第六十話 国に予言の逸話があります~クレイの行きつく場所~
ダッシャーの声が遠い水門に居る、冒険者ギルドのギルマス、ルシアンさんの脳裏に直接届く。
『ルシアンよ。水門を閉めよ』
「うわっ! り、了解」
ルシアンさんは水門の梁の上に駆け上がると、クルクルクルッ! とハンドルを回し、水門を全て閉めた。
それまで引き込み口から激しく流れ込んでいた水が、ピタリと遮断される。
「お、軽っ! 閉めたぜ」
空に向かってダッシャーに返事を送る。
「あい分かった」
ダッシャーが頷く横で、アンセルが慌てて声を上げる。
「ねぇダッシャー、ルシアンさんに『今日はもう水門には行かないから戻って来て』って伝えて」
「聞こえてるよ。何だよせっかく居残りしてたって言うのに冷たいぜ」
「あ、聞こえてました? それより早く『聖風の回廊』を通ってこちらに来てください。その道は残りますが、付与した魔法は消し去るとダッシャーが言ってます」
「そいつはマズいぜ」
大慌てで梁から飛び降りる。
「じゃあ俺はお先に失礼するぜ」
水音が止んで静かになった場所で、水路の対岸にやっとの思いでたどり着いたばかりの、商人ギルドの連中に言い放つと、光り輝く回廊へと勢いよく飛び込んだ。
あのフィデロとパドラスが爆走する様を見ていたら、それが神掛かった物だと誰もが思うだろう。
そもそもが、ダッシャーの魔法が効いている間は、地面は最高級の絨毯が敷き詰められたかのようにウッドチップがクッションとなり、水たまりや岩も、邪魔な木々や草も何一つない『奇跡の道』だったのだ。
もしこの魔法が消えたら、その後にどんな険しい道が現れるか分からない。
――ドバァァァァァンッッッ!!!
ギルマスの超人的な脚力が、空気抵抗ゼロの空間で爆発する。
それは自分の足で走っているとは思えないほどの凄まじい勢いで、弾丸のごとく『聖風の回廊』を駆け抜けて行った。
◇◇
沼地への給水は止まった。だが、すでに沼の底へと集中していた水圧の破壊力は、止められなかった。
――キ、キキィギィィギキギッ!!! ドバァァァァァンッッッ!!!!
地底の奥深くから、大地の骨組みが引き裂かれるような凄まじい大音響が響き渡る。
かつてご先祖様たちが造り上げた『地下水宮』の秘密の水門に固着していた噴火の残骸が、洗剤の効果の残る魔水に融解され、勢いよく開いたのだ。
「沼の、底が抜けたぞ……っ!?」
シアンさんが悲鳴のような声を上げる。
「あぁ、せっかく貯水池としてクレイの集積場にしようと思ったのに、全部流れてっちゃったよ」
「いや、アンセル殿、これで良いのだ。むしろこれが最高の形だよ」
意味が分からない。
「地下水宮だ」
「あの沼の先は、王宮の最深部――王直轄の『地下水宮』へと繋がっていると推測出来る。あそこは王室の許可なくして立ち入ることはできんのだ。アンセル殿の言う『クレイ』が我が国の特産となるのなら、それこそ私の管理する場所で、その全てを私が指揮するのが一番だろうと思うのだよ」
「あの時の『地下水宮』が、ここに?」
呆然とするシアンさんに、セオドア王は地底へと続く穴があいた真っ白な沼地を見つめながら、深く深く頷いた。
「ああ。幼き頃に母君が読み聞かせてくれた、我が国の古いおとぎ話――いや、先祖が遺した『予言の逸話』に、こうあったのだ」
「『山が猛り、聖なる路が黒く埋もれしとき、天を駆ける翼と、疾風の獣、清らかな水の化身が現れん。異空より集いし神の道具を操る、美しき一人の童子。その導きによりて、竜の寝床に清らかな水が満たされるとき、大地の怒りは静まり、国は再び常春の緑に包まれるだろう』」
「王様、それって……」
身に覚えがありすぎて、言葉にするのもおこがましい――。
「その絵本には、お主たちの姿にそっくりの挿絵が描かれていた。そして、その中心で不思議な形をした神の魔道具を構え、みんなを率いる『とても可愛い女子』の姿がな……!」
「勘違いしてるといけませんので言いますが、僕は『男』ですよ?」
(今はね)
「今はな」
「むぅぅぅぅぅぅぅ、余計なこと言わないの!」
「まぁ『地下水宮』にはテオの許可なくしては立ち入れぬし、この水の行きつく先が王宮の地下であるなら、誰も手出しは出来ぬと言うことだ」
「商人ギルドは指を銜えてみているしかないってことか」
「うおおおおおお! なんだこれめちゃくちゃ気持ちいいぞーーーっ!!!」
遠くからルシアンさんの叫び声が聞こえる。
キキキキキーーーーー、ドガンッ!
急には止まれなくて『聖風の回廊』が途切れた先の木に激突した。
「アイタタタ――。いやしかし、爽快な走りだったわ」
ピンピンしている。さすがは冒険者ギルドのギルマスだ。
「それで何がどうなってんだ?」
水がすっかり無くなり、太陽光で鏡のように輝く巨大な『白大理石の水槽』を見てルシアンさんがつぶやく。
「ここは昔は何に使われてたんだろうか?」
「『地下水宮』へ清らかな水を湛えるために作られた、『沈殿湖』として機能していたのだろうよ」
ダッシャーが教えてくれる。
セオドア王はまるで子供の様に目を輝かせると続けた。
「我が国に遺された160年前の『龍神の神託』の史実が、今すべて繋がった」




