第五十八話 水門を開けました~心配なのは沼の氾濫~
セオドア王達のところへ着くと、3人して泥湯にとっぷりと浸かって気持ちよさそうにしていた。
「お待たせしました。こちらは終わりましたので、そろそろ始めますか?」
「えぇ? もうですか?」
あれだけ嫌がっていたシアンさんもトロトロの様だ。
「冷めない丁度いい温度の湯に、身も心も癒されましたよ。しかもこの気持ちのいい泥、なんとも素晴らしい」
セオドア王も日頃の疲れを癒せた様で何よりです。
「良い商品になると思いませんか?」
「えぇ、納得ですよ。これは高く売れますね」
「あぁ、俺だってずっとここに居たい位だ」
「ずっと居たいのなら止めませんよ? でも水門を開けたら流されますよ?」
「それは困るがよ、アンセル様よ。もう子供たちの邪魔はしねぇから許してくれよ」
「竜怖の卵の子達にいたずらをする様でしたら、私も黙ってはいませんよ?」
セオドア王が援護射撃をくれる。
「冗談ですよ。今、水門を開けたらみんな流されちゃいますからね」
「本気なのか冗談なのか分からねぇんだよな。怒らせたら恐いってのだけは分かったがな。あれは痛かった」
「でも言ったのに止めてくれないからですよ? それに半分しかレバーは引いてませんでしたし、手加減はしてましたよ」
「そいつはありがてぇや」
「冗談はさておき、皆さんのクレイをキレイに洗い流しますね」
【電動シャワー】でシャワーのお湯を浴びて貰う。
「サラサラっとクレイが落ちて、これもまた気持ちいいですな」
「本当ですね。顔もツルツルスベスベです」
「髪もサラサラだ」
『雷導水球』の魔湯は浄化の効果もある。
「このお湯には浄化の力もあるんですよ? 身も心もピカピカになったんじゃないですか?」
「いやぁ、すっかりいい気分ですよ」
「泥湯に浸かっていた時も心地よくて上がりたくなかったが、今は殊更に清々しい気分だな」
「俺は身も心も軽やかだ」
さて、のんびりタイムは終わりにして水路に目を向けますか。
「この水路ですが先がどうなってるか分かりますか? 見えている範囲は商人ギルド裏の沼地までなんですが……」
「その沼地は水車を動かすための貯水池にするんですよね?」
シアンさんが質問する。
「えぇ、水路と水車と池、この繋がりは良いんですが、水車を動かした水の行きつく先が少し心配なんですよ」
「普通はそのまま街中にでも流れて川か海に行くんじゃないのか?」
ルシアンさんがらしからぬ答えをくれる。
「そうなんですが、見えている場所がここまで汚れていて、見えない部分が整っていると思えなくて……」
「そのまま水を流すともしかすると氾濫か、最悪の場合、街が洪水に見舞われる――と言うことですか」
セオドア王が僕の心配を理解してくれた。
「テオよ、お前は『地下水宮』の存在を知っておるか?」
「「っ! あれか!?」」
セオドア王とシアンさんが、顔を見合わせて声を揃える。
「地下水宮って何?」
「今は時間がない故、後で話してやる」
「我はあの沼地の底に、『地下水宮』へと繋がる水路があると思っておるのだ」
「でも沼地の先にそんな水路があって、水が流れるとしたら、雨水があそこに溜まっているのはおかしくない?」
「それはあ奴らに聞くのがよかろう」
視線の先に商人ギルドの連中が小さく見えていた。
「いつまでもこのままだと、せっかく熱水で良い感じのクレイが出来上がったのに、またカビカビになっちゃいます。沼地の先がどうなってるか分からないけど、一旦流そうと思います」
「そうだな。レイノスがまた何かやらかす前に、さっさと目の前から無くした方が良い」
商人ギルドに対する気持ちは、ルシアンさんも同じ様だ。
「ダッシャー、僕たちを水路の上に移動させてくれる?」
水路の壁の上を指差す。商人ギルドの歩いて来る側と反対側だ。
「ブワッ」
ダッシャーの羽ばたき一つで水路の上には拓けた場所が出来た。
そこにふわりと移動して貰う。
水の無い水路を立った高さで眺めると少し足がすくむ。
「次は水門を開けて水を流し込むんだけど、やっぱり少し不安があるんだよね」
目の前には、川の本流がある。そこから少し外れたところにある引き込み口は今は穏やかだが、水門が開けば、本流の水圧が連動して一気に牙を剥くかもしれない。
この小さな水路に、あの本流のパワーがどれくらい吸い込まれていくのか、その先の沼が耐えきれるのかどうか……。
「ダッシャー、君の力で沼地の様子を感じることは出来る? この水路のクレイが全て流れるまで川の水を入れたとして、やっぱり沼が溢れないか心配なんだ」
「造作もないことよ」
ダッシャーの鬣が静かに逆立ち、翼が広がる。細かな光の粒子がふわふわとその場を包み込むと、その意識は一瞬で数キロメートル先の沼地へと繋がる。
「では、門を開けるがよい」
「全開で良いの?」
「全て開けねば、残された門が水の力に吹き飛ばされるやもしれぬからな」
水門を開けるレバーは水路をまたぐように作られた、頑丈な梁にある。
そこに上るのに少し危ないと思って、子供たちがスヤスヤと眠るスリングをダッシャーに預ける。
「この上に乗ってっと、おっととと――」
フラフラと足元もおぼつかず、両手を付いて四つん這いになったと思ったら、『ふわり』と浮いてダッシャーに強制退場させられた。
僕はちょっと泳ぎに自信が無い。流されたらきっと溺れてしまう。まぁそうなってもきっと誰かが助けてくれるとは思うけどね。チラッとダッシャーを見る。
「見てられぬわ。テオかシアンよ。出来るか?」
「こういう泥臭い力仕事は俺の領分だ! 任せてくれ、ダッシャー様」
「良い選択だ。おい、お前。一気に全開にするのだぞ」
「了解!」
ルシアンさんは梁の上にドカドカと上がった。
その梁に、水門板を吊り上げるための巨大なハンドルが設置されている。
梁の上でしっかり足を踏ん張り、両腕でハンドルを掴んだ。
「よし、いくぞ……! ぬぅんんんのぉぉぉぉお――ッッ!!」
全力でハンドルを引いた。
クルクルクルクルクルクルッ!!
「ぶふぇっ!?」
「あっ――」
洗剤が綺麗に錆びを落としていたため、ハンドルは信じられないほど軽やかに回転した。
考えてみたらそりゃそうか……。
勢いが空回りして、ひっくり返ったルシアンさんに、少しだけ申し訳ない気持ちになった。
そんな気持ちもよそに、水門が一気にシャー――っと跳ね上がる。
次の瞬間、視界が真っ白な飛沫で埋め尽くされた。
ドッゴォォォォン!!
それは流れというより、「爆発」だった。
川の水は一気に水路に集中し、激しく噴き出した。
洗剤ですっかりゆるゆるになった汚れは一気に流され、その水は水路の壁面をせり上がる様に大蛇と化していく。
激流が通るたびに、水路の隅々に残っていたわずかな火山灰が「ペリペリペリ!」と音を立てるように綺麗に剥がれ、溶け込みながら水にさらわれていく。
ドババババババババァァァァァ!
「ねぇ沼はどう? 水門閉めなくても大丈夫?」
「それは問題ないな。むしろ――、見た方が早いな。お主らも一緒に行った方が良かろう」




