第六十一話 グローは寝起きが悪いのです~地下分水宮の成り立ち~
セオドア王が『龍神の神託』とその史実について語り始めた。
あれは私がまだ幼い頃、シアンといつもの様に王宮内を探検していたある日、古い書庫で見つけた落書きのような古地図。それを頼りに、大人たちの目を盗んで埃っぽい地下の奥深くへと忍び込んだ時だった。
暗く長い階段をひたすら下り、迷路の様な通路を進む。だが、途中で完全に迷子になってな。シアンが泣きそうになりながら『戻ろう』と言うのも聞かず、私は突き進んだ。
「埃っぽいし蜘蛛の巣だらけで、とても生きた心地のする場所では無かったぞ」
「ハハハ。あの頃からお前はキレイ好きだったからな」
そして、見つけたのだ。蜘蛛の巣の張った重い扉を押し開けた先に……。
セオドア王は一度言葉を切り、目の前の水路を見つめた。
そこに広がっていたのは、巨大な石柱が立ち並び、澄んだ水が湛えられた、息をのむほど美しい『地下分水宮』だった。水面に反射した光が、青く天井に揺らめいていた。語り継がれていた『おとぎ話』の地下水宮がそこに確かにあったのだ。
「その『おとぎ話』が先ほどの予言ですか? 嘘みたいな話しですが、語り継がれたお話しなんですよね?」
「いえ、先ほど話したのは未来に対する『予言』です。今となってはそれもまた『史実』となった訳ですがね」
「『おとぎ話』とはあれですね。この国の建国に関する『ドラゴン様の山の怒りを自由に操る』逸話」
シアンさんが続ける。
『ある日、山に巨大な竜が降り立つ。その山はこれまで静かに眠る山だったが、常に諍いの絶えない地だった。竜の降臨と共にその怒りが放たれ、かつての都が崩壊した。その後、竜の寝床の地下水宮を作り、竜を奉ることで怒りは鎮まり、竜はこの地に新たな都を築くことを許した』
「我らが幼き頃に語り聞いたその『おとぎ話』と、私が父王から聞いた『史実』とは少し違ったのだよ」
「ここで言う竜とは『ゆりかごの山、フェリス』に棲むドラゴン様のことでしょう? 竜の寝床と地下水宮とはどう関係するのでしょうね」
「それは私にも分からぬことだが、ダッシャーは案外知っているのかも知れんな」
「『おとぎ話』が『史実』と知った時に、父王からは過去の戒めとして、決して犯さぬ様にとも伝えられたのだ」
160年前のある日、あの山が噴火を起こす直前、空から巨大なドラゴンが降り立つ姿が目撃された。直後に大噴火が起こり、人々はそれをドラゴン様の怒りと受け止めた。かつて、この国は隣国との国境争いで戦が絶えなかった。それはあの山を巡る諍いだったのだ。
山の怒りは激しく、そこから噴き出す噴石や火山灰で国は滅びに向かう。だが、当時の国王の夢枕に巨大なドラゴンが立つと、一つの願いを伝えた。
王は、ただただ震え上がり夢を夢とした。
その内容は夢としてはありありとして記憶に残り、現実味を帯びない過酷な物だった。
噴火で機能が麻痺寸前となった王都を捨て、ドラゴンの山近くに遷都し、その地下に『分水宮』を建設し、山と水路で繋ぐという物だった。
王は三日三晩同じ夢を見、その後に王弟や王妃、周りの者たちも同じ夢を見ることとなった。そして五日目が過ぎた朝、王は決意した。遷都と地下分水宮の建設を――。
六夜目の夢枕に現れたドラゴンに『山の神として祀り、遷都した王都の地下に分水宮の建設をする』と約束をした。すると、翌朝目覚めた時には、これまでの噴火が嘘のような静けさに街は包まれた。
その後、竜は深く眠りについたが、時折、山からチラチラと不気味な炎が吹き上がった。人々はそれを『竜の怒りの火だ』と恐れたが、当時の王は、その炎は過去の過ちに対する戒めとして心に深く刻んだ。戦で流された血が、竜をこの地に呼んだのだと――。
