第五十二話 ウォーターバルーンが爆発しました~温度は60℃~
ダッシャーが珍しくまじめな顔をして、何やら考え事をしている様だ。
「どうかした?」
「お主が『エリクサー』を持っていると、人に知られるなよ」
「そうだよね。『エリクサー』だもんね。欲しがる人は居そうだよね」
色とりどりの花が咲いたハーバリウム風の『エリクサー』に見惚れながら、曖昧な返事をする。
「そうでは無いわ。これを作ったのがベルやらんだと人に知られればどうなる?」
「また捕まえられて、危険な目に遭うかも。もしかするとさらわれるかも知れない……」
これは絶対に人前に出したらダメだ。知られちゃダメだ。子供たちが危険な目に遭う原因を自分で作ってどうする。
「だがまぁ、それが分かる『鑑定持ち』はそうは居ないがな」
「見た目には『可愛いお花』だしね」
「だから余計にその『花』が可愛いと欲しがる輩が現れるかもしれぬのだ!」
心配事が増えたけど、いざって時の安心材料に『エリクサー』は頼もしい。きっちりと【アイテムボックス】の奥に仕舞っておこう。
◇◇
「さて、干上がった水路に撒いた洗剤の上からお湯を掛けますか」
メレンゲの様な気泡を含んだ堆積物が、ベリベリと浮き上がった水路を見て言う。
「じゃあ最初に撒いた洗剤の上から水を掛けるから、お湯にしてね」
「お主の言う『お湯』とはどれ位だ? 『ぬるい』ではダメであろう?」
「『ぬるい』だと触れる程度だよね。ちょっと低いよね」
「では『触れぬほど熱い』か?」
「うぅん、ちょっと曖昧だね。ただ熱い方が良いけど60℃で良いんだよ。あんまり高くても意味はないし、冷めるのに時間も掛かるしね」
「時間が掛かるとどうなるのだ?」
「晩ご飯の時間が遅くなる――だけかな?」
「ならば『60℃』だ! だが『60℃』など分からぬぞ」
「何となくそんな気はしたんだ。そこで――」
「ジャジャジャジャーン!」
「れんにゅ?」「にゅさま?」
あっ! 子供たちが『練乳様』だと勘違いしちゃった……。
「ごめんごめん。これは食べ物じゃないんだよ」
「何だ。我も一瞬喜んだぞ」
「いやいや、これからお湯を撒くって言ってるでしょ?」
「やはりお主は我には厳しいな」
(…………)
「さぁじゃあサクッと始めようか」
「やはりお主は――「にゅうにゅう」「ポンポンチリリン」」
(…………)
「今度もお水が欲しいんだけど、ベルちゃんお手伝い出来る?」
「いや待て、ここはお主の『へっぽこ水の玉』の方が良かろう」
「確かにへっぽこだけど、ちょっと傷付くよ。でもベルちゃんの『純水の球』の方が断然性能は良いよね?」
「水門の汚れを落として出来上がったのは何だ?」
「あ! 『エリクサー』だ。ベルちゃんの『純水の球』だと強力すぎるってことか」
「お主の出す物位が丁度いいのだよ」
「良いのか悪いのか分かんないけど、まぁここは良いとしよう!」
「行くよ。『水の玉』」
僕のへっぽこウォーターボールは大きな風船みたいに「ゆらゆらふわり」と現れて「パシャリ」と落ちる。
これを水門から最初に張った結界まで、点々と落としていく。
「ゆらゆらふわり」「ンパシャ」「ふわふわゆらり」「バシャシャン」
ポンポンふわふわポンポンゆらゆらと次々に出していく。
でもちょっと面倒になって来た。大きいのを一発作ってみようか。
両手を前にかざして魔法を唱える。
「『水風船』!」
(おぉ、上手く行った)
大きな大きな水風船が出来上がった。
「お主も中々やりよるな」
「まだまだ! 分裂させるよ。『ポップ』!!」
――パッシャァァァァァァァンッ!!!!
風船サイズに分裂しようとしたら、失敗して大爆発を起こした。大量の水が、みんなの頭上から、容赦なく降り注ぐ。
「……これを湯にするのか」
「――あい」
「キュキュキュイ」「チリリンリン」
子供たちは楽しそうに飛び跳ねている。水が好きでよかったよ。
セオドア王たちのいるかつての結界の境界まで、『水の玉』を撒かないといけないと思っていたら、とんだ失敗が功を奏して一瞬で辺り一面水浸しに出来た。
【アイテムボックス】からタオルを取り出して、びっしょり濡れた子供たちを拭く。
ベルちゃんはタオルの上で「ポンポン」とご機嫌に跳ねるし、らんちゃんはタオルの上で「ごろ~ん」だ。
「びしょ濡れなんだから拭かせてくださぁい」
何とか子供たちを拭いて、スリングに入れたらダッシャーに跨る。
ダッシャーが力強く一度だけ大きな翼を羽ばたかせると、水路から少し高いところへふわりと浮き上がった。
「ここでこの『ふふーーん』の登場!」
「何だ? 『ふふーーん』とは?」
「また子供たちが勘違いしちゃうと可哀そうだから、もうあの効果音は使えないだろ? 『ふふーーん』! 【非接触型体温計】!」
「何だそれは?」
「これは相手に直接触れなくても、一瞬で熱が測れる道具だよ。ここを引くと、見えない光がピッと飛んで、離れた場所から『今どれくらい熱いか』分かるんだよ」
「ふむ、それで60℃が分かるのだな。よし、では始めるか」
ダッシャーがその魔力を水路へと伸ばすと雷光の火花が水を伝って広がり、雷のエネルギーが熱へと変換されていく。
『非接触体温計』を水面に向けてトリガーを引く。――『ピッ』。
「えっと、今45度。もうちょっとだね」
ダッシャーが片目を細め、出力をほんの少しだけ上げると、床の水がさらに熱を帯び、水路全体に温かな湯気が立ち上り始めた。
――『ピッ』。
「よし、60℃! 完璧だ。じゃあ10分間のおやつタイムでぇす」
「キュキュイ」「チリチリン」
「待ってました、だ!」
子供たちの興奮を横目に、水路では洗剤とお湯が静かに混ざり合っていく。




