぉ」
「ダッシャー、これ除菌したいんだけど魔法を教えて」
「自分で考えるのではないのか?」
「今は緊急事態でしょ? お願い」
「『聖光除菌』だな」
「『聖光除菌』!」
僕の指先から太陽の光をギュッと凝縮したような、薄紫を帯びた白い光がシュバッ! と放たれた。
その聖なる光が注射器を優しく包み込んで貫いた、その瞬間だった。
――シュワァァァ……バチバチッ!
注射器の細かな隙間に潜んでいた、目に見えない雑菌が、金の火花を上げてきらきらと光の粒子へと姿を変え、ふんわりと消滅していく。
「よし! 完璧。リリー、初めてのローヤルゼリーを僕があげても良いかな?」
「えぇ、お願い。あるじ様」
ローヤルゼリーを少しだけ吸い込んで、赤ちゃんたちのベッドに近づく。一人ずつ抱き上げて、ほんの少しだけピストンを押して、小さなお口に流し込む。
「ローヤルゼリーでちゅよ」
「んまんまちゅちゅぅ」
「いいこでちゅねぇ」
「ちゅうちゅうちゅぴ」
「おいしいでしゅか」
次々と赤ちゃんたちにローヤルゼリーを飲ませていく。
優しく背中をさすると小さくゲップをした。
「けぷ」
「リリー、この子はもうお腹一杯になったかな?」
「えぇ、ありがとうあるじ様。もう今はお腹いっぱいだと思うわ」
そっと小さなベッドへ寝かしつける。
純白のシルクのお布団の中で、すやすやと眠る子供たちを愛おしそうに見つめる。
「リリーはローヤルゼリーは食べたの?」
「まだよ。生まれそうだったから目が離せなかったの」
「そうだと思ったよ。はい、たくさん食べてね」
リリーにパフェグラスに入ったローヤルゼリーを渡す。ミニスプーンも1本取り出して一緒に渡した。
「ありがとう、あるじ様。いただくわ」
「お水もどうぞ」
ダッシャーが作ってくれた大理石の水盤に、ベルちゃんのろ過機能と、らんちゃんの安全装置を組み込んだ、あの水場から汲んだ水だ。
それはベルちゃんの術式と、らんちゃんの魔素が水に溶け込んで、飲むだけで体力が回復し、病を遠ざける『守護の聖水』になっていた。
赤ちゃんたちは「すやすやスピィ」と寝息を立てて眠っている。ここは僕の【アイテムボックス】の中だし、危険は無いけどちょっと心配だ。
「ねぇダッシャー、ベルちゃんらんちゃん。今夜はここで、リリーの傍で過ごしたいんだけど良いかな?」
「いいよぉ」「たのしいの」
「我も構わぬぞ。だが、ならば――」
――ふわぁ。
なぜか『くう』が現れた。額から螺旋状の角が現れ全身が月の光を浴びて、相変わらずキラキラしい。
「何で『くう』なの?」
アンの姿の方がママっぽいからだろうか?
「貴女が安心して眠ることが出来る様に、ナイトの役目を全うするために、私はここに居るのですよ」
「でも『くう』も疲れてるでしょ?」
「私は貴女に優しく寄り添うことを、至高の喜びと思っていますよ」
「ダッシャーだって十分僕に優しいのに……」
マナ・レクス様にしても、みんな僕に甘すぎやしない? そりゃありがたいんだけどね。
「それは、あるじ様が優しいからよ」
僕の心の声を感じ取ったリリーが、これまた優しい言葉を掛けてくれる。今日はとっても忙しくて大変だったけど、そんなに優しくされたら泣いちゃいそうだ。
今は女の子だけど中身は男の子。ぐっと我慢だ。
「みんなありがとう」
「私にとって、貴女を護ることは『世界の理』なのですよ」
「それじゃ益々僕は甘えてしまうよ?」
「構いませんよ。お嬢様」
なるほど、『くう』になってくれた意味が分かった気がする。
「ありがと」
『くう』をきゅっと抱きしめる。
「きゅきゅぅい」「ちりりん」
「二人もありがと」
「きゅぅぅぅ、ぷにゅぅ」「ちりりぃぃぃん」
「ふわぁぁ、何だか安心したら眠たくなってきちゃったね」
すると僕たちの眠気を察したかの様に、リリーの霊樹が「きき、きぃ……」と微かな音を立てて、太い枝を地上近くまで伸ばしてきた。
「え!? どう言うこと?」
言うより早く、僕のお尻を「ぽんっ」とすくい上げると、その枝との間に心地よい風が「ふわり」と吹いて僕の体を支える。
それは霊樹の上に敷かれた極上の空気のクッションとなり、とても柔らかく、眠気を誘う温かさだった。
「うわぁ……ふわふわだ」
僕を抱きかかえる様にダッシャーが横になり、ウトウトしているベルちゃんとらんちゃんが「ぽすん」と滑り込む。
「とても幸せな気持ちだよ。おや……す……」
「おやすみなさいませ、私の大切なお嬢様」
『くう』の視線の先でリリーが活動を始めた。