「そうして長い年月をかけて遷都し、あの地下分水宮と、山へ続く水路を造り上げたのだ。その取水口がこの水路と言う訳だろうな」
「でもその戒めに背いた為に竜は怒り、この子達が神の手によって託された。神託である地下分水宮への水の供給が閉ざされていたが、それは今まで知られていなかった――と言う訳ですか」
つい口を挟んでしまった。
「えぇ、アンセル殿の言う通り、その結果が80年前の竜神様の怒りでしょうね。それに、気付かなかったとは言え、竜神様との約束を果たせていなかったこの国に、お怒りになるのは当然のことでしょう」
「今回お怒りになった原因を作った水門を解放し、水を地下分水宮に送ることで怒りが鎮まる、と言うのが予言と言う訳か」
ルシアンさんが分かった風に説明する。
「だが、我が知る、あやつがこの山に降り立った云われと、少し違う様だな。噴火をしたばかりの温かく寝心地の良い場所を見つけた――程度と思うがな」
「だが、ドラゴン様が山の怒りを鎮められ、その見返りとして水宮を要求された。これは確かなことではないのか?」
「あやつは炎属性のくせに昔から水に入りたがる。山の怒りを上手く利用したのではないか? まぁ、体に取り込んだ山の熱を水で冷ましていたのかも知れぬがな」
「それならやっぱり噴火の熱をグローが取り込んで、押さえてたってことじゃないの?」
「竜の寝床が水で満たされるとはどう言うことでしょうか? 寝床は山の上なのでしょう?」
「山から水路で繋がっているからな。ここで昼寝でもしていたのではないか?」
「しかし、噴火はドラゴン様が山に降り立った直後に起こったと――」
「何もなければあやつはそこまで怒りはせぬぞ。特に眠りを妨げられる以外には、我が知る限りは庇護下の魔物を傷つけられた時位だぞ」
「それが80年前の噴火と言う訳か」
「だが、時折見られた炎はどう言うことだ? 我らへの戒めではないのか?」
「いびきで炎をまき散らし、山を焼いたこともあるのだぞ? それにだ、あやつは寝起きがとにかく悪い。それを鎮めるためにも水宮が必要だったのでは無いか?」
「それならやはり、地下分水宮への豊かな水の供給を途絶えさせた、我らへの神罰では無いのか?」
「ともかくだ! あやつはそんな殊勝なヤツではないわ」
「グローの友達のダッシャーが、『そんなに自分を責めなくても良い』と言ってますよ。グローはそんなことで怒ったりはしないとね」
(…………)
竜のあまりにも身勝手な、脅迫とも取れる要求にこの国は従うほかなかったが、地下分水宮はこの国に豊かな水資源をもたらし、降り積もった火山灰は長い年月を要したが、大地を豊かにした……。
時折り吐く竜の炎は、大地を温め王都とその周辺を常春の地へと変えていった。
長い時を経て、それはこの国を守るために竜が自らを悪とすることでもたらした、豊かさとなった。
しかし、その安念の時は突如として終わりを迎えた。
それが80年前の隣国の侵攻を迎え撃った戦であった。
80年の時を経て、ドラゴン様からの戒めを、使者の躯を目の当たりにした当時の王の怒りが上回った結果だ。
「それを創造神、マナ・レクス様が竜怖の卵を託すことで鎮めた。だが、それもまたつい先日の一件で潰えたがな」
「デルポフ国の長年に渡る不法侵入と採掘ですね」
「でも、グローが居なくなったあの山は、噴火を鎮められなくなるんじゃないの?」
「それは大丈夫であろうな」
「ん?」
何か知っている様な口ぶりだけど、きっと今は話してはくれないだろう。でも、ダッシャーが大丈夫と言うなら心配しなくて良さそうだ。




